書評「マニエリスム芸術論」若桑みどり著 より
(初版は1980年岩崎美術社から刊行、1994年に文庫化されてちくま学芸文庫に所収)

「ルネサンス絵画に現れたプラトニック・ラブの諸相」

1.この本「マニエリスム芸術論」について

 「マニエリスム芸術論」は、ヨーロッパの美術史を見た上で、ルネサンスの後、バロック美術が始まる前ころに栄えた美術の様式についての、日本人によるほぼ唯一の研究書です。
 マニエリスムとは盛期ルネサンスの極めた高度な絵画技法を模範とし、すべての画家はその模範的な手法(マニエラ)に従うべきであるとした絵画表現の流れであり、それは後世の美学者たちによって「物真似作家ばかりの二流の時代」として価値のないものと否定されてきました。
 マニエリスム論は今世紀に入って、新しい考え方をもつ美術史家たちによって盛んに論じられるようになりましたが、日本におけるまとまった研究はこの本が出るまでほとんどなされておらず、この本は長く唯一のマニエリスム論として「孤独な書」(筆者の言)の状態を保ってきました。

 この本の第二の特徴は、著者・若桑みどり氏がこのようなマニエリスムを論ずるにあたり、それを批評する方法論として、今世紀のドイツ人美術史家エルヴィン・パノフスキーの唱えた「イコノロジー(図像解釈学)」をふんだんに取り入れているという点にあります。
 「イコノロジー」とは、かんたんに言えばある絵を批評する時に、その作家の技法とか取り上げた主題にのみ注意を払うのではなくて、その作家が生きた時代のあらゆる事(歴史的事件・哲学思想・社会現象などなど)を総合的に考えに入れた上で批評しよう、という批評のやり方です。
 パノフスキーをはじめとする学者達と彼らの方法論によって、ルネサンスとマニエリスムの絵画が描いてきた実に豊かな内容が、私たちにも分かるようになってきました。この本「マニエリスム芸術論」の第一章では「愛の寓意について」と題して、この時代の絵画がどのように「愛」や、愛によって満たされた「世界」のカタチを表現してきたかが、パノフスキーらの豊富な研究成果を引用しつつ、紹介されています。

   そこに現れている愛は、言葉だけとれば私たちにもなじみの深い「プラトニック・ラブ」という種類のものです。ただし、それは私たちのいう単なる「純愛」とか、男女の肉体関係を介さない精神上の関係における愛、というだけのものではないようです。では、どのようなものだったのか?この発表ではそうした事をうまくお話しした上で、その様なルネサンス時代の「プラトニック・ラブ」が絵画の上でどんな現れ方をしたか、そしてそれが時代と共にどんな風に変わっていってしまったのか、をお話しできればと思います。

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