空港バスに乗る。乗ると運転手と日本の若い男女4人(5人だったかも)が何かやりとりしている。 韓国語まったくわからずによく乗るなぁ、でも偉いなぁ、勇気あるなぁ、 運転手もプロならちょこっと日本語なり英語なり覚えればいいものを・・ などと思いながら一番前の席に座って聞いていると、運転手は親切心から彼らに「どこで降ろせばいいのか」と訊いている。 運転手のすぐ後ろの席には欧米系(米兵かも)外国人が座って、これもなんだか英語で口を挟んだりしている。 たぶん彼が最初に、運転手に「シンチョンまで」みたいな依頼をしたのだろう。 そこへ日本人グループが乗って来たから、ついでに「君らはどこまで?」と訊いたのだろう。 タクシーやバスの運転手が何かボソッとしゃべる時は自分でも聞き取りにくいのだが、 韓国語のわからない(オルマエヨ?ぐらいは知ってるのかも)彼らは色黒でサングラス付きのおとっつぁんに何か言われたら、 イチャモンをつけられていると勘違いしそうである。だからちょっと助け船を、 と思っていたら日本語のできるアジュmマが乗って来た。
アジュmマはたぶん同じ飛行機で日本から里帰りしに来たのだろう。 自分の隣りに座ると、立ちすくむ彼らに「日本の方ですか?」と声をかけて通訳を始めた。 しかしアジュmマはそれまでのいきさつを知らないし、日本語も完璧ではないから、自分もところどころ助けることになった。 そこへ日本語も韓国語も流暢な30代後半ぐらいのアジョッシが乗ってきた。 自分は最初に韓国に住む日本人だと思ったが、韓国語がむちゃくちゃにうまいから日本で暮らしていた韓国人かと思い直した。 ただ、よく聞いているとどちらも微妙に何かが違うような気もする。結局どちらの人かわからなかった。
日本人グループと運転手のやりとりは、そのアジョッシがまた最初から仕切った。 結局日本人グループは「ソウル駅」へ行くみたいだった。 それも、そう決めていたのではなく、行く先を問い詰められてとりあえず「ソウル」と答えたら「ソウルのどこ?ソウル駅?」 と突っ込まれて「はぁ、じゃぁソウル駅・・」みたいな感じだった。 あんな調子でソウル駅前で降りてどうするんだろう?列車に乗るならいいが、 旅館探しなら自分と同じ鐘路の方が探しやすいが・・しかしアジョッシは彼らの行く先をはっきりさせると奥の席に消え、 彼らも適当な席に座ってしまった。 グループでなければ後ろまで行って「ソウル駅からどうするの?」と訊いてあげたかも知れないが、 自分はグループ行動の人には案外冷たいので(笑)黙って目を閉じた。
彼らは無事にソウル駅前で降りた。降ろされたんじゃないかという気もするが、まぁなんとかなったのだろう。 気の毒なのは米兵風のお兄ちゃんである。長旅に疲れて眠っているあいだにシンチョン(新村)は過ぎてしまった。 運転手もアジュmマも自分も日本人グループに気をとられて彼の存在を忘れていた。 アジュmマは実はシンチョンで降りた。彼の存在は頭から消えていたようだ。自分はコロッと忘れていた。 日韓語アジョッシは途中参加だから彼がどこに行くのか知らなかった。 運転手は「あれ、みんな一緒じゃなかったの?」ととぼけたことを言っている。 「シンチョン過ぎちゃったよ、どうしよう?」なんて言っても米兵風はキョトンとしている。 シンチョンはまだ先だと信じて目をこすっている。
さっきのアジョッシがまた登場して、米兵風の横に座って英語で説明している。いったいこのアジョッシは何者なんだろう? アジョッシの英語はだいたいわかったが、いまの自分はとてもじゃないがあんな風に英語で話せない。 結局バス停ではない(たぶん)ところで米兵風は降ろされた。 アジョッシの指示通りに地下鉄に乗ってシンチョンに向かったのだろう。
余裕を見せていた自分も、危うく乗り過ごすところだった。車内放送が「市庁」なんて言っているのに景色は鐘路1街である。 「鐘閣行きます?」と言いながら乗って来ていた韓国のアガッシも慌てて降りる。バスの車内放送は信用しちゃいけない。
