でんしゃのしくみ

第5回・車両のしくみ(その4)


 前回まで、車両のしくみとして最もシンプルかつ古典的なシステムを紹介してきましたが、技術の進歩に伴い車両のしくみも変化してきています。今回は、最近(と言っても20年くらい前)の電車では以前と何が変わっているかについて紹介します。

スイッチを減らす

 以前紹介した、抵抗制御(第3回参照)ではモータにかける電圧を調整するために回路を次々に切り替えていました。回路の切り替えを行うのは機械的なスイッチです。家電製品のスイッチと比べて、流す電流が圧倒的に多いこともあって装置は大がかりで、またスイッチ動作時には火花が発生することもあります。このためスイッチの接点は常に摩耗していくのでメンテナンスが欠かせません。

 また、抵抗制御では電圧を調整するために回路に抵抗器を挟んでいます。抵抗器に電流が流れているときは、そこで電力が消費されてしまいます。エネルギーが直接利用されないのは何となく無駄な感じがしますね。

 いま挙げた2点を含め、様々な目的から新しい制御装置が考え出されました。そのうちの一つが「チョッパ制御」です。チョッパとは「切り刻む」という意味のchopから来ています。これはどういった仕組みかというと、モータに流す電流のON・OFFを高速に繰り返し、ON・OFFのタイミングを変化させることで平均の電圧を変化させます。すなわち、ONしている時間が長い時は高い電圧が、OFFの時間が長いときは低い電圧が出ていると考えられるわけです。OFFのときは電流が流れないわけですから、低い電圧を出しているときも抵抗器のように無駄に電力を消費しません。

チョッパ制御の概念

 このようなことを可能にしたのは、半導体技術の進歩です。半導体を使うことで、機械的なスイッチとは比べものにならない速さで電流のON・OFFができるようになりました。また、これにより火花が発生する接点もなくすことができるため、制御装置のメンテナンスが軽減されることになります。

 なお前回説明した内容と関連しますが、チョッパ制御も回生ブレーキを効率的に行うための制御方法の一つです。加速時の電圧制御に用いたチョッパを、減速時にはモータから発生する電流の制御に用いるわけです。回生ブレーキによって大幅な電力消費量の削減が達成され、チョッパ制御車は「省エネ電車」と呼ばれて大都市圏を中心に数多く製作されました。チョッパ制御車の一例を紹介します。

チョッパ制御車の例

大阪市交通局10系 JR201系

 左側は大阪市営地下鉄の10系です。チョッパ制御は当初地下鉄から実用化されていきました。抵抗制御では抵抗器の発熱がトンネル内の気温上昇に繋がるため、熱の発生が少ないという意味でチョッパ制御が導入されたわけです。地下鉄の実用化ののち、私鉄各社に広がりました。右側はJRの201系です。首都圏と京阪神圏で活躍しています。JR(当時の国鉄)は新技術の導入に慎重で、チョッパ制御も私鉄に数年遅れての導入でした。

 チョッパ制御車は上記2系列の他にも多数製作されましたが、時代とともに少しずつ変化していきました。加速時の電圧制御は抵抗制御と同様にし、回生ブレーキのためだけにチョッパを用いる方式(制御装置が小型軽量になる)など、様々なタイプが登場しました。新造される電車の多くがチョッパ制御という状態はおよそ10年ほど前まで続きました。

 一方、15年ほど前から全く異なる方式が登場してきます。

直流モータから交流モータへ

 「電車のしくみ(その1)」でも触れましたが、もともと電車のモータは直流モータが使われていました。これは電車のモータに要求される性質と直流モータのそれが一致したためなのですが、直流モータには大きな問題点がありました。直流モータは単純化すると下図のような構造になっています。モータは電機子と界磁という電磁石によって構成され、電機子の方が回転するようになっています。電機子にはコイルと整流子、鉄心から成ります(図では鉄心を省略)。モータに流した電流は、界磁の電磁石と同時に電機子のコイルにも流されます。電機子には整流子とブラシが接触する事によって電流が流れます。回転するしくみをもう少し詳しく知りたい方はこちらをご覧下さい。なお、この図では電機子のコイル・整流子が一組しか描かれていませんが、実際の直流モータは回転を滑らかにするためコイル・整流子が多数付いています。

直流モータの基本的な構造

 直流モータの短所と言えるのが、整流子とブラシの存在です。これらは常に擦り合っているため摩耗します。普通はブラシの方が摩耗するようになっており、適宜取り替える手間が生じます。電車誕生から長い間、このブラシのメンテナンスに悩まされてきたわけです。

