しかしやっぱりどうしても、その方面の知識を得るエネルギーが湧かないのである。 束草の雪岳山にあった寺(新興寺?神興寺?いずれもシヌンサ)も、釜山の梵魚寺(ポモサ)も、 そして今回のカヤ山海印寺(ヘインサ)も、「仏教もの」だということしか書けない。 いずれも空気はいいし、日本の寺とちょっと違った雰囲気が面白いし、決してつまらないことはないが、 だからと言って掘り下げて勉強しようという気持ちにはならない。別なところでも構わなかった。 新(神)興寺では「1人でこんなとこまで来た」ということで満足し、 梵魚寺と海印寺は連れがいたからこそ楽しいのだった。 ・・しかし、せっかくの歴史的建造物を見ておきながら、33にもなって紀行文もロクに書けないのか・・ でもいいことにする。誰も「ガイドブック」的な期待はしてないだろうし。
昨夜も今朝も、ル太ーさんの部屋からの眺めは気持ちを和ませてくれる。 いや、その眺めが気持ちを和ませるのか、気持ちが和んでいるから眺めが素晴らしいと感じるのか、 結論が出ないままヨニィちゃんの待つ西部ターミナルへ向かう。 昨日東大邱駅でセマウルを降りた瞬間に感じた真夏(!)の陽射しは、朝のうちはまだ穏やかである。 ソウルで、大邱で、いろんな人に「大邱が韓国で一番暑い」と言われたが、朝晩はまぁ快適だった。
大邱の地下鉄に初めて乗った。ソウルの地下鉄(とくに1号線)とは比較にならないほど清潔だった。 釜山の地下鉄もきれいだと思ったが、もっときれいなのだ。だがその代わりになんだか異臭がする。 それは人によっては地下鉄の「新しさ」を感じさせるいい匂いかも知れないが、自分には苦手な臭いだった。 切符の販売機も改札も新型でピカピカなのだが、ちょっとソウルが恋しくなった。 旅行者である自分にとっての、いい意味での韓国臭さというものが感じられない。 韓国人が日本語で、それも日本語を勉強したんじゃなくて、 日本語の音をそのままハングルで書いたメモを読み上げたような感じ・・ あまりよい例えじゃないかも知れないが、つまり違和感を感じた。「無理すんなって!」と言いたくなる。 あくまでも個人の印象として。
ル太ーさん、ヨニィちゃんと3人で市外バスに乗り込む。2人がけの座席が2列で、3人。 どうやって座るんだろうと思っていたら、ル太ーさんが気を遣ってヨニィちゃんと座らせてくれようとする。 うーーん・・ヨニィちゃんはル太ーさんと座りたそうだなぁと思って躊躇していると、 ヨニィちゃんが「2人で座ってください」と言い、あとで友達が乗ってくるからと、さっさと1人で座ってしまった。 まぁこれが正解だろうなぁと納得しつつ、ル太ーさんと並んで座る。
もうすぐ到着という頃にヨニィちゃんの親友ソンジャちゃんが乗って来た。 自分はその頃夢うつつで、たまに窓ガラスに頭をぶつけたりしており、 たぶんかなりボケーッとした顔で挨拶をしたことだろう。きちんと言葉で挨拶したかどうかも憶えていない。 意識がはっきりすると、バスの走り方が気になり始める。やたらに右端を走るので脱輪が心配でならない。 小さな溝にはまるぐらいならいいが、ガードレールごと谷底へ転落では洒落にならない。 先日もそんなニュースを見たばかりだったから、気が気じゃなかった。いっそ眠っている方がよかった。
