空元気

キムチ博物館

昼前まで寝たり起きたりを繰り返して、どこへ行く気にもならずもたもたしていると電話が鳴った。 モーテルのアジュmマから、もう1泊しますかという問い合わせだった。 こんな電話が来たことは今までになかった。つまりそんな時間まで部屋でもたもたしていたことはなかったのだ。 2秒ぐらい考えて、今夜もここに泊まると答えた。 今夜は何時に帰れるのかわからないが、ヒョンとの約束はソニィと連絡がつけばキャンセルするかも知れないから、 宿はこのままにした方がよさそうだった。それに洗濯ものも乾いていない。 洗濯と言っても風呂場で石鹸をつけていい加減に揉むだけだが、それを乾かすには2泊する方が都合がいい。 せっかくロープ・洗濯バサミセットというものを買ってしまったので是非使いたいと、 ぐったりしていたわりにくだらないところでまだ元気があったようで、昨夜洗濯して干したのだ。 洗濯物を優先してもう1泊するなんて、「お前は韓国に洗濯しに来たのか?」と鏡に向かって言ってみる。 なんだかそれが他人に言われたような気がして「そう!洗濯がしたくて韓国に来たんだ!悪いか?」 と韓国語でスラッと言えた(言えただけで、発音はどうだかわからない)ことに満足して、元気が出た。 人間は喜ぶか怒るかしないと元気が出ないのだ。しかし頭は重く、のどには違和感がある。

昨夜寝る前にガイドブックをパラパラやって、戦争記念館へ行こう!と思ったら月曜日は休館で、 その替わりにキムチ博物館というのを見つけたのだった。実はずっと前から存在は知っていたが、 実際に行こうと思ったのは今回が初めてだった。当然他にも、まだ行っていないところはソウルにたくさんあるが、 1人で行っても面白そうなところとなると、探すのに苦労する。 また、キムチ博物館のある三成(サmソン)は江南から近いので、 夕方ヒョンに会うまでの時間をつぶすにはもってこいだとも思った。ただし開いていればだ。

まず江南でやや遅れた昼食をとる。なんとしてでも「ッピョタグィ ヘジャンクk」が食べたい。 タワーレコードの裏手を歩き回って、汗だくになってようやくみつけた。 食べるとまた汗だくになると知りながら、それでも注文する。冷房のあまり効かない店で、 予想以上の大汗をかいたがそれでも旨かった。元気になったような気がする。その勢いで地下鉄に乗り込む。

地下鉄を三成で降りると貿易センタービルというのがあって、名家(ミョンガ)キムチ博物館はここの1階にある。 KCAT(カンナム・シティ・エア・ターミナル?)への矢印も出ていて、「あ、ここだったのか」と初めてわかった。 自分がいつも乗るアシアナやNWならここで手続きしても大丈夫らしいのだが、まだ利用したことがない。 ここで荷物から解放されて、空港で並ばなくてよいのなら、一度利用してみなければならない。 いかにも旅慣れた感じで「韓国通」っぽい。(他人にこう言われるとムッとするくせに) しかし鐘閣の旅館と空港バスのバス停までは目と鼻の先だから、その方が便利のような気もする。

ちょっとボヤッとしていて貿易センターで1人芝居をしてしまった。キムチ博物館を探しながらふいに立ち止まったのだ。 「今日は休館日じゃないか!」ああ、馬鹿なことをしてしまったと悔やんだのだが、これは勘違いである。 昨夜の「戦争記念館は月曜休館」が頭に残っていて、 キムチ博物館の休館日にわざわざ訪ねて来てしまったのだと思い込み、自分を責めた。 あれだけガイドブックを眺めて、どうしてよりによってこういうポカをやるのか・・・ が、それが勘違いだということは、途方に暮れて入ったコーヒーショップですぐに気がついた。 アイスコーヒーを飲みながら、「まぁせっかくだから場所ぐらい確認してから帰ろう」とガイドブックを取り出すと、 休館日は「日曜・祝日」と書いてある。自分であきれてにやにや笑ってしまった。かなり頭が悪くなってしまったようだ。

ところがである。キムチ博物館はやはり閉まっている。入口に言い訳が書いてあったが、読んで分かったのは 「7月1日から工事」ということぐらいだった。 新しくなってまたお目にかかりますみたいなことも書いてあったと思う。ついに自分は声を出して笑った。 もうどこも行くものか!今夜ソニィかヒョンかあるいは両者と、会って飲み食いすることだけに体力を温存しよう。 江南に新しくできた本屋(2番出口のところ)と、いつものジンソル文庫に寄ってモーテルに帰った。

