光州での人々の印象は、可もなく不可もなしという感じだった。そもそもモーテルと薬局の親父さんぐらいとしか話していないのだから、これで全羅南道の人の気質がどうとかいうことは語れないのだが、来る前の印象が悪かったので、それさえ打ち消せれば自分はとりあえず満足だった。これから向かう莞島(ワンド)には、何があるかということよりも、自分から何ができるか、ということが大事なように思う。旅館で寝て帰るだけでは意味がない。うまく話好きの相手にぶつかるまで、自分は積極的にいろいろと話し掛けなければなるまい---誰に?---さぁ・・
まぁ、もし何も起こせなければ、そのときは「体調が悪くて」という言訳も用意されているので、気持ちは楽だった。・・気持ちは楽だが体はやっぱりだるい。どこかの路上でバタッと倒れるかも知れない。それならそれで、田舎の人情に触れられる可能性が高くなって良い。
夢だか現実だかわからぬうちに莞島に着く。光州を出発してすぐに運転手が交替した、という以外は変わったことは起こらずに、自分はただうつらうつらしていた。莞島という、昨夜まで聞いたこともなかった土地の最初の印象は、とりあえず「手洟(てばな)」である。これはもちろん、決して莞島に限って見られるものではない。ソウルでも手洟をかむ人は見かけたし、地方に行くと見かける頻度が高くなる、という程度のもので、莞島の人が特別よく手洟をかむのではない。
それでも自分にとって手洟は非常に珍しい。子供の頃からの記憶をたどっても、テレビ番組でお笑いタレントが鼻の片側を押えて「ヒン!」とやっていたものしか浮かんで来ない。韓国に旅行するようになって初めて目撃して衝撃を受けたものだ。そしてここ莞島で、旅館を探してうろうろする間に数人の手洟を見てしまった。それは見事な芸と言ってもいい。「それどうやるんですか?」と訊きたかったぐらいだ。若い兄ちゃんがやったかと思うと、年配のアジュmマがやる。もちろんアジョッシもやる。莞島の人には申し訳ないが、自分の第一印象は芸術的な手洟だったのだ。
タバンとは喫茶店のこと・・そう説明している教科書やガイドブックが多い。まぁそう思っていても構わない。誰かが韓国に行くからとにわか勉強をして、ソウルの中心部で「タバン」の看板を頼りに飛び込んだとしても、「韓国の喫茶店は陰気臭い」という印象を持つだけだろう。そのうちコーヒーショップや伝統茶を飲ませる店の存在に気づいて「何かわからんけど、韓国の喫茶店はいろいろあるようだ」と思うようになるだろう。そしてタバンについては、誰かが教えない限りそれ以上の興味は持たないだろう。また誰かが教えたとしても、もうソウルを始め大きな都市では昔ながらのタバンはほとんど残っていない。だから地方まででかける気がないなら知らなくていいのである。
自分はタバンを別な角度から見ていた。自分が噂に聞いていたタバンとは、店のお姉さんがテーブルについて何か飲みながら(こっちが奢るのだが)話し相手になるというものだった。そのうち知人に「それだけじゃなくて・・」という話を聞いて大まかに理解し、そして実は「話し相手」どころではないようだとわかったが、それまで自分は半信半疑だったから、1人で田舎に出かけて誰も話し相手がいないときに、「話し相手」ができてとても助かるシステムだと思っていた。いずれにしても、これまで何度も飛び込んでみたタバンは、それらしい雰囲気がまるでなかった。本当のところは、そこがそういうタバンかどうかという点で、またそこでどうするべきかという点で、自分は二重に誤解していたのだ。
とりあえず最初の、モーテルと同じ名前のタバンでは失敗に終わる。何をどうすると言うよりも、まずシステムをキチンと確認したかったのだが、そんな話を聞き出すどころか、ロクに話のきっかけをつかめずに出て来てしまった。客は自分だけ。タバンアガッシが2人いて、何かしゃべりながらテレビを見ている。自分はとりあえずコーヒーを頼んで黙っていた。そうしていればアガッシの方からなんとかかんとか話しかけてきて、そこで「実は日本から来た」とか「タバンは初めてだ」とか、そういう風に話が進むものと思っていたのだが、アガッシは知らん振りである。しばらくして自分はしびれを切らして地図を広げ、「ここはどの辺りなのか」と訊いてみる。ところが、真正面から見るとぎょっとするほど不細工なそのアガッシは、無愛想に「わかりません」と言う。こんなに不細工で無愛想で、しかも頭も悪かったら仕事にならないだろうと思うのだが・・。そして自分が次の言葉を発する間もなく、テレビから流れる歌謡曲に合わせて鼻唄を唄いつつ戻って行ってしまった。
