莞島はそんな風に終わった。また行きたいと思う。今度は光州なんか素通りして・・
というのは、光州の最後の印象が非常に悪くなってしまったからだ。翌日市外バス・市内バスで光州駅に戻り、さっそくセマウルの切符を買おうとしたときだった。光州駅の切符売りのオッサン(アジョッシなんて呼んでやらん)は、非常に態度が悪い。ガラスの向こうからマイクでいろいろ言うのだが、こちらがモタモタすると怒鳴るのだ。韓国人も怒鳴られているから、外国人に冷たいとか日本人に冷たい、ということではない。これまで国鉄駅やバスターミナルで無愛想なアジョッシ・アジュmマに何度かぶつかったが、「威丈高」とか「大声を出す」ということはなかった。以前空港でパスポ−トを放ってよこされてムッとしたことがあったが、あれだって怒鳴られたりはしなかった。光州と言えば真っ先に思い出すのが韓国最低の切符売りだなんて、自分にとっても光州にとっても不幸なことだと思う。
自分は駅の時刻表をちょっと見間違えたのである。いや、その前に釜山−ソウルの感覚で切符を求めたのがそもそも間違いだった。つまり、運行数がずっと少ないのだ。その辺をちゃんと調べて早目に着くなり、あるいはソウルで往復分を買っておけば、あんな思いはしなかった。
まず「ソウルまで」と言ったらすぐに乗れそうな13時45分発には席がなく、次は16時のムグンファだと言われる。そこで「ソウルまでセマウルです」と言うとさらに遅い時刻を言われ、チラッと時刻表を見て「じゃなくて、4時のセマウルです」と言い返すと、「だからそれはムグンファ号だと言ったでしょう!」と大声を出す。マイクを通しているからよけいに響く。その言い方が、自分がもっともカチンと来る口調で、ちょっと上ずった悲鳴に近いようなもので、自分にしては珍しく瞬時に血が上る。こっちも負けずに大声で「わかったよ!それください!」と声を張り上げるものの、こっちは肉声だから迫力がない。---しかし日本語で書くとなんだか情けない反論だ---語調は荒げたつもりだが(笑)
ムグンファだと時間がかかるのでがっかり(セマウルとムグンファ、新幹線のひかりとこだまみたいなもの)だが、それよりすぐに乗れないことの方が深刻だった。どうやってヒマをつぶすか・・。考えながら列の横に立ってしばらくそのオッサンを睨みつける。顔を見れば見るほど憎たらしくなる。自分の前でも後でも何人かに1人は怒鳴られているようだ。自分はますます膨らんだ怒りがおさまらず、すぐ傍の椅子に腰掛けてジッと睨み続ける(なんせ、時間が有り余ってしまったし)。もし「何見てるんだよ?」とオッサンが言おうものなら、立ち上がっていろいろ悪態をついてやろうと構えているのだが、オッサンはチラリともこっちを見ないでガラスの向こうで淡々と(時に声を荒げて)切符を売っている。見ていると3つある窓口のどれもが、売る態度がよろしくない。こいつらは何か勘違いしている。ソウルの地下鉄ではどうせ路頭に迷うんだろう?誰かに教えてもらうんだろう?・・・専門分野で素人相手に偉そうにしやがって、自分が逆の立場になる場合を想像できないのか?・・・だが、そんなことを考えるうちにさすがに馬鹿馬鹿しくなって駅を出る。
仕方なく市内バスで道庁の辺りに行く。先日たどり着けなかった「芸術の通り」をいとも簡単に見つけてしまう。2回ぐらいぐるぐると巡ってから、先日見かけた本屋に入る。そして子供向け伝記シリーズの中から「チャン・ボゴ」を探して買う。せっかくだから勉強しようと・・思ったのだが、恥ずかしながら半年経ってもまだ読んでいない。
鐘閣の宿では部屋が「ある」とか「ない」とかアジュmマ同士で何か言い合ったあと、結局泊めてくれた。外でホットクやら焼き鳥(?)やらケランッパンやらを買い込んで、旅行中たぶん最後のビールを飲む。この当時流行したケランッパンだが、これは今川焼き風の中に卵がそのまま入ったもので、何がうまいのかよくわからなかった。ちょっと違うかも知れないが、シソの葉とエゴマの葉の関係に似ている。「こういう味」という先入観があって口に入れて、違う味であったときに多くの人は「不味い」と感じるみたいだ。ケランッパンは「不味い」とまでは言わないが、「甘い」と信じて口に入れたから、自分にはとても奇妙な味として感じられた。スーバクちゃんにもジョンシク君にも勧められたのだが、久しぶりに食べるホットクの方がずっと美味かった。
ソウルでジョンシク君に預けていた荷物を受け取り、普通に礼を言って普通に帰って来たが、袋の中にはジョンシク君が書いてくれたクリスマス・カードが入っていた。早く結婚しろって?はははは。そしてポストにはヨニィちゃんからのクリスマスカードが。こういう習慣がないから、自分はありがたいやら照れくさいやら(笑)