今度のタバンは地下である。「うん、地下へ降りる方が怪しくていいな。団欒酒店みたいだし。」そしてまたもや裏切られるのだ。このタバン第2遺跡はわりと清潔な雰囲気で、日本のありふれた喫茶店と同じだった。カウンタのようなところにアジュmマが1人。接客のコスチュームというより炊事の恰好で何かを洗っている。 客はサラリーマン風のアジョッシ2名の1組だけ。そして、店内のいたるところに「禁煙」の表示。もし普通のコーヒーショップなら、そのままコーヒーを飲んで行こうと思っていた自分だが、全席禁煙なんてとんでもない。金を払って煙草を我慢するほどの店じゃない。 全席禁煙であることをアジュmマに確認すると、地上に戻った。こんなことで精神を緊張させたり弛緩させたり・・バカバカしい。
で、話を戻すと、その店にハナ(本名ではない)という、日本語がまるでできないアガッシが1人いた。数ヶ月経ってもちっとも日本語が上達せず、自分もなんだか気の毒で電話があると何回かに1回は行ってあげていた。この電話をかけさせているのは、言うまでもなくママなのだが。
今回の旅行のことをハナに話すと、「弟に会って私の冬の服を受け取って来てください(意訳)」と頼まれた。ソウルからちょっとはずれた所だというから、最初は断ろうかと思った。しかしとりあえず訊いてみた地名が九老工団(クロゴンダン)だったので驚いた。なんとジョンシク君の家の近所ではないか。冬の服と言ってもオーバーコートみたいなかさ張るものではないらしい。 結局自分はそれを引き受けてしまい、弟の携帯電話の番号と、勤務先(何か食堂のようなところらしい)の電話番号を書いてもらって持って来た。
ソウルに戻る前に、1度電話をかけた。「お姉さんから話聞いてます?」「はいはい」と言葉を交わすが、いまひとつ話が噛み合わない。自分が、或いはハナの弟が、何か勘違いをしているようである。セマウル号の発車時刻が迫ったので「ソウルに着いてからまた電話します」と言って電話を切ったが、なんだかおかしい。
ソウルに到着してまた電話をかけると、その弟が変なことを言う。「店の方に電話してみてください」なんだと?じゃぁお前は誰なんだ?(もちろんそんなことは言わなかった)携帯電話にかけているのに、店の方にかけ直せとはどういうことなのか?それはいま話している相手が、ハナの弟ではないということだ。しかしさっき、自分がハナのことを「お姉さん(ヌナ)」と表現しても何とも言わなかった。
わけがわからぬままに店---と言ってもそのときは何の店だかわからない---にかけ直す。「**さんお願いします」というと、女の声が出て来た。「**さんですね?」「はいそうです」・・自分は改めてハナが書いたメモを見直す。そこでやっと自分は、それが女の名前であることにハッとし、いままで自分が会おうとしていた相手は弟ではなく妹だったのかと悟ったのだった。
「いま携帯電話にかけたんですけど、電話に出た人は誰です?」「オッパ(お兄さん)です」・・この「オッパ」も実はただの「オッパ」ではないのだが、そのときはそんな詮索をする余裕はなかった。「あ、妹だったのね。韓国人の名前がよくわからないから、弟だと思ってました」「ああ、そうですか・・」自分はその勘違いがおかしかったが、ハナの妹はいたって冷静だった。それで翌日、自分がジョンシク君に会う前に、九老工団の駅からもう1度店に電話することを約束した。 電話が終わって、ハナの妹の名前の、最後の「スk」はたぶん貞淑の「淑」だろうと思った。また、自分の電話を受けたハナの弟もどきと、どうも話が噛み合わなかったことがゆっくりと納得できた。そもそもハナは自分にただ「トンセン」と言ったのだった。この言葉は弟にも妹にも使うので、ハナが2人で会わせようとするからには「弟」だろうと早合点して、ナmドンセン(弟)なのかヨドンセン(妹)なのかを確認しなかったのだ。
何度も思い出し笑いをこらえながら、地下鉄に乗って鐘閣に着く。先日のネズミ旅館を横目で見て「ケッ」と言いつつ、本来の常宿に入る。今度はいつものアジュmマが出てきた。2泊分のW40000を渡しながら、先日の件を話すと「ああ、○○旅館、あそこは安いでしょう。でも寒いわねぇ。」と言うので「汚いし寒いし、眠れなかったですよ。やっぱりここがいいなぁ」とおべんちゃらを言ってみたが、それで料金が安くはならなかった(笑)