あきらめて外に出た。アガッシじゃなくて、店のママさんみたいな人に話を振る方が利口かも知れないと思いながら、しばらく辺りを徘徊する。タバンに対する好奇心はしかし、急速に冷めて行く。気後れしたのかも知れない。「もうタバンなんかどうでもいい、タバンのためだけに来たわけじゃない」と思いながら漁船を眺めたりサシミ屋を覗いたりしてみる。
体が熱っぽい。頭が重い。サシミはあまり食べたくなかったが、こんな島に来て海産物を食べないのももったいないから、少し店を物色してみたものの、それらの雰囲気が三千浦の、あの「観光客はとりあえずこれでも食っておれ」的なサシミ屋(旅行記5)に似ており、入って見る気が起きない。もっと地元の人で賑わうところがあるはずだ。せめて束草のデポ(旅行記4)のような屋台群がないものか(注:あの時は喜んだものだが、実はデポというところは地元の人で賑わっているのではないらしい。観光客向けの割り増し料金の屋台だらけだという)・・結局納得できるような場所に出ることができず、疲れた体で懲りもせず、また別のタバンに入った。
これまで見て来た「それらしい」タバンは、アガッシがまぁ2〜3人と兄ちゃんが1〜2人。この兄ちゃんはアガッシが離れたところへ配達に行くときの運転手らしい。他に何かポン引き的な役目もするのかも知れないが、とりあえず自分が見た範囲では席でだべっているだけである。あるいは、モーテル等への配達時の、客とアガッシの間で起こるトラブルを処理(要はボディーガード?)する役割も果たすのかも知れない。
W3000ぐらいでコーヒーを頼む。タバンだから特別に高いということはないのだ。しばらく地図を見たり新聞を見たりしていたが、そろそろ自分は動かねばならないようだ。バカみたいにタバンに入っては、黙ってコーヒーを飲むのを繰り返しても何にもならない。いくつか向こうのテーブルで、ここのオーナーらしきアジュmマとアガッシが2人に兄ちゃんが雑談している。配達の電話が入ってアガッシ1人と兄ちゃんが出て行ったとき、ついに自分は声をかけた。「すいません」アジュmマがこちらに目を向ける。日本から来たと言うかどうかをちょっとためらったが、結局「日本から初めて来たんですけどね、誰かこっちに座って、この辺りのこと教えてくれるといいんですが」・・日本語で書くと変だが、そんな風に言った。するとアジュmマは「こっちにおいで!」(イルロワ!)と自分を呼ぶ。
「ここ座りな」と言われるままに座る。配達に行かなかった方のアガッシが、素知らぬふりをしながらもチラチラと自分を見ているのがわかる。「これ食べな」アジュmマが落花生(?)の入った皿を自分の方に押し出す。「これも」干した魚をあぶったものを手渡される。「何が聞きたいって?」アジュmマが促す。ここまでは方言らしい方言もなくちゃんと聞き取っていたが、自分が莞島の見所を訊いてからは急に難しくなった。だいたい3ヵ所ぐらいをメモ用紙に書いてもらいながら、お決まりの「いつ来たのか」「僑胞なのか」「どうして韓国語を話せるのか」「どこで勉強したのか」「どこに住んでいるのか」「結婚してるのか」等の質問に答えて行く。知らんぷりアガッシもときどき口を挟むが、アジュmマがほとんど1人でしゃべっている。
サシミが食べたいと言うと、「サシミは莞島が一番うまいよ。それで、一番高いんだ。」聞き取りが間違っていなければ、莞島の魚は非常に美味いので、いろんなところに輸出しているのだそうで、そのためここの魚の値が上がっているらしい。美味いと言われれば食べて見たいが、どうも白身のサシミの山盛りが頭に浮かんで食欲がなくなる。莞島については、見所さえメモしてあればなんとかなるので話題を変えた。いよいよタバンの正しい利用法を聞き出す。
まずタバン遊びの中心は配達なのだった。例えばモーテルから電話をかけて、コーヒーか何かの配達を頼む。アガッシが配達に来る。アガッシは「チケット」と呼ばれるものを持っており(そういう紙切れがあるのか、そういうシステムをチケット制と呼ぶだけなのか、そこまでは未確認)客はそれを何枚か買う。チケット1枚でアガッシを1時間拘束できるのだそうだ。訊き忘れたが、席に呼んで一緒にコーヒーを飲むのもチケットを買わねばならないんだろうか?
