帰省か?(1)

鐘閣(チョンガク)の最低の宿

鐘閣に着く。いつもの旅館に入るまでは予定の行動だった。ところが、である。部屋が空いていないと言うのだ。 いつも混んでいてもなぜか1部屋だけ空いていたこの旅館で、ついに「部屋がありません」と言われた。 いつものアジュmマなら本当に申し訳なさそうに応対してくれるはずだが、そのとき仮眠室から顔を出したのは、人の顔をなかなか覚えない日本語使いのアジュmマだった。 仕方なく、降ろした荷物をまた持ち上げると外に出た。ジョンシク君達と別れたのが1時近くだったから、1時半は過ぎていただろう。さてどこで寝るか。

すぐ近所にもう1つ旅館があるのはかなり前から知っていたので、とりあえずそこを覗く。思いっきり眠そうな顔のアジュmマが出てくる。部屋はあるそうだ。 案内された部屋は一目で「狭い!」と思った。部屋の面積の8割をセミダブルぐらいのベッドが占めている。寒い外から中に入ったからそのときは感じなかったが、この部屋はかなり寒い。 そして汚い。以前、釜山で最低の旅館に泊まったと書いたが、今回はそれ以下である。が、そう気が付いたのは2泊分の金を渡し、鍵をもらって一旦外に出て販売機で紙コップの甘ったるいコーヒーを買って部屋に戻ってからだった。 1泊W15000と聞いて即座に「じゃ2泊します」なんて言ってしまったのだ。結果的には翌日も宿替えせずに眠ったのだから、いくら「ひどい部屋だった」と書いても伝わりにくいと思うが、それは自分がそういうときに開き直ってしまう性格だからであって、いままで泊まって来たどの旅館、どのモーテルと比べたって負けないくらいに狭くて暗くて汚い部屋である。 2泊目にはそれほど気にならなくなったが、とにかく初日に自分の眠りを妨げたものは、壁の中や天井を駆け巡るネズミ(たぶん)であった。 部屋の中をチョロチョロされるよりはマシだが、すぐ頭の上の壁の中をゴトゴト移動されるのもあまり気分のいいものではない。 布団や枕の汚さは真っ暗にすれば忘れる(便利な性格だ)が、「音」は暗くなるほどよく聞こえるものである。 しかしそれほど後悔はしていなかった。いつもの旅館がW20000だから、2泊でちょうど新林からのタクシー代が帳消しになったのだから。

朝、かなり寝坊したが部屋はほとんど真っ暗だった。なぜか?この部屋には窓がないのだった。いや、もともと窓はあったようなのだが、わざわざ板が打ちつけられて塞がれている。 「ここは何かのアジトか?」と疑いたくなる。寝る前に風呂場をチラッと覗いたのだが、シャワーを浴びる気が失せてしまった。ひび割れた浴槽、底にダラリと横たわるシャワーのホース。それにゴミの溜まった排水口。 トイレを済ませて手を洗おうと思ったら水しか出ない。こういうとき、不思議と笑ってしまうのが自分である。「まぁ、もっとひどい所もあるだろうから、それよりはマシだ。」 しかし自分の乏しい想像力では、それ以下の部屋というのがどんなものなのかわからない(笑)。

たぶん「連れ込み」に近いんじゃないだろうか。昨夜も自分のあとから2組の男女が酔った声で入って来た。そのものじゃなくて「近い」と書いたのは、あの声がしなかったからだ。 (あんなところで頑張れるのはプロだろうから、声が起こらないということは一般の男女だったのだろうというのが自分の分析である) その代わりにいつまでもボショボショ話し声がしていて、ネズミの音と伴に安眠妨害のダブルパンチだった。 また、ちょっと先の話になるが、2泊を終えて引き払う時になって自分は、電気毛布のコードを発見した。電気毛布の存在に気づかず、震えながら2泊して風邪をひかなかったのが奇跡である。 (この部分、「連れ込み」と「売春宿」をごっちゃにしていたようですが、その日そう感じたことなので、このまま残します)

