Saturday Night Fever

空港にて

早く着き過ぎた空港で、立ったり座ったりしながら時間をつぶし、ようやくこのレストラン兼コーヒーショップ兼(・・・中略・・・)に落ち着いたのだが、やはり時間が余っている。ヨニィは自分に眼鏡を借りてニコッと笑い、また写真を撮ってくれと言う。空港内で記念写真なんてオノボリさんみたいで恥かしいが、ヨニィのリクエストなら仕方がない。韓国で流行りの「猟奇カップル」みたいにテーブルでパシャパシャやっていると、ジョンシクから空港に着いたと電話が来た。

空港にて

ジョンシクを伴ってエスカレーターを上がると、警備員に止められる。このフロアはもう営業時間終了であるらしい。見るとチケット販売窓口は閉じられているが、中に人がいるのが見える。一応、窓口まで行ってみてもいいかと訊くと、警備員は鼻で笑いながら「どうぞ」と答える。少しムッとしながら窓口まで歩き、予約確認ができないかと訊く。が、やはりダメである。もうシステムが動いていないので、自分(窓口のおねえさん)にその気があっても無理だと言う。なかなかシャレた言い方をするものだと思いながら、またさっきの警備員の前を通って階下におりる。うっかりと忘れそうなので、リコンファームはできれば空港で済ませてしまいたかった。

サタデーナイトフィーバー?

昼頃まで眠って、外に出る。何を食べようかとうろついた末、2度目のポシンタンに挑戦する。挑戦と言うほどの心構えはもうなくなっているのだが、やはり「犬の肉」を口に入れることへの抵抗感はまだある。イヤなら食べなければいいのだが、この日は食べたかったのだからしょうがない。このあとヒルトンホテルでイ・スンチョルのコンサートがあり、そのあとはまたファンクラブで朝まで宴会なのだから、気力体力精力が必要なのだ。ポシンタンの感想は・・・とくになし。前回より美味かったというだけ。

スウォンのオクチュと待ち合わせて時間をつぶす予定だったが、オクチュとその友達の乗ったバスが大渋滞に巻き込まれ、結局挨拶を交わす時間しかなくなってしまう。それはさておき、オクチュに会うことを前提にかなり早めにヒルトンに着いてしまった自分は、ジリジリと退屈で無意味な時間を過ごす。しばらくしてファンクラブの主要メンバーが現れ、ファンクラブ専用チケット売り場が設けられる。が、彼女達は準備に大忙しで自分の相手をゆっくりしているヒマがない。オリーブにチケット代立替の礼を言って土産を渡すのがやっとである。最初のうちは、そのチケット販売テーブルやファンクラブ入会受付テーブル付近にたむろしていられたので、次々に懐かしい顔ぶれと挨拶できたのだが、そのうちに人でごった返して来てしまい、居場所がなくなってしまう。ホテルのロビーと、まだ扉が閉まっている会場入口を行き来しながら、あちこちに電話をかけてみたり、スポーツ新聞を広げたり、できることはすべてやって、やっとのことで1部公演の開始時刻になる。

興奮状態のまま、1部・2部公演を観終える。詳しくは別なところに書いたので省くが、この日の公演でスンチョルが昔の曲を多く唄ってくれたので、自分がほとんど諦めていたような曲をナマで聴くことができたのである。とくに好きな歌手もいないしコンサートも行かない、という人には理解不可能だろうが、旅行3日目にして、すでに自分は満足してしまう。もうこのまま帰ってもいい・・・とまでは思わなかったが(笑)

場所を鐘路に移してファンクラブ宴会が始まる。この店は前回も来たような気がするし、店の人もこちらを扱い慣れた感じでテープを受け取ったり(スンチョルの曲ばっかりのテープを誰かが持っていて、こういう集まりの時には店員に頼んでBGMに流してもらうのだ)していたのだが、実は帰りがけに大もめにもめるのである。

この宴会でとくに印象的だったのは、初めて顔を合わせた二人の男である。おなじみの顔に囲まれて、爆弾酒もどきゲーム(こういう名前ではないと思うが、大き目のコップにビールを注ぎ、その上に焼酎グラスをそっと浮かべ、1人ずつ焼酎を注ぎ足すのだ。途中でグラスを沈めてしまうと、ビールともども一気飲みをしなければならない)で盛り上がっているときに、その二人が近くにやって来た。それは意図して自分に近づいて来たのではなく、たまたま誰かが呼んだのである。