アジュmマは「そうやってアガッシを連れて遊びに行くんだよ」と言う。配達でなく店に来た場合は、店で金を払ってアガッシを連れて行けばいいのだと言う。「連れ出して、どうやって遊ぶのかはあたしは知らないけどね」何が言いたいのかはわかる。チケットは1枚W2万。他にアガッシにチップが必要で、その相場を訊くと「それは気持ちだよ、気持ち」と言う。気持ちがいくらか見当がつかない。W1000やW2000でないのは明らかだ。何をしたかによっても変わって来るだろう。ただの観光案内ならいくらなんだろう?しかしそれで半日も拘束して案内してもらうと、タクシーに乗ったり一緒にサシミを食べたりして・・W20万ぐらいはかかることになる。なんだかなぁ・・
「この子連れて行くかい?」とアジュmマがアガッシをあごで指す。アガッシは聞こえないふりをしている。タバンの謎がすべて解けたわけじゃないが、金次第でどうにでもなるとわかると興醒めしてしまった。自分はただ笑ってごまかす。アジュmマは自分のメモ帳をつかむと、「チョン(情)タバン」の電話番号入りステッカーを貼りつけ、「旅館から、配達してくれって電話してみなよ」と笑う。地方のモーテルに泊まると鏡にベタベタ貼ってある、あのステッカーだ。アジュmマがしてやったりという顔で笑う。アガッシもちょっと笑う。
そこへ配達に行った2人が戻って来る。ずいぶん早い。本当にただの配達だったみたいだ。遠目にはガラが悪そうに見えた兄ちゃんは、横に座って見ると案外あどけない顔で、人懐っこく話かけてくる。日本でもそうだが、思いっきり田舎に来ても若い世代はそんなにきつい方言を使わない---いや、両方使えるのだろう。よそ者に方言でしゃべっても(ましてや自分は外国人だし)通じないとわかっていて、標準語に近い言葉を使ってくれる。いくつか全羅道の方言も教わった。
客が入って来てアガッシがその席に移った。兄ちゃんとアガッシはまた配達に行き、アジュmマは電話の応対が忙しくなってきた。もう潮時だと思う。「退屈だろう?明日もおいで」と言うアジュmマに「はい」と答えて(結局行かなかったが)金を払って外に出た。
日が暮れている。海の方は真っ暗で、冷たい風が吹いている。忘れていた体のだるさがぶり返す。薬局でドリンク剤を買ってモーテルに向かう。ソウルの夜の灯りと違い、この辺りはなんとなく輝度が低いように思う。すれ違う人の顔色は異様に黒い。しかしここも、間違いなく韓国なのだ。明日はどうするか。もうタバンはわかったことにしよう。アジュmマに教えてもらった、莞島の見所に行って見ようか---額に手を当てて「そう、起きられれば・・」とつぶやく。