先日、マルチがメンテナンスへ行った。
 わずか二日間の事ではあったが、とても長く感じられた。
 俺にとって、マルチの存在がいかに大きなものであるか、実感させられた。
 そして、今、俺のそばにはマルチがいる。
 そう思うだけで、心が満たされていく…。
 
 
 
 ある日。
 俺は、いつものようにマルチと夕食の買い物に出かけた。
 
「浩之さん、今日の夕食は何になさいますか?」
「んー…。今夜は何食おうか…」
 
 そんな、いつもと同じ、だが幸せな会話をしていた時だった。
 
  ザッ…。
 
 突然目の前に男が現れた。
 いや、それだけなら俺も妙には思わなかったろう。
 だが、その男は俺達を…というより俺を睨み付けていた。
 血走った目をギラギラさせ、今にも殴りかからんばかりだ。
 
「フゥゥゥゥ…」
 
 不気味なうなり声を上げ、敵意をむき出しにしている。
 
「…あ、あの、何か?」
 
 さすがに俺もその気配に呑まれ、マルチを後ろにかばうように立った。
 
「…ウゥゥゥゥ…」
 
 何も言わず、ただ俺を睨む男。
 
「…な、何かご用ですか?」
 
 マルチも男からただならぬ物を感じ取ったのだろう、俺の後ろからこわごわと男を見る。
 
「…この…」
 
 男が何か言った。
 
「…え、何ですか」
「この幸せ者がぁぁぁぁ!!」
 
 いきなり絶叫すると、そのまま殴りかかってきた。
 右腕を大きく振りかぶり、勢いをのせたパンチを放つ。
 
「くっ、なんだ、いきなり?!」
 
 俺は咄嗟にガードしようとしたが…。
 
  ちりちりちりちりちりちりちりちり…。
 
 そんな不思議な感覚が身体を貫いたような気がした。
 それと同時に、男が苦しみだした。
 
「ぐぉぉぉぉっ、何故だ、拓也! 何故邪魔をする?!」
 
 もんどりうって倒れ、苦悶の表情を浮かべながら街角の一角を見る。
 すると、そちらから高校生風の青年が歩いてきた。
 
「ふっ。不幸者のひがみはみっともない」
 
 高校生の青年は男を一瞥すると、俺達に向き直った。
 
「どうも、連れの者がご迷惑をおかけしました」
 
 深々と頭を下げる。
 
「あ、ああ、いや、いいんだ。特に怪我もないし」
「そちらの方、大丈夫なんですか?」
 
 さっきまで怯えていたのも忘れ、男の心配をするマルチ。
 
「ああ、大丈夫です。彼はこれくらいのこと、慣れっこですから」
「そうですか。それならいいんですが」
「…ぐぅぅぅぅぉおぉぁあぁぁっ…!」
 
 俺達が話をしている間も、男は苦しみ続ける。
 どう見ても大丈夫なようには見えないが、高校生風の青年が大丈夫と言うのだから大丈夫なんだろう。
 人には色々な事情があるからなぁ。
 
「さて、それでは、僕達はこれで失礼します」
 
  ちりちりちりちり…。
 
 また、あの不思議な感覚を感じた。
 すると、それまで苦しんでいた男が急に立ち上がった。
 
「さ、行くぞ、久々野」
「…アズサアイシテルミズホアイシテルサオリアイシテルアオイアイシテル…」
「ふっ、同じ名前が無いあたり、さすが浮気性なだけあるな。『リーフの貴公子』たるこの僕をいつも酷い目に遭わせてるんだ。壊される事くらい、覚悟の上だよな?」
「…タクヤアイシテルナガセアイシテルヤジマアイシテルハシモトアイシテル…」
 
 二人はそのまま、どこへともなく去っていった。
 
「…あ、あのー…」
「え、えーと…」
 
 しばらく惚けたように突っ立っていた俺達だったが…。
 
「…マルチ。とりあえず、夕食の買い物に行くか」
「はいっ、行きましょう」
 
 何事もなかったかのように買い物を続ける事にしたのだった。