ついでに鐘閣でもう1つ、ネットカフェをも探していた。確か大きな本屋にあると聞いたような、聞かなかったような、曖昧な情報の記憶を頼りにさまようが、これもジンクスの通りで見つけられない。以前どこかでネットカフェを見かけたような気がする(これは勘違いかも)が・・沐浴湯のついでにあまり期待もせずに、だがちょっと意地になって探すうちに、懐かしい韓国観光公社の前に出た。 「ここで訊いてみよう」と決めて中に入った。「この近所に、コーヒーなんか飲みながらインターネットができるコーヒーショップみたいな店はないですかねぇ?」するとお姉さんは「インターネットならそこでできますが・・」と、自分の背後を指差す。なんと!こんなところでインターネットが、しかも無料でできるのか!・・ さっそく我が掲示板にアクセスして書き込んだものは、「これからアカスリだ!」というものだった。わざわざ宣言するほどのものではないが、初めての経験なのだからワクワクしてビクビクして楽しんでもいいのである。それにしても観光公社を侮ってはいけない。もう慣れたからと言って、お世話になった人でも物でも粗末に扱ってはいけないのであった。鐘閣に泊まるときは初心に帰って、ときどき寄ってみようと思う。
話を戻す。これからアカスリを体験し、そのあと九老工団へ向かって、ハナの妹に会って、そしてジョンシク君と一杯やって、この旅行は一気に終わってしまうのだ・・ちょっと寂しくなりながら階段を降りて、沐浴湯の受付の小さな窓で料金を払い、「テミリ(アカスリのこと)」と言うと、中でアジョッシに言ってくれという。入浴料W3000にアカスリ代がW15000(このアカスリの料金を窓口で払ったのか、中でアジョッシに払ったのか忘れてしまった)・・結構するんだなぁと思いながら下駄箱で靴を預けつつ、「テミリ」を頼む。・・が、通じない。さっき窓口のアジュmマには通じたのに、アジョッシは3度聞き返してこともあろうに「あなたニホンジン?」などと日本語で言う。 自分は意地でも日本語は使わない。アジョッシはさらに日本語で「はいはい、アカスリね!」・・なんだか侮辱されたような気分だが、アジョッシに悪気がない(むしろ親切か)のは明らかなので、黙ってロッカーに向かう。・・と言っても同じ空間内を数歩進むだけだが。
入浴客は少ない。中でアカスリの台らしきものをちょっと見つめて、浴室の入口が見える位置で体を洗う。客をさばいていたアジョッシとアカスリを行うアジョッシは別なのだが、その時はよくわからないので、ただ誰かが声をかけてくれるのを待つ。体を洗いながら、これからアカスリなのに体を洗う必要があるんだろうか?と思うが、たぶんアカスリは全身くまなくやってくれるわけではなさそうだから、いろいろ自分で洗わなければならない部分があるではないかと、自問自答のうちに洗い終わってしまった。 湯船につかる。まだそれらしきアジョッシは現れない。サウナ室に入る。サウナ室の窓から入口を見たまま、汗をかく。順番がこれでいいのかどうかもわからない。そして外に出てシャワーを浴びて、さて何をしようかと思った所へ、いよいよアカスリアジョッシがやって来た。
そのアジョッシが「アカスリ待ちの客」をどう見分けるかというと、よその沐浴湯ではどうか知らないが、ここではロッカーの鍵についているプラスチックの札の色である。もっとも、自分のようにソワソワしていれば目印がなくてもわかってしまいそうだ。「寝てください」と言われて台の上に仰向けになる。その部分にタオルでも乗せるかと思ったが、そのままである。アジョッシは短パン姿で、二の腕に刺青がある。それが妙な刺青で、竜や般若ではなく、ただアルファベットが並んでいるのだ。あまりジロジロ見るわけにもいかないから、どの文字がどう並んでいたのかは憶えていない。
アカスリ開始である。上向きから横を向かされたり、片手バンザイをさせられたり、握手する形でちょっと引っ張られたり、アカスリを受ける側も忙しい。「どっちを向け」と言うのが聞き取れないと、実力行使で裏返しにされそうだからこっちも必死だ。体は、恐れていたほど痛くはないが、期待していたほど気持ちよくもない。そして常に寝かされているので「どのくらいアカが出たのか」を見ることができない。ちょっと間が開いて「今だ!」と思って首を上げようとすると、洗面器のお湯をサッとかけられてアカが流されてしまう。
小柄だが刺青が不気味な、しかし話し方は温和なアジョッシが、後半になってからいろいろ話しかけてくる。大した内容ではない。自分の韓国語を聞いて外国人とわかったのか、「どこから来たのか」「仕事で来たのか」「1人で来たのか」・・そして「韓国語が大変お上手ですね」・・ああ、自分の韓国語がまだまだ外国人丸出しであることを宣言されてしまった(笑)
関節技をかけられるようなマッサージ(?)のあと、石鹸をつけたタオルで全身をササッと洗って、泡だらけの状態で「はいおしまい」である。自分はぼんやりと「すごはしょっすmにだ」と述べてシャワーに向かう。「終わったのか・・」なんだかちょっと物足りない。もうちょっと「う!いててて!」とか「あ!そこは!」とか、いろいろあってもよかったのに、何だか淡々と進んでアッサリと終わってしまった。その日の晩まで確かに爽快ではあったが、このためだけに韓国に来るほどのものではない。「もう2度とやらなくてもいい」と思いながら沐浴湯をあとにしたが、あれから1ヶ月過ぎてみると、またちょっとやってもらいたくなっているから不思議だ。