団欒酒店

ヒョンが指定した時刻に電話をかけると、ハルモニが出た。ヒョンは子供を連れて出かけて、まだ帰って来ていないらしい。 「約束したんですけど・・・」と言ってしまって後悔した。ヒョンが今日自分とどこに行くかということを、 内緒にしているかも知れないからだ。そもそも自分に会うことも内緒かも知れない。 現にハルモニは、自分が電話をかけるということを知らなかった。結局何も問題は発生しなかったようだが、 口は災いのもとである。自分だけかも知れないが、韓国語を学ぶと、 思ったことはじゃんじゃん言わねばならないという気持ちになってくる。 しかしものには限度があって、なんでもペラペラと正直に話せばいいというものではない。 職場でもプライベートでも、最近自分の言動はストレートになっている。 相手が目上でも機嫌が悪い時は露骨に態度に出してしまう。しかしこれはあまり韓国的とは言えないように思う。 自分に都合のいいところだけ吸収してしまったようだ。

ヒョンがまだ帰っていない。ここでソニィと約束してしまえば、 ヒョンとの約束をキャンセルする場合に恰好の言い訳材料になる。だが夕方から電話しているが、 ソニィの家では相変わらず誰も出ない。家の人でも出れば、ソニィが何時に帰るのかと訊ねることができるが、 これではどうしようもない。30分後にヒョンのところに電話をかけるといきなり「おお、どこだ?」とヒョンの声。 出かけていて帰りが遅くなった、すまん、それぐらい言ったらどうなんだと頭の中で日本語でつぶやいて、 「まだ旅館。江南にいるよ。」とだけ言った。「飯食ってから行くんだ。早く来い!」さすがにムカッとした。 連れて行ってもらうとはいえ、こっちが金払うんだぞ。 ただ、ここで怒ってもヒョンは自分が何を怒っているのか理解できないだろう。「すぐ行く」と答えて電話を切った。 もう1度ソニィの家に電話してみて誰も出ないのを確認して、とうとう自分は立ち上がった。

蚕室からのタクシーはこれで3度目だが、3度ともコースが違った。これまでとはまた別なところで降りて勘を頼りに歩く。 今回はしかし、パッと見回してビルラまでの距離がわかった。ヒョンは友達と2人で通りの角まで出て立っていた。 ヒョンもその友達も、これで3日連続会っている。失業者2名と旅行者1名はとりあえず腹ごしらえをする。 自分はサmギョpサルが食べたいと言ったが、どうも自分にもう少し高いものを食べさせたい様子なので、 テジカルビも食べたいと付け加えた。しかしサシミを食べることになってしまった。 「サシミだ」と言ってからわざわざ韓国語で「フェー」と言い直してくれたが、サシミは日本語だからわかる。 韓国のサシミなんか、とくに魚のサシミは白身ばっかりで旨くない、という結論を前回の旅行で出したから、 ヒョンにそう言った(もちろん表現は和らげて。また、ホヤ・ナマコ・イカ・タコは旨いと言って)のだが、 「赤身?マグロがある!」と言って「フェー」の看板の下を動かない。どうも2人でそう決めていた模様だ。

「韓国でサシミを食べてみたか?」と、ヒョンが訊く。 だから前に言ったじゃないか、束草でも三千浦でも海のすぐ前で新鮮なのを食べて、 それでも魚のサシミはまずいと言っているのだ、 と言いたかったが、単に地名だけ並べて「そこで食べて見たよ」とだけ言った。 蚕室なんかでサシミを食べたらもっとまずいに決まっている。 ビールが飲みたいのに「焼酎を飲んで見ろ」と来た。飲んだことあるわい。何度も。

料理との相性なんか知ったことじゃない、自分はどんな時でもビールが好きなのだ。 しばらく「日本人とビール」「韓国人と焼酎」について話し合った。とくに飲め飲めとあおられたりはしなかったが、 あまりチビチビなめているのもおかしいので、グビリグビリと飲み干していたらすぐに酔ってしまった。 酔うと韓国語がワンランク上になる(気がする)自分は、何の遠慮もなく自分がいかにビールが好きで、 日本のビールがいかに旨いか、世界一であるか、ということを力説したのである。 もちろん、「でも焼酎は韓国で飲むのが旨い」と付け加えておく。 以外にもヒョンは反論せず、友達に「日本で飲んだビールがどれだけ旨かったか」という説明をしている。 また、「サシミも鮨も日本で食べるのが最高だ」なんて言っている。店のアジョッシも聞いているのに。

案の定サシミは最初の2口ぐらいは旨かったが、すぐに飽きてしまった。 いらないと言うのにわざわざマグロも注文する。アジョッシが「いますごく高いよ」と答える。 「日本から来た弟が食べたがっているから、ちょっとだけ出して」なんて言っている。 ついでに、ついにホンオを食べさせられた。口の中がアンモニア臭でいっぱいになる。 臭いが残ったらイヤだなぁと思ったが、それは大丈夫だと言われた。「大丈夫だ」と日本語で言われたら信用してもいいが、 「ケンチャナァ」と言われるとなんだか疑ってしまう。(笑)