ヒョン立ち上がる

ヒョンがついに商売を始めた。その姿を目の当たりにしても詳しいことはわからなかったが、とにかく自分が松坡(ソンパ)のビルラに着いた時、リビングには洋服を束ねた大きな荷物がたくさんあった。 それをワンボックスカーに積むという作業が始まっていた。蚕室(チャムシル)からタクシーに乗って、とうとうビルラの先の角まで誘導することに成功して気をよくしていた自分は、さっそくその作業を手伝った。 ヒョンの友達の中で自分と最も馴染みのある人(団欒酒店で2度一緒だったあの人:いまだに名前がわからない・・そろそろ覚えないと。とりあえず今後ヒョンチング1と呼ぶ。そういえばヒョンの名前も、覚えては忘れ、を繰り返している)も来ていた。3階から道路まで荷物を抱えて下りては上るのを数回繰り返す間にヒョン、ヒョンチング1、ヒョンス(ヒョンの奥さん:こういう呼び方が正しいようだ)、ハルモニ、ユジョンにテジュン、 それぞれちょっとずつあいさつを交わす。歓迎はしてくれているみたいだが、もう自分は珍しい存在じゃないから落ち着いたものである。荷物運びだって無理に「手伝え」とは言われなかったが、「お客なんだからやめろ」とも言われない。

で、積み終わると出発である。どこかの百貨店(或いは百貨店前のワゴン売り)に運ぶようだった。土産をかろうじてハルモニとユジョンに渡し、自分もワンボックスに乗り込む。 行く先は永登浦(ヨンドゥンポ)の近くのなんとかいうところだったが、地名は忘れてしまった。運転手ヒョン、助手席にヒョンチング1、自分は荷物と一緒に後部。前の座席に脚を伸ばして楽にできたから、荷物でぎゅうぎゅうという程ではない。 商売は2人でやっているみたいなので、「2人とも社長?」と訊いたがヒョンはただ笑っていた。失業者でなくなって本当によかったと思う。が、なんとなく1年も経たないうちに別な商売を始めるような気がする。どうかヒョン、辛抱して続けて欲しい。日本のママ(ヒョンの姉)からの仕送りは、この先あまり期待できないと思うし。

そう言えばヒョンが携帯電話を持っている。仕事だったり私用だったり、運転しながらも頻繁に通話している。セマウル号でよく遭遇する、この田舎者っぽい携帯電話中毒症状は我がヒョンにだけはやって欲しくなかったが、半分ぐらいは仕事の電話みたいなので何も言わなかった。 出発してちょっとして、やや遅い昼飯を食べることになって食堂に入ったが、この店を出るまでにも、何度か電話をかけたりかかってきたりという状態だった。 実はこの食堂で自分は軽いショックを受ける。

韓国料理で何が好きかと訊かれたら、ッピョダグィヘジャンクkに次いでテンジャンッチゲである。そのテンジャンッチゲに自分は迷うことなくいつも飯をぶち込む。そのときヒョンとヒョンチング1はカルビタンを注文し、自分はテンジャンッチゲを注文した。ついでにこれも食べろと言って、なんやらビビmバpも注文してくれた。 実はビビmバpは当分のあいだ「テッソ!」なのであるが、まぁ食べれば食べられるので、とりあえずヒョンにけちをつけられないような必殺引っ掻き回しを披露してから食べた。結構うまかった。が、残り3分の1をテンジャンッチゲにぶちこむとヒョンが眼を丸くした。 「そんなことしたら不味いぞ」と言うのだ。ビビmバpをぶち込んだからではない。テンジャンッチゲに飯をぶち込んだから驚いたのだ。「韓国人はそんなしょっぱいものに飯を入れて食わん」と言うではないか。これは旅行から帰って知り合いに確認してもその通りだった。 いままで自分は「正しい韓国スタイル」と信じて、テンジャンッチゲをこうして食べて来たのだが、それは食べ方自体は韓国式だが味覚は日本式なのだった。飯をぶちこむのは、カルビタンとかソルロンタンとか、そういうあっさり系のものには正しいが、テンジャンッチゲみたいな塩分の多めのものには普通ぶち込まないということだ。 そんなことも知らずに「ちょっと韓国がわかってきた」などと錯覚していた自分が恥ずかしい。ちなみにキmチッチゲも飯のぶち込みはやらないそうだ。それ以来、テンジャンッチゲと飯は別々に食べることにしている。

だがしかし、韓国人の中にも「しょっぱいもの好き」がちょっとはいるんじゃなかろうか?とも思う。旅行記3で「グアム経由ソウル行き」で知り合った韓国人妻は、一緒にテンジャンッチゲを食べて自分が飯をぶち込んでも何も言わなかった。よく行く韓国家庭料理居酒屋のアジュmマも、自分に何も言わなかった。 ということはそうやって食べる韓国人も、たまにはいるのではないか?と今は思うが、その時はヒョンに言われて「なるほど、韓国人はしょっぱいものは苦手だもんなぁ」と素直に納得していたのだった。