海印寺に着くと4人で歩き始めた。きつい道ではないが徐々に山を登って行く感じである。 途中、たぶん最大の見せ場であったはずの八万大蔵経(パルマンデジャンギョン:8万枚に及ぶ版木、お経を刷るのに使う) が工事中で、ヨニィちゃんはちょっとガッカリする。そしてしきりに「つまらないですか?」と聞いてくれる。 黙っている自分の様子を誤解したみたいだった。自分はまず煙草が吸いたかったのだ。 くわえ煙草はよくないと思ったので、何度もヨニィちゃんに「トイレ行く?」「疲れてない?休む?」と訊いて、 その隙に一服しようという計算だったのだが、ことごとく「大丈夫です。疲れましたか?」なんて逆に訊かれてしまう。 そうすると「何言ってんだ俺は疲れてないよ」と答えるしかなく、そして溜め息をつくのだった(笑) また、最初のうち口数が少な目だったのは、 ソンジャちゃんと会ったばかりでポンポンと会話が弾むところまで行っていなかったせいもある。 ヨニィちゃんはル太ーさんにほぼベッタリなので、自然と自分はソンジャちゃんと話しながら歩くことになったが、 一般に女の子は初対面からベラベラしゃべったりしない。ましてや田舎の素朴な20歳である。 自分が盛り上げるにしたって、この程度の韓国語じゃスムーズに気の利いたことも言えない。 ようやくソンジャちゃんとの間に言葉が飛び交うようになったのは、山を下り始める頃だった。
ヨニィちゃんは最後まで自分が「楽しかったか」ということを気にしてくれた。 韓国人の前で「楽しんでいる」ところを見せるにはいったいどうすればいいのだろう? 実はこういう「面白い?」とか「つまらない?」という質問、韓国でこれまでにも何度か受けた。 自分が「楽しい」とか「面白い」と答えても、相手は不満そうにしていることが多い。 たぶん自分の感情表現が韓国人には地味で物足りないんだろう、ということは薄々わかっているが、 まさか「俺は楽しいぞぉ!」と叫んでその辺を駆け回るわけにもいかず、大いに悩むところだ。 自分を楽しませようとしてくれるヨニィちゃんと、そのヨニィちゃんをガッカリさせまいとする自分と、 お互いが納得するにはたぶん、どちらかが妥協しなければならないのだ。 しかし自分の中にないものは出せないから困ってしまう。 ちゃんと楽しんでいたのだよ、ヨニィちゃん。
まず昼飯を食べるその店に向かう。観光地らしく食堂のアジュmマの勧誘がすごい。いつまでも食い下がる。 ソンジャちゃんが「知ってる店に行きますから」と答えても、その店の名前を言うまで納得しない。 なんだか疲れる光景だった。食堂までもう少しというところで日本人団体に出くわす。 自分が見たのは団体そのものではなく、観光バスとそれを誘導する日本人ガイドのお姉さんだった。 ヨニィちゃんが面白がって「何か話してみてください」と言うが、自分は苦笑して「やだよー」と辞退した。 困っている人ならともかく、自分はなるべく接触したくない。 ル太ーさんが仕方なく(?)ヨニィちゃんのリクエストに応えて、なにごとか話しかけていた。
昼飯はハッキリ言って失敗だった。 名前のわからない、いろいろな料理が大き目の小皿(変な日本語だ)で並べられ、 どれが注文の品でどれがサービスかわからないが、とにかくそれらをつまんでご飯を食べる。 そしてテンジャンッチゲが4人共有で1つ。これはなかなか旨かったけれど、自分はご飯をぶち込みたくてたまらなかった。 鍋物ならともかく、テンジャンッチゲは個別に出してもらいたい。 ソンジャちゃんが注文するときに「定食」という単語を聞いたような気がするから、 「なんやら定食4人分」というものだったのかも知れない。 全体的に味はまぁまぁだったが、勘定のときに驚いた。3万6千ウォンだと言う。 1人9千ウォンである。テンジャンッチゲを食べて更にソルロンタンも食べられる(ちょうど食べたかった)じゃないか。 別にラーメンばっかりの貧乏旅行を心がけてるわけではないが、贅沢するのも避けているつもりだ。 9千ウォンも出すのならもっと満足したかった。勘定はル太ーさんと折半した。