サシミ店を出て、ついにそこへ向かう。タクシーに乗ってひとっ走りで降りたところは、まだ松坡(ソンパ)のどこかだった。 ハングルをそのまま漢字で書くと団欒酒店(タンランジュジョm)となる。 「サロン」とか「カラオケ」とかいう呼び方もあるみたいだが、店のライターにはタンランジュジョmと書いてある。 店に入るとホールを通過(客が誰もいない!)して個室に通される。 カラオケボックスの広めの部屋という感じだ。2人のアガッシと1人のアジュmマが入って来た。 ヒョンのとなりにアジュmマが座り、つまりこの人がヒョンの知り合いのママ(韓国でなんと呼ぶんだろう?)だ。 自分の隣りにスレンダーな美女・・・と言ってあげたいが・・・いや、この際美女にしておこう。 ヒョンの友達の隣りにはまぁ普通の・・・いや、この際美女にしておこう。 ビールがどどどっと運ばれる。乾杯するなり隣りから擦り寄られる。名前を教えられたが覚えていない。 帰りに携帯電話の番号まで書いてくれたが、日本に帰るのにどうしろというんだろう。

日本の韓国クラブじゃ最初っからこんなことはしないのだが、ヒョン達に何を吹き込まれたか、 隣りのアガッシは自分の腕をとってアガッシの肩にかける。こういうのは自分の意志でやりたいもんだ。 韓国の男はアガッシが来るなり抱き寄せて肩を組むんだろうか?ヒョンの友達はすでに組んでいる。 「どうだ、きれいだろ?」とヒョンも友達も自分に言うが、「この程度できれい?ははは、ソニィの方がずっときれいだ」 なんてもちろん言わなかった。言わなかったがソニィを思い出して、電話をかけに行った。 このあと泥酔するのは必至だ。今日電話をかける最後のチャンスだ・・・が、やはり誰も出ない。

そして唄い始めた。自分はすでに「日本の弟」として紹介されているので、とくに最初の1曲は注目される。 日本のカラオケと違って、当然邪魔臭いカタカナルビなんか出ないし、意訳日本語も出ない。 だから自分がハングルを読んで唄っているのは明白なので、それがヒョン達には驚きなのである。 最後まで「ヤァイmマァ!(おいこの野郎って感じでしょうか?) イロンノレ オディソベウォッソ?(こんな唄どこで覚えた?)」と言い続けた。 座ってなんか唄わせてもらえない。アガッシと一緒に前に出る。そのうち唄わなくても前に出される。 バラード調の曲は必ずチークみたいになる。激しい曲は忙しく躍らされる。 絶対に日本ではやらない自分が、よくまぁごまかせたものだが、どうせみんな酔っているから気にしない。 酔っているから気にしないものがもうひとつあって、それが隣りのアガッシの器量である。 まぁこういう店での遊びだから、肩を組んだりチークを踊ったり、いろいろあるわけだが、 日本に帰ってそういう写真を見ると、自分はかなり酔っ払っていたのだと確認できる(笑)。

楽しい時間は短い。ヒョンの「ごくろうさん」の一言でアガッシは引き上げ、少し男同士で雑談したあと店を出た。 タクシーを捕まえて先に乗せてくれた。江南駅まではいい気分だったが、 モーテルに戻ってバタッと布団に倒れ込んでからが大変だった。明け方まで「うとうと」と「げーげー」の繰り返しである。 普段ビールだけでこういうことにはならないが、最初の焼酎が効いたようだ。もちろん体調が悪かったせいもある。 空元気には必ず揺り戻しがあるのだ。気持ち悪さと自己嫌悪と、後悔と自責の念でぼろぼろになりながら、 ソニィが道路に寝ている酔っ払いを見て吐き捨てるように言った言葉を思い出した。 それは確か、酒の飲み方の違いを話していたときだ。 「韓国人は突然怒り出すみたい。なんで怒っているのかわからない。本当に急に怒るじゃない。」と言うとソニィは、 「どうしてだかわかる?」自分はもちろんわからないから、歩きながらソニィの顔を見て答えを待った。 「バカだから!」その言い方がおかしくて、思わず吹き出した。酔っ払いが嫌いなんだなぁと思った。 「ほらそこにもバカがいるじゃない」あごで示す先には、学生風の男が歩道の端でひっくり返って寝ていた。

「バカだから・・・」モーテルの便器に向かってつぶやく。 「ごめんなぁ、オレもバカだ」言い終わらぬうちにまた込み上げて来る。いろんな人の顔が浮かぶ。 だらけた旅行の中でもっともバカそのものになった時間だった。夕方ジョンシク君に会うまでに回復するだろうか? 昼までにこのモーテルを引き上げて鐘閣に移動できるだろうか?あと1日半で帰国である。

旅行記6−4
旅行記6−6
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