ヒョンチング1は語った

ヒョンの目的地のちょっと手前(だと思う)でワンボックスは止まった。荷物を降ろすのかと思ったら、ヒョンは「乗っていろ」と言って、数枚のカラフルなシャツが入った紙袋を持って目の前の建物に入って行った。そのときはわからなかったが、たぶん営業活動としてサンプルを配ったようだ。ヒョンチング1は「タバコをくれ」と言って後部座席に移って来る。向かい合わせに座って何やかやと冗談を言っているが、半分ぐらい理解できないのが悔しい。 一番悔しいのは、話の起・承・転まで聞き取れていながら、結だけわからないときである。肝心のオチの部分がわからないのは、話し手も自分もイライラする。せっかくのオチだからと、何度も聞き返してちゃんと理解する頃には面白くも何ともなくなっている。 この場合はそれとはちょっと違う。ヒョンチング1の言葉はものすごく早いので、起も承も転も結も、すべて半分も聞き取れないことが多い。何か面白いことを言っているのは明らかなのに、自分は申し訳なく思いながらも、曖昧にニヤニヤしているしかなかった。 そのうち自分の韓国語をほめ始め、「もうみんな聞き取れるだろう?」などと超過大評価なことを言うので慌てて否定したが、少なくともその部分の会話を韓国語でしている以上、評価はほとんど是正されない。ヒョンチング1は自分のセリフを最後まで聞かずに「おい、よく聞け」と来た。 この「やぁ、ね まる ちゃる どぅろぉ」が怖いのである。この言葉以下に続くセリフは、全力で聞き取らなければならない。理解できないと相手をかなりガッカリさせるからだ。顔つきもそれまでとちょっと違っており、これは駄弁をふるうのではなく、何かとくに言いたいことがあるに違いない。自分に対してというよりも、日本人に対して。。。

予感は的中した。ものすごく集中して聞いたつもりだが、あまりにも知らない単語が多過ぎる。こういうときは何かわかる単語を捉えて、それについての自分の考えとか日本の事情をバンバン言ってしまうに限る。本当はそんなんじゃいけないのだろうが、ここは韓国語教室でも韓国クラブでもない。会話の流れってものがあるのだから、「ちょっとタイム!」と言って考え込む時間はない。 わかったのは、「別に日本が嫌いなわけではないし、もちろんお前に文句があるんじゃない。お前とこうして仲良くなったからこそこんな話をするんだ」という辺りまでで、その先はわからない言葉がズラズラ並んでお手上げだった。日本に対する何らかのネガティブな意見であるのは間違いない。仕方なく肯きながら聞いていると「たとえば」という言い回しが耳に入り、続いて「地震」の話になった。 阪神大震災のことを言っているのだ。自分はやっときっかけをつかんで、「僕の故郷は神戸の近くで・・」と、震災の朝のTVニュースを東京で見てびっくりして、という話をこちらも早口(の、つもり)で言った。正確には今の実家がある兵庫県は故郷ではないし、こちらの住所も東京ではないのだが、この際そんなことはどうでもいい。 次に「関東大震災」のことを言っているようだ。「んん、あれだな」と思った。朝鮮人の暴徒が井戸に毒を入れて、というデマが元で起こった虐殺の話に違いない。ここは黙って聞く。 するとまた「いや、お前に不満があって言うんじゃないんだ、わかるだろ?」と言う。ちょっとソニィとの会話を思い出した。

そうかと思うと「韓国にあんなに大きな地震が来たら、ビルも家も全部倒れるだろう」などと、やや反省モードに入る。またしばらく聞き取れない。自分はちょっと疲れて来たがヒョンチング1は止まらない。今度は地下鉄サリン事件の話だ。「大変な事件だったなぁ」という世間話なのか、「だから日本はいかん」という文句を言われているのかわからない。 それから話はあっちへ行ったりこっちへ来たり、結局ヒョンチング1が自分に何を訴えたいのかがわからぬままに、自分の頭は放棄モードに入ってしまった。耳に入る言葉は、ただ流れて行く。いつかもっと韓国語が上達してから「あのとき話したことは何だったの?」と訊いてみたい。 しかしヒョンチング1はそれでスッキリしたようである。自分が気を悪くしていないかと気遣って、また同じセリフ「お前に文句があるんじゃないんだ」を言う。聞き取れていないんだから、気分は良くも悪くもなかった。ヒョンチング1の思惑とは無関係に、自分の韓国語の実力の程度をイヤというほど思い知らされて、ちょっと落胆した程度だった。 そのあとはいつものギャグマンぶりを発揮して、変な場所に車を入れて買物をしようとしているアガッシを呼び止めて「こんなところに駐めてどうするの?」などと注意している。アガッシはちょっと顔を曇らせて「ちょっとだけですから」と言い残して店内に消える。

旅行記8−1
旅行記8−3
帰ろう