しばらくはそのままゲームが続き、お互いに口をきく機会もなかったのだが、彼等を呼んだ誰か(誰だったか忘れてしまった)が、自分を紹介したので軽く挨拶をすると、その男が「え?この方は韓国語できるの?」と別な誰かに訊く。「ばーか!あんたより韓国語うまいよ!」という答えに態度が急変してしまう。それまですぐ傍にいながらなんとなくよそよそしさを感じていたのだが、それには理由があって、大の日本嫌いなのだそうだ。いっしょに焼酎を飲みながら聞いた話によると、その2人は今日の集まりに日本人が混ざっていることが気に入らず、2人でブツブツと「日本野郎がこんなところまで来やがってどうのこうの・・・」と言っていたそうなのだ。全員で自己紹介をするときに、自分が敢えて「うぉるです、以上!」としか言わなかったので、韓国語ができない日本人だと誤解したのだった。「日本野郎だと?」自分が冗談半分に訊き直すと、「いやだからそれは・・・だから今はこうしてお酒を注いで「ヒョンニム」と呼んでるじゃないですか」と、ヘラヘラする。「ヒョンニム」というのは、主にヤクザ言葉の「兄貴」「兄さん」的な言葉で、「ヒョン」よりも偉いのである(笑)・・・関係ないが、女の人が嫁ぐと、ダンナの姉を呼ぶときも「ヒョンニム」である・・・とにかく韓国語を話すだけで態度がコロッと変わる典型例である。

2人は酔うほどに自分に好意を示し、だから自分が調子に乗って「本で読んだり学校で教わっただけで日本人を嫌ってはいかん」「若いんだから、何でも直接自分で確かめろ」などという説教にもいちいち感服してくれ、さらに「イ・スンチョルは過去の事件があるからこそ、痛みがわかる歌手だから好きなんだ」と言ったときには、乾杯・握手・乾杯・握手のあと、「ヒョンニム、僕は日本が好きになりました!」とまで言ってくれる。こいつ酔っぱらいやがって、と思いながら自分も悪い気はしない。こうして自分も、多少は日韓関係に貢献したのだろう。

日韓関係に貢献・・・本当はそんな気持ちで旅行しているわけじゃない。自分は自分の知り合いを、既に親しい人もこれから出会う人も、大切にするだけだ。ただ、中には性根の良くないのもいるから、出会ったすべての韓国人を大切にするつもりはないし、そこは日本人やアメリカ人が相手でも事情は同じだ。あくまでも個人の交際範囲での話なのである。漠然とした日韓交流には、正直興味がない。いや、自分の行動がすでに日韓交流の端くれなんだろうが、最近増殖して来た日韓交流と銘打った金儲けとは一線を引きたいし、金儲けでなくとも、誰かがお膳立てした交流の場には参加したくない。前者は論外だし、後者は結局、場慣れした日本オタクと韓国オタクの交わりに過ぎないと思うからだ。自画自賛みたいで申し訳ないが、上述の2人のような「日本人が嫌いな韓国人」や、「日本に興味がない韓国人」とどれだけ親しくなれるか、というところが重要なのではないか?それにはこちらが個人として飛び込まなければならないし、そうなると大々的にできるわけがないのだ。・・・どうでもいいや、脱線はここまで。

店を出てノレバンに向かい、そのあとまた別な店で飲み直すのがいつものコースだが、今日は事情が違う。いつのまにかミレロ、オリーブ、ミダリ他数名(全部女!)が会計で店側ともめている。なんでも注文した覚えがないものがドンドン運ばれて、勘定が100万ウォンを超えてしまっているらしい。男どもは冷静に店の主人と話し合っているのだが、女達と店員の間が非常に険悪で、大声で罵り合ったりしている。自分はちょうどウンソルという美女と話が弾んでいたので、口喧嘩の詳細までは聞いていなかった(もっとも俗語卑語罵倒語だから、聞き取れない部分が多いのだ)のだが、記憶に残っているところでは、「あんたらイ・スンチョルのファンだろう?そんなんじゃイ・スンチョルが恥をかくぞ」という店の主人に対して、「アジョッシみたいな人からイ・スンチョルという名前を聞きたくないです!二度と口にしないで!」と応酬しているところぐらいだ。あまりに過激なおねいさんを何人かで押さえ、店員側も主人の手前で暴れるわけにもいかず、その場はなんとか収まって店を出る。結局勘定をどうしたのかは、いまだに謎である。

そんな事情で店を出るのが遅れ、ノレバンはどこも満員である。自分は朝まで付き合うかどうかを迷ったが、翌日の約束があるので、ノレバン探しの途中で別れを告げる。なんとなく後味が悪いのだが、自分は正直、明日の約束のためというよりも、早く一人になって頭の中でコンサートを反芻したいのである。極寒の道をふらふらとモーテルにたどり着き、目をつぶってスンチョルが唄う姿を思い出す。この日はこれだけで終わったほうがよかったのだ。

旅行記13−1
旅行記13−3
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