このあと「日光いろは坂」をゆるくしたような道を延々と下るわけだが、どうしてバスに乗らないのだろう? という疑問がぼんやりと浮かんできた。 最初は「そうか、やはりここは当然歩くべきだ」などと思ってしまっていたが、 かなり歩いてから「どうして歩かなければならないんだろう?」と思い始めた。 来るときはバスで山道(バス通りは舗装路)を登って、それから海印寺内を徒歩で登って、その両方を今度は歩いて下る。 「どうしてバスに乗らないの?」かなり後半でとうとう訊いてみたけれど、とくに理由はなかったみたいだ。 たぶん「散策しましょう」ということだったのだろう。ル太ーさんと自分なら絶対にバスに乗ったと思う。
長い間歩くうちに、ソンジャちゃんとばかり話すようになった。 どうやら自分を案内するのは口実で、ヨニィちゃんはル太ーさんとデートしたかったようなのだ。 いつも通りに楽しくじゃれあう2人と、ぎこちない初対面の2人。 客観的に見て「これではいかん」と判断した自分は、進路の話、音楽の話、とにかくあれこれ話しかけることにした。 昨日ル太ーさんの部屋で考えたような遠慮はもう要らない。 ソンジャちゃんはとてもおおらかで、話していて疲れない。 ソニィとのように口論(後述)にならないし、ヨニィちゃんとのようにハイテンションで臨まなくてもよい。 韓国人特有(だと自分は思っている)の、慣れるとすぐに「ああしろ」「こうしろ」というセリフを言わない。 しかし・・自分は好感を持つと同時にふと、旅行記1の最初の方に書いた、あの女を思い出していた。 確か同じような理由であの女に惹かれた時期があった。でも結局はああいうことになって・・ ソンジャちゃんには失礼だけれども、たぶんソンジャちゃんはもっと性格のいい女の子だろうけれども、 ものすごく久しぶりに、しかも異国で急に思い出した記憶は、頭から消そうと思ってもなかなか消えなかった。
ようやくバスに乗れる。ヨニィちゃんの実家は高霊(コリョン)というところにあり、高霊経由大邱行きのバスを待つ。 大邱と海印寺の間は直行するバスも走っており、そのバスばかりやって来る。 おかげで何本かの煙草が吸えた。バスを待つ間ル太ーさんは、ヨニィちゃんのテンションに合わせておどけている。 訓練すればなんとかなるかも知れないが、今の自分には不可能なノリである。煙を吐きながら感心してしまった。 職場で20歳前後の女の子に囲まれているとこんなことができるのか・・風変わりなオッサンに囲まれている自分は、 しかめっ面で煙草を吸うことの方が板についてしまっている。
ようやくバスが来る。ル太ーさんとヨニィちゃんを一緒に座らせ、自分はソンジャちゃんの隣りに座る。 さっきの話を続けて・・と思っていたら眠ってしまった。ヨニィちゃんに脇腹を突付かれて起こされたら、もう高霊だった。 ここはもうごく普通の街中である。ヨニィちゃんが目ざとくプリクラを発見(というか、知っていたのだろう)し、 生まれて2度目のプリクラはソンジャちゃんと撮った。
ヨニィちゃんの実家が営む食堂に入る。ここでついに、今回の旅行で初めてのまともで満足できる食事をごちそうになった。 下味をつけたサmギョpサル---名前をヨニィちゃんに教わったが忘れてしまった---を、腹一杯に食べさせてもらって、 さらにマツタケまで出してくれた。 肉を食べながら「うまい!」と何度も言ったが、たぶん何も言わなくても自分の食べ方でわかったと思う。 夕食にはかなり早い時間だったが、自分でも驚くほど腹に入ってしまった。 勘定はいらないと言ってくれたが、さっきの昼飯よりもこの店でこそ金を払いたかった。 つまりそれぐらい旨かったし、庶民的雰囲気も気に入ったのだった。 自分の聞き違いで叔母さん(あるいは伯母さん)だと思っていた人が、 実はヨニィちゃんのお母さんとわかって慌てて挨拶とお礼を言う。
