これまでの疲労感とは少し違うもの(体が宙に浮いたような)を感じるが、「寝ていたい」という体を引きずって旅館を出る。光州からどこへ行くのかは、着いてから決める。着くまでは光州のことしか考えない。このときの全羅道のイメージは、前に書いたようにちょっと怖いところだった。韓国に来たことがなかった頃の韓国に対するイメージは、1度来ただけで180度変わったから、たぶん全羅道もそうだろう。そうあって欲しい・・時刻表を買って地図を買って、ちょっと調べようと思いながら結局そのまま観光公社へ向かった。もしや光州の観光案内パンフレットでもあるか、と思ったのだがそれは空振りで、代わりにここで鉄道の切符が買えることを知った。もっと早く知っていれば・・こんな思いは何度目だろう。
光州まで4時間弱。もうセマウル号の感想なんか1つしかない。「携帯電話がうるさい!」話し声はまだいい。呼び出し音がでかすぎるのだ。韓国人は難聴が多いのか?と皮肉のひとつも言いたくなる。韓国製にも着信を振動で知らせる機能があるということは知っている。なぜ乗り込む前にそのモードにしておかないのか---なに?それじゃカバンの中に入れていたら聞こえない?---聞こえなくたっていいじゃないか。どうしても受けなきゃならない大事な電話が来るなら、ポケットにでも入れておけばよかろう。日本にもところ構わず通話する輩はいるが、さすがに新幹線ではぐっと数が減る。しかし韓国では地下鉄でもセマウル号でも変わらない。そこに住まない者がいろいろケチをつけちゃいけないが、セマウル号には旅行者が言いたいことを言っても構わないと思う。駅にご意見箱でもないものか。
光州駅に着く。予想通り、どうということはない地方の駅である。昔と比べてどうだということは、もちろんわからない。せっかくだから光州の歴史をざっと記したいところだが、例によって自分の旅行記はそういうことはしないのである(笑)
駅の近くでモーテルに入る。そこのアジョッシとのやりとりにちょっと感動する。テレビでしか聞いたことがない方言が生で聞ける・・なんてことに感動するのは自分ぐらいなものか。日が暮れた光州駅周辺をうろついてみる。しかしこの辺は何もないと言っていい。人もあまり歩いておらず、夕食後自分は「課題」であるタバンに入る。そしてやっと「タバン・アガッシ」というものを目にしたのだが、何をどうしたらいいのかわからず、ただコーヒーを飲んで出てきてしまった。
が、昼頃になってよせばいいのに光州見物にくり出す。道庁方面に向かうバスに乗って、いい加減なところで降りて、冷たい風がビュービュー吹く中をうろつく。のどを気にしながら辛い食事を摂って薬局で薬を飲み、また歩きまわる。地理を頭に入れて来たつもりが、記憶違いで行けども行けども目的の通りにぶつからず、おかしいと思いながらも「まぁいいや」と光州川を越えてしまい、それはそれで古い町並みを眺められてよかったけれど、体はもう悲鳴を上げている。何か「絶対にそこに行く」というあてがあって歩くのならいいが、ただ「おもろいもんないかな」という彷徨だから際限がない。地下街に入って汗ばんだり地上で冷えたりというのを黙々と繰り返せば、健康体でも風邪をひくだろう。ヒリヒリするのどでこういうバカをやるのだから、まったくあきれた旅行者根性である。
歩き回ったわりに、「こんな所を見ました」という話ができない。とにかく歩き回っただけである。そして、日暮れ前にモーテルに戻って横になった。「風邪をひいたみたい」とアジョッシに言うと、もともとすまなそうな顔をもっと恐縮させて「部屋が寒かったですか」と訊くので、こっちが気の毒になって「いや、ソウルでひいたみたいです」と言っておいた。
このあと約1ヶ月ものあいだ、ずっと体調が悪くなるなんてことはまだ知らない。薬局で栄養ドリンク(温めてある)とともに飲む薬(風邪薬+抗生物質+胃薬)ですぐ治ると信じていたが、養生しなければ何を飲んでもダメである。今回の旅行はずいぶんドリンク剤を飲んだ。「ッサンガmタン エプ」「ノギョン ゴルドゥ」「ヨンビチョン エス」というメモが残っているが、たぶん飲んだドリンク剤の名前だろう。薬局で使う韓国語はあまり経験がなかったが、なんとかなるものである。自分の場合はとにかく「扁桃腺が腫れている」「抗生物質ください」「胃腸薬もいっしょに」の繰り返しである。
ソウルでは観光公社でインターネットが使えたが、ここ光州ではネットカフェのようなものが見つけられず、自宅の留守電を利用して宿の電話番号を伝えるという裏技を使った。しかし光州ではうまくタイミングが合わず、自分が出発したあとに電話がかかってしまった。あの誠実なアジョッシが悲しそうな顔で、韓国語のわからぬ相手に自分の不在を伝える様子を後から想像しておかしくなった。
そういえば、光州駅周辺で公衆電話を探したり食堂を選んだりしている間に、通りすがりのアジョッシに「タバコをくれ」と2度も言われた。最初のアジョッシは「ないよ」と断ったが、2人目のタクシー運転手は客にせがまれたらしく、なんだか必死だった。ちょうど自分が1本口にくわえたところだったので「ない」とも言えず、1本渡すと「ありがとう」と言い残して運転席に飛び乗って行ってしまった。・・タバコぐらいその辺に売っているだろうに・・今もって謎である。
全羅南道の地図を広げる。キーワードは「海」と「ガイドブックにない」ということで、あまり深く考えずに莞島(ワンド)に決めた。決めたのはいいが、体力にはまったく自信がなくなっていた。「朝、あまりに辛かったら中止しよう」そう思ったら少し気が楽になったが、相変わらずのどはカンカンと痛む。