 このような短所を持つ直流モータに対し、交流モータというものがあります。交流モータとは交流電流を流すことによって回転するモータです。交流モータ(誘導電動機)では、電機子と界磁の関係が直流モータと逆になっていると考えることが出来ます。直流モータでは電機子に流れる電流が整流子によって常に向きを変え、回転を続けるのに対し、交流モータでは電機子に流れる電流が交流(常に電流の向きが変化する電流)であるため回転を続けます。しかし、電流の変化のタイミング(=周波数)が回転と合っていないと滑らかに回転させることが出来ません。もともと商用電源の周波数は50Hzや60Hzと一定であるため、交流モータは基本的に一定の速度でしか回転しないことになります。電車は速度0から次第に加速する必要があるため、不向きとされて長年使われませんでした。それでも省メンテナンス性やモータの構造が簡単で小型・軽量・高出力といったメリットは捨てがたく、長い間研究が続けられてきました。

交流(誘導)モータの基本的な構造

インバータ制御の時代へ

 その後時代が進むにつれて、エレクトロニクスの進歩に伴い画期的な装置「インバータ」が登場します。インバータとは直流を交流に変換する装置です。エアコンや洗濯機等の家電製品でも利用されているのをご存じの方も多いでしょう。これはチョッパ制御での電圧を変化させる方法を発展させて、電流の向きも変化させることができるようになったものです。これを使うと周波数の変化する交流を作り出すことができます。周波数を変化させることで交流モータの回転数を変えられるわけです。なお、電圧と周波数の両方を変化させられるインバータのことをVVVF(VariableVoltageVariableFrequency)インバータと呼び、インバータ制御のことをVVVF制御と呼ぶこともあります。

インバータ制御の概念

 こうして交流モータでも直流モータと同様の使い方が可能となり、インバータ制御の電車が登場しました。日本で最初のインバータ制御車は、熊本市交通局の8200形です。写真に示すような路面電車が初めての実用例だったのです。

熊本市電

(注:写真の車両は8200形と同様の車体を持つものの、従来車の機器を再利用した8500形です)

 路面電車から始まったインバータ制御は、その後地下鉄や大手私鉄を中心に次第に普及していくわけですが、民営化を控えた国鉄ではやはり導入に慎重でわずか1本の試作車が存在するのみでした。私鉄の新型車の殆どがインバータ制御車となるころにようやく、JRでもインバータ制御の電車が登場します。この間、インバータの技術もどんどん進化しており、ある程度技術が成熟してからの導入となったようです。

インバータ制御車の特徴

 主な特徴は先にも述べたような、「省メンテナンス」「モータの構造が簡単」となるわけですが、他に「モータの回転数を積極的に制御して車輪を空転させない」という特徴もあります。さらにこの制御は回生ブレーキ(前回参照)にも適しており、極めて低速に至るまで電力を取り出すことができます。チョッパ制御車以上に省エネ効果も高くなります。

 …上記の特徴はあくまでも「鉄道会社にとってのメリット」ですが、私たち乗客にとって分かりやすい特徴として「音」が挙げられます。インバータからの電圧は、先に示した図でも分かるように断続的になっています。この「ガタガタ」な波が電磁気的なノイズとなり、さらにはモータからの騒音となります。

インバータ制御車の音の例

大阪市営地下鉄 23系(179kbytes)
1990年頃に作られた車両です。加速時・減速時に音の上がり下がりを繰り返しているのがはっきり分かります。
JR九州 815系(157kbytes)
1999年頃に作られた車両。新しいタイプの制御装置で、音の上がり下がりが少なくなっています。

 上の例ように、インバータ制御では独特な音が高くなったり低くなったりの繰り返しがあります。これはモータに流す電流の周波数が切り替わるために起こるのですが、時として耳障りなこともあります。実はこの騒音の元となるノイズは他の電気機器に影響を与えたり(車内でラジオに雑音が入ることもあります)、モータの回転力にムラが出たりと何かと都合の悪いものでした。これらの問題は、半導体素子の進歩に伴いかなり軽減されてきました。今後もさらに性能が向上すると思われます。

インバータ制御車の例

JR北海道785系 JR西日本700系

☆長い間かかって続けましたこのシリーズですが、今回でひとまず終了とします。次回からは新シリーズとして再開したいと思います。

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