いつもの旅館に荷物を置くと、バタッと布団に倒れた。動きたくない。しばらく眠ってから晩飯を買いに行く。 羽田空港の和風スパゲティ、KALの機内食、どちらも半端でないマズさで、そのわりに腹に溜まっている。 キmパpでも買って来ようと外に出て、ある店先で「うちで食べるから」と注文しながら、「トースト」を見つけた。 ああ、やっとのことでトーストが!「え?トーストもあるの?」とアジュmマに訊くと、怪訝そうに「あるよ」と答える。 トーストぐらいで興奮している変なヤツだと思われたろう。ファミリーマートで缶コーヒーとビールを買って帰る。
電話をかけなければ。いろいろあるが、とりあえずソニィのポケベルに伝言を入れる。 テレビを見ているとソニィから電話がかかってきた。「会社いっぱい休めていいなぁ」なんてことを言われながら、 火曜の夜の約束をする。続いてジョンシク君。彼はあまり待たせずに電話をくれるのでありがたい。 火曜の午前からソニィに会うまでの時間で会うことにする。 ジョンシク君との電話は深夜1時まで続き、ヒョンへの電話はあきらめた。
まぁそれでもソウル駅に行って「東大邱までセマウル」と言ってみたら、1時間弱の待ちで乗れることがわかった。 高速バスよりずっと早く着ける。時間潰しに駅にある食堂で何か食べようと歩いていて、 1度通り過ぎた食堂に入ろうと振り返ったら、背後を早足で歩いていた男とぶつかった。 メガネをかけていなくてよかった。火が出るほど顔面が衝突したのだ。 クラクラして怒ることも詫びることも忘れてうめいてしまった。相手の男も困ったような苦痛顔で去って行く。 こういうアヤが着くと、たいてい出てくる料理も不味い。冒険せずに無難そうな「キmチボックmパp」を注文する。 ちょっと酸っぱいものが食べたくもあった。ところがこれが不味いのなんの。 こんな味じゃなかったような気がする。付け合わせのスープがまたひどい。 「おとといの晩からロクなもの食べてない」なんて日本語が出てしまう。
まぁ大邱に着けば・・・なんて思っていたが、結局その翌日ヨニィちゃんの実家で味付きの焼き肉をごちそうになるまで、 ちゃんとした食事にはありつけないのだ。やはりテンジャンッチゲあたりを韓国に着くなり食べておかねばならない。 自分は汁物に飯をぶちこむスタイルが大好きなのだが、今回1度もそれを食べられずに帰って来てしまった。 まぁ自分が悪いんだが・・
ほとんど眠って東大邱駅に着く。ル太ーさんに電話をかけ、タクシーで専門大学に着く。 前回同様ル太ーさんとすれ違ってしまって、会えるまでに一呼吸あった。今回も自分が悪い。 「タクシーで行く」と言いながら、東大邱駅のバス乗り場を確認したり旅館街をチラッと覗いたり、 不要な行動をとったためだった。正門で待つ間にアメリカンドックを食べる。 さすがに学生相手の屋台(トラックだった)は破格に安い。
ル太ーさんに会うのは3度目である。もう大袈裟な挨拶もなく「どうもどうも」と会えるので気が楽だ。 その日ル太ーさん宅では韓国料理教室が開かれており、 ヨニィちゃんと、ル太ーさんの同僚の先生と、その知人パクさんが来ていた。 ヨニィちゃんはマンドゥの生地作りでフゥフゥ言っており、なんだかあっけない再会だった。 アパートのエレベーターを上る前にル太ーさんに聞いたところによると、 ヨニィちゃんは在学中だが急に仕事が決まって、3ヶ月後に中国へ行くことになっていた。 ということは今日明日が見納めになってしまうのだが、それはこれを書いている現在の感傷であって、 その日も翌日もあまり深く考えていなかった。 会うのがまだ2度目で、それで韓国からいなくなるからと言って寂しがるのは変な話だが、 もう何ヶ月も自分のHPの表紙を飾っているので情が移っているのだった。
