バスに乗って移動しようかとも思っていたが、本数が少ないのか、バスをあまり見かけない。体調がこんな感じだから、走って飛び乗ったり、人に路線番号を訊いたり、バス停に突っ立って延々とバスを待つ、なんていう元気はない。それでターミナル前に並ぶタクシーに乗る。
そのタクシーは黒塗りで、一見「模範タクシー」のようだが、近くで見るとあんなにピカピカに磨かれてはいない。模範タクシーとは、乗ったことがないので詳しく知らないが、簡単に言うと、料金はちょっと高いがキチンとした応対をしてくれる黒塗りに金色(だったっけ?)のラインの入ったタクシーを言う。 高いと言っても初乗りが日本のタクシーの半額ぐらいである。一般のタクシーがもっとガラの悪かったころ、外国人旅行者にも優しいタクシーとして登場した(らしい)。知り合いの韓国人女性は、今でも一般のタクシーは怖いので、夜1人で乗るときは模範タクシーに乗るという。強盗みたいなタクシーや、相手を見て料金をふっかけるタクシーはほとんど無くなったとは言え、まだ皆無ではないらしい。よく「ボられないためには助手席に乗れ」という話を聞くが、反対に「ナイフを突き付けられないためには後ろに乗れ」という話もある。自分の経験では今のところ怖い目には遭っていないが、韓国語を話せる(こんな程度でも)ということは腕力よりも強い防衛力ではないかと思う。自分は模範タクシーに乗ることはないと思うが、大切な人を1人でタクシーに乗せなければならないような状況になったら、模範タクシーに乗せるかも知れない。・・・なんてことは今考えたことで、莞島では並んだ黒いタクシーを見て「あれ?模範ばっかりか?」と思っただけだ。ところで模範タクシーって田舎でも走っているんだろうか?
さて、いま模範タクシーはどうでもよい。自分は黒いタクシーの中の1台に近づいて、その赤ら顔の運転手に、自分の身分を正直に話した。昨日タバンのアジュmマに教わった3つの名所を告げて、1つ1つ回って欲しいと頼んだが、ちゃんと値段交渉もしておけば良かったと思う。ふっかけられたわけじゃないが、こういう田舎ではメーターがびっくりするほど早く回る。知らなかったわけじゃないだけに悔やまれるが、このアジョッシへのチップだったと思うことにしている。
運転手アジョッシ(こう書くが、話すときは「キサニm」と呼ぶ。「アジョッシ」でもいいのかも知れないが、目上の人だから丁寧に話しておいて間違いはない。もう一つ、あまりなれなれしい話し方は無教養だと思われるそうだ。)は、観光案内を乞う客に慣れているのか、かなり地元の名所に精通しているようだ。自分が頼んだのはクゲドゥン(クギェドゥン)・チョンヘジン・チャンボゴユジョクチだったが、アジョッシは、チョンヘジンはまるで方向が違うので、時間もかかるし料金も心配だと言う。「日本からわざわざいらっしゃって、たくさんもらうのは申し訳ないです」自分は「わかりました」と言ってアジョッシに任せる。結果を先に言うと、2ヵ所回って時々メーターをストップしてくれたり(車を降りて説明してくれる時)して、W4万だった。
確か最初に「写真撮るだけでいいです」と言ったはずだが、アジョッシは非常にはりきって説明してくれる。いやもう、しゃべるわしゃべるわ、地理から歴史から気候から、なんでも知っている。車窓に見えてくる、海に浮かぶ島々をひとつひとつ指差して名前を教えてくれる。自分はまたそれをいちいち復唱してみるが、そんなもの憶えられるわけはない。憶えようと思ったんじゃなくて、途中で何か合いの手を入れないと気の毒に思ったのだ。それほど、熱心に教えてくれる。
しかし、聞き取りは困難を極めた。タバンのアジュmマよりもっと聞き取りにくい。全羅道特有の、語尾に「インg?」というのが入るので、とりあえずセリフの切れ目はわかる。でもそれだけわかってもしょうがない。肝心の、貴重な、詳細な、情熱的な「これが莞島だ!」の説明部分が所々しかわからない。「所々わからない」のならいいが、「所々しかわからない」というのは、自分の聞き取り能力が1年以上後退したように思えてくる。
まぁせっかくだからと、そんな写真を撮って(そう、いつも写真を撮るのが消極的なのである。このときもアジョッシに促されてのろのろとカメラを取り出したのだ)、タバコを咥えてアジョッシの長い説明を聞く。肯いたり相槌をうってはいるが、あまりわかっていない。かろうじて聞き取ったのは、ここに転がる石ころが9種類あって、それがクゲドゥンの「ク」の由来らしいということだった。
次へ移動する。「地の果て」みたいな意味の名前を持つ、眺めのいい場所があるとアジョッシが言う。自分はどこでもいいから「はい、そこにしましょう」と答えたが、どうもアジョッシの話を聞いていると莞島から出るらしい。それはいかん。莞島観光もろくにしていないのに。料金もいくらになるかわかったもんじゃない。アジョッシは車を停めて地図を見せる。「さっき言ったでしょう?ここですよ。」自分が聞き取れなかったのか。とにかく「せっかく莞島に来たんだから莞島の中で」観光したいと言って引き返してもらう。その「地の果て」、後から地図を見てもそんな名前は出ておらず、今ではどこだかわからなくなってしまった。
Uターンして向かうチャンボゴ遺跡地は、アジョッシの家の近くなんだそうだ。その時まで知らなかったのだが、チャンボゴというのは張保皐と書き、新羅末期の大将で、海賊を退治してこの辺の海に君臨した、韓国人なら誰でも知っているような人物である。ここは、そのチャンボゴのアイデアで築いた木の柵の跡地というわけだ。「チャンボゴを知らないで莞島に来たんですか?」とアジョッシは目を丸くする。「す、すみません」自分は急に恥ずかしくなる。一昨日まで莞島という地名も知らなかった、とも言えずに苦笑する。「失望しました?」「いや、そうじゃなくて・・チャンボゴをご存知だと思って説明して来たのに・・」恥ずかしくてタクシーを降りたくなる。
聞けば莞島というところは、このチャンボゴのために有名なのだった。自分は「魚が美味い」なんて話を先に知ったが、そんなことよりもチャンボゴなのである。日本の某大学からも、研究のためにやって来るそうだ。うーん。今度は逆に自分が失望する。日本人でも、莞島を知っている人は知っているんだなぁと。
その遺跡地は、突然狭い道に入って民家の間をすり抜け、引き潮でようやく顔を出したような所を通ってたどり着く。「説明して差し上げなければ、1人で行かれても何が何だかわかりませんよ」という言葉通り、石ころに混じって木の杭の跡(写真参照)がなんとか残っている、ただそれだけである。それは千年以上の月日のためだけではなく、観光客が掘ったり削ったりするので、こんな姿になってしまったそうだ。そして近くには観光ホテルができる予定があって、自然もどんどん破壊されて・・とアジョッシは嘆く。観光客が来て村が栄えるのはいいんだけど、痛し痒しで・・というような雰囲気だったが、正確なところはわからない。
アジョッシに別れを告げる。説明の大半を理解できなかったのが悔しい。せめて標準語ならもうちょっと理解できただろうに。時間が余って、もう少しうろつくか、モーテルで横になるかを思案しながら、結局またしばらくターミナル周辺を歩く。薬局で栄養ドリンクを飲みながら、キム・ヘスのサインが飾ってあることに気づく。チャンボゴの件といい、芸能人のサインといい、マイナーなところだというのは自分の思い込みで、莞島は韓国では有名なところのようである。