なぜか釜山

ヘンドゥポン ヨルチャ

真っ暗な部屋で目覚める。この旅館の部屋の昼と夜の区別はどのようにつければよいのか。ドアのわずかな隙間の、細い光の筋の色が微妙に違うような気もするが、たぶん視覚的には昼も夜も同じである。 この部屋では外から聞こえる音で判断しなければならない。自分が起き上がろうという気になったのも、聞こえてくる音がどうも深夜ではなさそうだったからだ。ようやくこの最低の部屋とおさらばできる。 最低の部屋、なんて言いながらきちんと熟睡できたのだから、自分の神経は思ったよりタフにできていたらしい。いろいろ文句を書きながらも、もしも誰かをここに案内してその人が同様の文句を並べたら、自分はきっとこの旅館の味方になって「お前こそ上品ぶるんじゃねぇよ」ぐらいのことを言うだろう。 その人が男なら、である。その人がもし若い女なら、決してここには案内しないだろう。部屋のセキュリティはどうだったか?たぶん大丈夫だろうとは思ったが、念のため現金とパスポートは自分で持ち歩いた。部屋の鍵の具合といい、アジュmマのだらけぶりといい、太鼓判は押せない。

釜山に向かうことになった。特別に釜山に行きたいわけじゃなかったが、一緒に大邱の怪しい所を探検するつもりだった山田ル太ーさんが釜山に向かうらしく、ヨニィちゃんは中国行きのため(か、どうかわからないが)アルバイトを辞めており、連絡がとりにくそうなので大邱行きは断念した。釜山には晋州からJCさんが、日本(広島)からくまこさんが集結するらしい。 それじゃぁ行ってみようかとセマウル号に乗ったのだった。韓国で開催されるのなら、オフ会嫌いの自分も「出てみようか」という気分になる。が、これが実はトホホプラザのオフ会ではなかったのである。

韓国人のすべてがそうではないのだが、「韓国人の悪口を何か言ってみろ」とリクエストされたなら、今自分は即座に「携帯電話のかけ方がダサい」と答える。日本製のものに比べてひとまわりでかくて重たい電話機は御愛敬としても、まず呼び出し音がうるさい。音量を必要以上に大きくしているのである。いかに電話機が恰好悪くても、音量の調節機能ぐらいは付いているはずだ。ということは音量を小さくするどころか逆に大きく設定しているのだ。 そして、着信してからすぐに電話に出ないのだ。しばらく鳴らしておいて、周囲に「オレは携帯電話を持っているんだぞぉ!」とアピールしてからおもむろに「ヨボセヨォ」である。そのあとの声がまたでかい。でかい声で、通話時間もまた長い。なんともイモ兄ちゃんであり、成り金オヤジであり、見栄っ張りババァなのだ。日本にもこういう連中はいるのだが、数が違う。新幹線などではたいてい(そうじゃないヤツもいるが)慌ててデッキまで移動するのだが、セマウル号では座席に座ったままなのだ。 せっかく自分が珍しく眠らずに、車窓に流れる紅葉などを眺めて溜め息を吐いたりしているのに、その自分の世界は10分ともたずにかき乱されてしまう。それなら眠ってしまえと思うのだが、うとうとしたところで一気に眠りに落ちてしまわないと、すぐに電話の音で起こされる。まどろんだところを妨害されるのは本当に腹が立つものだ。

まぁ見ていろ。そのうちに自分の周囲20mでは常に「圏外」になるような携帯電話妨害電波発生装置を開発してやる。それどころか本当は破壊してやりたいぐらいだが・・ という悪魔的思考のうちに、ようやく眠ってしまえるのである。・・釜山到着の10分ぐらい前になると、携帯電話が片っ端から鳴るので目覚まし時計がいらない。そういう意味では便利なのかも知れない・・・自分はそんなことでは勘弁しない。

もちろん、マナーをしっかり守っている韓国人もいるのだ、ということも同時に書いておく。口元を手で覆って小声で通話する人、「ヨボセヨォ」と話しながら小走りにデッキへ消える人---これらは単に聞かれたくない話があるだけかも知れないが---、きちんと「マナーモード」に設定している人、車内では電源を切っている人、そういう人だっているのである。 外国人の自分があれこれ言う資格はないかも知れないが、セマウル号では外国人のために簡単な案内まで英語と日本語を流すようなサービスをしているのである。外国人旅行者の便宜を図るのなら、静かな車内を実現して欲しいものである。