と言いながらも、しばらく側に立ってからかっていた自分も飽きてきてテレビを見始めた。 と言うより3人の会話について行けなくなったのである。決してすねた(笑)んじゃない。 うまく言えないが、日本語と韓国語のバランスをとることに、或いは女3人という状況に疲れたのだった。 パクさんという女の子は、日本語独学1年半というのに驚異的に流暢な日本語を話す。 自分の韓国語が驚異的かどうかはさておき、同じような境遇にあるわけで当然話も合うはずである。 パクさんの方でも自分にあれこれ話かけてくれて、そのまま2人でコーヒーショップへでも行けば大いに話が弾むはずである。 が、自分が会いに来たのはまずヨニィちゃんである。自分は話が弾むとブレーキの利かないところがある。 それではさっきから一生懸命にマンドゥの生地をこねているヨニィちゃんに悪い気がする。 パクさんのたぶん望んでいる、「日本語ネイティブに日本語を試す」ということに応えて日本語で話せばなおさらである。 ヨニィちゃんにとって仮に自分がたいして興味のない男だとしても、 「私に会いに来た」はずの自分が初対面の同性にベッタリでは、あまりいい気はしないだろう。 ヨニィちゃんとパクさんの会話から、2人がそれほど親しい間柄ではないことが薄々わかってきて、自分は疲れて来たのだ。 この辺の思考は韓国クラブでの失敗から来ており、またヨニィちゃんを大事に思えばこそだったが、 ちょっと考え過ぎだったかも知れない。いや、考え過ぎだったのだ。そうわかって翌日、自分はまるで反対の行動に出る。 つまらない考えが元で、パクさんの日本語を目の前で絶賛してあげられなかったことが心残りである。
ル太ーさんの同僚の先生とパクさんは、キムチ作りが終わるといなくなってしまった。 「キムチ食べますか?」と訊いてくれたが、 できたてキムチが不味いということは以前韓国スナックで経験(もっともその店で作るキムチはどんなに待っても不味いが) していたのでニコニコしながら断った。 ヨニィちゃんにみやげを渡し、ヨニィちゃん製作のマンドゥを食べる。 「不味いでしょう」とヨニィちゃんは心配したが、自分は「由緒正しいマンドゥ」というものを知らないので、 本当に旨いと思って食べた。だが時間が時間だけに、ひとつ気がかりだった。 それはこのあとル太ーさんとカルビを食べに行こうと話していたからで、 こんなにマンドゥを食べてしまったら晩飯に差し支えると思ったのだ。・・・が、「まともな食事」はまたも見送られた。 実は明日招待してくれるというヨニィちゃんの実家が焼き肉がメインの食堂で、 ヨニィちゃんはその類は食べ飽きていると言うのだ。これはル太ーさんも知らなかったことで、2人で顔を見合わせた。 それで、腹にはマンドゥが入っているし、どうせビールを飲むならと、ホプに行くことになってしまった。 カルビはル太ーさんも楽しみにしていたし、アルコールをあまり飲まないタイプなのでちょっと気の毒だった。
ホプで生ビールを飲みながら、3人で話す。それにしてもル太ーさんの韓国語には驚いた。 昨年末にソウルで会ったときには韓国語など勉強する気がなかったのだ。 それが今年の4月末に会ったときに「ちょっと勉強しようという気になってます」と変化し、 今回は、もうちゃんと文章をしゃべっている。 ヨニィちゃんが分かりやすく話し、また聞き取る努力をしているのを割り引いても、たいした進歩である。 やはり韓国生活者がやる気になるとすごいのだ。もう生活には困らないのだそうだ。 ヨニィちゃんと自分が韓国語で話していても、ほとんど翻訳不要である。 (その前に自分がヨニィちゃんの言葉をちゃんと理解しているかどうかが怪しいが) この調子なら半年もすると追い抜かれそうである。 まぁこっちは旅行者でル太ーさんは生活者だから、競争してもしょうがない、と分かっていてもちょっと刺激されてしまった。
どこの方言が好きか、なんて言うとかなり背伸びしたマニアックな話になってしまうが、聞いていて好きなのは大邱訛りである。 男より女の、アジュmマよりアガッシの、アガッシの中でも(・・以下省略・・)の大邱訛りが好きなのは言うまでもない。 釜山訛りとの違いすらまだはっきりと指摘できないレベルであるし、 様々な方言を研究したわけじゃないからこの先どう変わるかわからないが、 いま最も自分の耳に心地よく響くのは大邱の訛りなのだ。そしてそれこそが大邱の一番の魅力である。 ル太ーさんは「大邱は何もないですよ」と言うが、韓国よりも韓国人よりもまず韓国語に惹かれた自分にとっては、 つまり「音」から入った自分にとっては、大邱は大邱訛りがあるために重要な都市なのだ。 一方、自分がしゃべる環境としてはやっぱりソウルを選んでしまう。 ・・そのわりに「江原道生まれか?」なんてタクシーで言われてしまったが(笑)