次の約束があるというソンジャちゃんと別れ、3人で主山(チュサン)という小さな山を登ることにする。 それはいいが、店に入った時からヨニィちゃんの様子がおかしい。何かを怒っているのかと思ったら落ち込んでいるのだった。 いったいどうしたんだと訊いて見ると、「友達の家に比べて私の家は小さくて恥ずかしい」ル太ーさんも自分も耳を疑った。 こちらで想像もしないところで陽気なヨニィちゃんが落ち込んでいる。 ソンジャちゃんの実家でもヨニィちゃんの実家の店でも、自分はとくに大きいとも小さいとも思っていなかった。 そんなことよりも、異邦人の我々を招いてくれることだけで大変ありがたいのだ。 日本語でヘラヘラと「いらっしゃいませ」だの「皮ジャン安いよ」だのと言われるところで半日過ごすよりも、 韓国の田舎の一般家庭で1時間でも30分でももてなされる方が、 どれだけ貴重な体験であるか、少なくとも自分は、そしてル太ーさんは理解している。 慰めになったかどうかわからないが、ヨニィちゃんは少し元気を回復してくれた。
それからまた山登りである。体力的にはまだ余裕があったが、膝(テニスのやり過ぎ:休養中)が悲鳴を上げていた。 のんびりと登って古墳を背景に写真を撮ったりして、安らぎの時間だった。 が、山を降りていく途中で下の方から「ヨニヤァ!」と呼ぶ声がする。お母さんである。 それから3人は慌てて転げ落ちるように山を下る。膝を痛めた経験のある人ならわかると思うが、下り坂は本当につらい。 身体の向きを180度変えて、バックで下りたいぐらいだった。
ヨニィちゃんのいとこの女の子が大邱で下宿しており、ヨニィちゃんの叔父さん(伯父さんかも)が車で皆を送ってくれるという。 ヨニィちゃんのお母さんが呼びに来たのはそのためだった。車はすでに待機していた。トラックのような車で大邱に向かう。 ところが日曜日の夕方は大渋滞である。 日本にいたことがあるという叔(伯)父さんとちょっと言葉を交わすが、ほとんど聞き取れなかった。 大邱市に入って間もなくの地下鉄の駅で降ろしてもらう。 自分はすでに今夜中の移動はあきらめて、ル太ーさんのところにもう1泊することにしていた。 ヨニィちゃんが大邱のホプで一杯やろうと言い出して、それに従った。
ホプに向かう途中で、カラフルなカツラ付きのプリクラ---もうどうにでもなれ---を撮り、ホプに入る。 のどが渇いてたまらなかったので、生ビールが実にうまい。 ル太ー教授ニm(ヨニィちゃんがお母さんにこう紹介していた)は2夜連続でちょっと気の毒だったが、 自分は生ビールがあれば韓国で生きて行ける(ちょっと嘘)ので、幸せな気分でグイグイ飲んでいた。 ヨニィちゃんはもうすぐ中国に行く。 ル太ーさんの韓国暮らしを大きく支えた存在、と言っても過言ではない陽気な女の子がもうすぐいなくなる。 ル太ーさんはもうすっかり「大邱の人」になっているので大きな心配はないが、やっぱり寂しくなるはずである。 自分は無責任だから、ヨニィちゃんの後任のアルバイトはどんな子かなぁ、なんて思う(ごめん)程度だが・・
ヨニィちゃんは最後まで、大邱市内にしろ海印寺にしろ、「充分に案内できなかった」と気にしていた。 そんなことない、楽しかった、満足した、自分はそうフォローしながら、韓国人の言う「情」というものがわかりかけていた。