宴会

釜山駅に着くと、半年前の記憶をたどって今度は過去最高の旅館(MOTEL)に部屋をとる。あまり風紀がよろしいとは言い切れないこの辺りで、部屋も人もしっかりしていて1泊W25000というのだから、穴場と言えるかも知れない。ここなら誰を連れて来ても胸を張って案内できる。日本語が通じるのかどうかわからないが、この辺のアジョッシやアジュmマは片言(たぶん)のロシア語を使うので、それなら日本語も英語もちょっとはしゃべれるのではないだろうか。 実は道をちょっと間違えて、ロシア人のうろつくこの界隈を一回りしてしまった。ふと、ある店先にぶら下がった迷彩色のしっかりしたズタ袋が目に留まり、値札を調べていたら店のアガッシにロシア語で話し掛けられた。いや、ロシア語だという確信はないが、韓国語でも英語でもなければロシア語だろうと思ったのだ。それは無視して(というか、何と言っているのかわからないから)「これいくら?」と訊くと「オモ!」と来た。「ウリナラ(我が国:韓国のこと)の方でしたか」 いや、韓国人じゃないんだけど・・あとは面倒くさいから黙ってズタ袋の説明を聞いた。きっともっと安い店もあるだろうなぁと思いながら、今すぐ欲しくなって買ってしまった。夏場はデーバッグなどやめて、この迷彩色ズタ袋1つで来ようと決めた。

すぐにシャワーを浴びる。これから知人に会うにしては自分はちょっと汚い。韓国に来て初めてのシャワーは、しかも清潔な浴室のシャワーは、なんとも心地よかった。 そこからスーバクちゃんの待つ南浦洞(ナmポドン)に向かう。スーバクちゃんのポケベルを介して何度も連絡をとって、ようやく出会う。前回ここは、ずいぶんほっつき歩いたから見覚えのある風景は多いのだが、それらがきちんと並べられない。スーバクちゃんの指定した場所を捜し当てたのは、ほとんど偶然だった。

あいさつもそこそこに宴会場に向かう。スーバクちゃんとル太ーさんとJCさん、それにくまこさん、という話をル太ーさんから聞いていたのだが、スーバクちゃんに聞くとくまこさんには連れがいるという。 宴会場がどこで、人数がどのくらいなのか、スーバクちゃんもよく聞かされていないらしく、何度か先方の携帯電話に連絡する。・・え?携帯電話?日本から持って来ても使えないはずだが・・

チョッパル(豚足)専門店に集まっているらしい。「2人でキムチッチゲでも食べに行かないか?」この言葉が何度も口に出そうになる。ようやく店に着いて驚いた。知っている顔と知らない顔が半々、つまり2倍の人数だったのだ。くまこさんは初対面だがすぐにわかった。西の人特有のサービス精神(関東人が冷たいという意味ではない)で元気に場を盛り上げて、ビールもしっかり注いでくれる。すごく頭がいい人なのだろう。 女性2人の間をわざわざ空けてもらって(念のため注意書き:自分が頼んだのではないよ)座っていたが、その2人はいずれも韓国(釜山)の人だったのだ。左の女の子は話してすぐにわかったが、右の女性はしばらくわからなかった。さっきスーバクちゃんが連絡をとっていたのは、この女性の携帯電話のようだ(と思う)。時間がなくて、どうしてあんなに日本語が達者なのかわからなかったが、最初自分は「ずいぶん韓国語のうまい人だなぁ」と思っていたのだ。もう1人ソウルからやって来たというアジョッシがいて、この人の日本語がまたすごい。 他に釜山で働く日本の銀行の人、広島の気さくなYさん、そして懐かしいJCさん、ついこの間会ったル太ーさん、・・つまりトホホ掲示板の面々の宴会ではなく、パソコン通信の人達の宴会だったのだ。

大いに盛り上がって・・と書きたい所だが、自分には初対面の人が多すぎた。そこで自分は「旅行記のうぉる」でもなければ「掲示板で悪態をつくうぉる」でもないのである。なんか知らんけど旅行中にソウルからわざわざやって来た変わり者なのだった(笑)

ノレバン。いろいろと唄ったのだが、なんだか調子が出ない。周りの人とあーだこーだと言い合って、韓国人が「なんでそんな唄を?」なんて驚いてくれてこそ自分のボルテージは上がるのだが、やっぱりなんだか違うのである。 日本の韓国クラブで、店中のアガッシが一斉に振り返る中で唄うのとは違う。それはわかっているが・・廊下に出てタバコを吸う。唯一の喫煙の同士であるYさんも出て来て、しばらく話した。Yさんはパイザさん(リンク参照)の知り合いだそうで、しきりに「パイザはええやつよぉ」と教えてくれる。パイザさんは自分と年齢が1ヶ月も違わないのだが、韓国一本槍の自分とは違って世界中の国を旅した、ちょっと気後れしてしまうようなすごい人物である。 自分もいつか、自分が知らない所で「うぉるはいいやつだよ」と言われてみたい(爆)

なんだか誰一人としてゆっくり話せぬまま、釜山駅に戻ることにした。釜山発晋州行きの深夜バスに乗ると言うJCさんとタクシーに乗る。この深夜バスの存在は、自分はもちろん知らなかったが、タクシーの運転手だって知らなかった。「バスなら高速ターミナルに行かなきゃ」などと物騒なことを言うので、「いや、釜山駅前から深夜バスに乗るんです」と2人で教えてあげたのである。 バス発車まで時間があったので、屋台でキmパpを買って一緒に食べた。JCさんはどうだったかわからないが、自分は妙に空腹だった。釜山駅前の通り沿いのベンチで、自分が晋州で泊めてもらったアパートの話などしながら時間を潰し、JCさんを見送ってMOTELに戻った。予想していたアジュmマの客引きは、この日なぜか1人も現れなかった。

凡一洞(ポミルットン)

わりと快適な朝を迎える。思えば昨日は中途採用の自分の、入社記念日だったのだ。当時はこんな日を夢にも描いていなかっただろう。某研究所に就職するつもりで進学したのに、研究に嫌気が差し、恩師(いまじゃ恩師なんて言葉は吐き気がするが)ともこじれて中退を選び、就職したらしばらくして結婚するはずだったものが破局し、時は流れて釜山で目覚めるのである。自分にとって悲惨だったすべてのことは、しかしそれがなければいまの勝手気ままな自分はいないという・・まぁいろいろ考え込む朝でもあったのだ。

昨夜スーバクちゃんに電話をかけて訊いたところ、凡一洞のあたりが怪しいという。まぁ市場の様相を呈していて、ガラクタが積まれて、色黒のアジョッシ・アジュmマがしかめっ面で動き回っていれば自分は満足である。実は今回アカスリを体験しようと思っており、近所にMOTEL兼沐浴湯(モギョkタン)を見つけておいたのだ。本当は朝早くに行ってやろうと思っていたが、目が覚めてはまた眠るのを繰り返して、時間がなくなってしまった。 アカスリはソウルに延期して、夕方までその怪しげ区域をうろつくのである。が、結果を先に言うと、土地勘のないものがうろうろしてみても、目新しいものはなかったのである。

コインロッカーに荷物を収めて、切符売場に向かうと、アジュmマに切符の買い方を訊かれた。笑いをこらえつつボタンを指差しながら教えてあげ、そのうち「韓国語お上手ですね」なんて言われるかとハラハラしたが、礼を述べてそのまま行ってしまった。その辺のアジョッシに教わったと信じているようだ。きっと自分は「してやったり」という顔だったろう。 やや上機嫌で地下鉄に乗り、凡一洞で降りる。さぁ怪しい所を歩くぞ、と踏み出したのはいいが、どうにも「おお!これは!」というものにぶつからない。自分の感覚が麻痺してしまったのか、単におのぼりさん的にぐるぐる回ってしまったのか、歩いても歩いても満足できない。確かに電化製品の欠片が売られていたり、中古の時計やら、もう日本では見かけないタイプのテレビが並んでいたり、時間潰しにはいいところだったが、これなら釜山まで来る必要はないのである。 「当たり前だ!」とスーバクちゃんに怒鳴られそうだが、この怪しげな一帯は「探し物・買いたいもの」があってこそ面白いのではないかと思う。いずれにしても釜山ならではの怪しさとは言えないようだ。

腹が減って来たのでソモリコmタンを食べる。「ソ」は牛、「モリ」は頭だから、そういう不気味なコmタンかと思ったが、意外に見かけは普通だった。W3000という値段はソウルより安い。味は・・うん、キムチがうまかった(笑)

タバン?その1

腹ごなしにまた少し歩いてみて、もうこれ以上歩いても何も出て来ないだろうと判断して、釜山駅に戻ることにした。そう決めて踵を返したところで「タバン」の文字が目に入った。そういえばいつも入ろうと思いながら、まだ入ったことがないタバン。まだちょっと時間がある、いや何も急いでソウルに戻らなくても、というわけで自分はついに暗い階段を上った。が、入るなりそれまでの緊張と好奇心が崩れ落ちた。

何と表現したらいいだろうか、場末のゲーム喫茶からゲームを取り払ったような、今まで何軒も見てきた「コーヒーショップ」「コーヒー専門店」とはガラリと「趣の違う」、と言うか「趣のない」、要するに味も素っ気もない喫茶店に、これまた味も素っ気もないが化粧はごついアジュmマが、3人ほど向き合って何か飲んでいる。「しまった」と思ったが、アジュmマの顔を見て舌打ちして出て行っては失礼だから、諦めて座った。なるべく窓側の、アジュmマ達から遠い席に。 「オソ オセヨォ」(標準語だったように思う)と、そのうちのアジュmマが注文を取りに来る。自分はアイスコーヒーを頼む。もしこのアジュmマがアイスコーヒーを2杯持って現れて、隣りに座って濃厚サービスなど始めたら、自分はW10000ぐらい渡して逃げるつもりだ。 が、しばらくしてアジュmマは、ごく普通にアイスコーヒーを運び、そのまま席に戻って行った。うーむ・・タバン・アガッシというのはいないのだろうか?あのアジュmマがキャリア30年の国宝級のタバン・アガッシだろうか?それともいま呼び寄せてくれているんだろうか?・・

そこで自分はようやく。窓ガラスに(外から読ませるように)書かれた文字に気がついた。「コ・ピ・ショp」・・なるほど、ここは元タバンで今はコーヒーショップなのだろう。下の看板は「タバン」で、窓には「コーヒーショップ」だったのだ。 安心と落胆とが半々で、少しだけ安心が大きい。「あほくさ!ソウルへ戻ろう!」今度こそそう決めて、自分は店を出た。

旅行記8−3
旅行記8−5
帰ろう