日程変更

テクシー!

漢陽大から蚕室までの駅の数はたいしたことないが、乗った電車が聖水(ソンス)止まりで次がなかなか現れず、 思っていたより時間を食ってしまった。遅くなったがこれから帰る、 ということをヒョンに連絡しておこうと思って公衆電話を探し始めたところへ電車が来た。 蚕室に着いたのは12時頃だった。駅からヒョンに電話をかけたら、「なんだ、もっと早く帰って来いよ」 と言われたので詫びて、「タクシー捕まえて帰って来られるか?」と訊かれたから「大丈夫」と答えたが、 実は大丈夫ではなかった。

地上に出るとすごい雨になっていた。せっかく日本から持ってきた折り畳み傘はビルラに置いたままだった。 タクシーを捕まえなければならないが、さぁここからが大変である。 じっと立っているとずぶ濡れになってしまうから、雨宿りしたり車道に近づいたりの繰り返しである。 韓国人だって何台も乗車拒否にあっている。自分はとりあえず一服して腹を決めた。 決めても決めなくてもタクシーに乗らなければ帰れないのだが、 「行き先を叫んでなんとかタクシーのドアを開けてしまう強引さ」を出すには腹を決める必要があった。 昼間のタクシーの件で懲りたので、蚕室からタクシーに乗ってビルラの近くまで行く場合の、 便利な「行き先」というものをヒョンに聞いて手帳に書いておいた。昼間よく聞いておいたものだ。 ザーザー降りの雨の中で「ホスを越えて左折して・・」なんてことを、 細目に開けられた窓に向かって叫んでも無視されるだけだろう。

「パンgイードンg サゴリヨ!」大粒の雨の中、荷物を頭上に掲げて、すーっと寄ってくるタクシーに叫ぶ。 寄ってくるのはまだいい。車道の真ん中を加速しながら疾走して行くタクシーも多い。 黙って首を振ったり「知らないよ」と言ったり、拒否の仕方はいろいろあるが、 この雨の深夜に4〜5台のタクシーから続けてふられると、次第に声も荒くなる。 さっき腹を決めたと書いたが、そんな心構えなど不要だった。温和な犬でもからかい続けていたら噛みつくはずだ。 自分と同じ境遇の人より先に駆け寄って声を上げ、だめなら次を求めて少しずつ移動する。 雨は知らん顔で降り続く。そしてようやく自分の叫びを聞いて、 人のよさそうな(こんな時はそう見えるものだ)運転手が首を縦にふった。助手席に乗り込む。後部座席にも客が1人。 自分に続いて窓の向こうから「%$#&!」と叫んでいたが、運転手は黙って首を横にふり、走り出した。 行く先を確認されたので「ネェネェ」。そしてヒョンに教わった通り、「イェンナル ソンパシチョンアピョ」 と付け加えた。最初に叫んだのは道路の名称で、後から具体的な場所(昔の松坡支庁の前)を告げたのだ。 ずた袋を開けてソニィにもらった小さなぬいぐるみが、きちんと店のビニール袋に入っているのを確認する。 その他の荷物もとくに濡れていない。無我夢中で雨除けにかざしたこのズタ袋は、 去年の春に千ウォンで買ったものだがしっかりしていた。

やはりビルラの前までの誘導は諦めて、大通りでタクシーを降りると走り出した。 雨はやや小降りになったが、それでも「ザーザー降り」状態だ。道を間違えればそれだけよけいに濡れる。 昼間タクシーを降りた場所とちょっと違うようだった。だが見覚えがある(ような気がする)。 「ここだ!」と信じてある角を曲がったら、見覚えのある看板が見えて自分はやっと安心した。 そのままビルラまで走り続けて階段を登り、呼び鈴を押すとヒョンとテジュンが出てきた。 タクシーがなかなか捕まらない苦情をヒョンに言ってもしょうがないが、何か言わずにはいられなかった。 ヒョンはこの時間が一番大変だと言い、シャワーを浴びるように勧めてくれた。ジーパンが朝までに乾くといいが・・・。 どうしてこんな時間になってしまったかを一応説明する。ソニィとそんなに盛り上がっておいて、 電話番号も聞かないで次の約束もしなかったのかと、自分が予想した通りの反応を示すヒョンがおかしかった。 うっかり聞きそびれたけれど電話番号はヒョンが知っているし、明日からは自分がソウルにいないし、 と説明(言い訳?)すると、それ以上の(気持ちを問い詰めるような)詮索はしなかった。

ヒョンがパソコンを買った。小学生のユジョンのためが半分、自分も使ってみたいのが半分。 そしていつのまにやらメールアドレスまで取得しており、友達とメールのやりとりをしているようだ。 ニューコアに出かける前に自分のホームページにアクセスして韓国語ページを見せると、 奥さんと友達夫妻を呼び付けて4人で熱心に読んでいた。それほどの内容でもなく、間違いもあり、 不自然な言い回し(ある程度は修正済み)もあるはずだから、 自分はその場にいるのが恥かしくなって屋上でタバコを吸ったりしていた。

シャワーのあと、なんやかやと午前3時までインターネットのあれこれを教えた。 とくに文字化けせずに日本へハングルのメールを送る手順は念入りに説明したつもりだが、 その甲斐なく自分が帰国してから1通もメールをよこしてくれない(笑)。 テジュンには見せられないようなサイト(まぁ、その、そういうところ)を教え、 そこにアクセスした痕跡を消す手順を教え、さらに別なウインドウを開いておいて、 誰かが部屋に入ってくるとサッと隠せる術まで(なにやってんだか)教えた。 これはもっと身を乗り出して見てくれるかと思ったが、ヒョンは案外冷静だった。 ユジョンの学習塾替わりになるようなサイトを探すと言うので、 検索ページからあちらこちらに飛んでいたら明け方近くになってしまった。

漢江沿いの公園

起きると昼前だった。日曜日なのだが、木曜日から遊んでいる自分には実感が湧かない。 本当はソウルから出て、どこかで2泊ぐらいするはずだった。だから、ソニィに翌日の予定も聞かなかったし、 ヒョン達が今日どうするのかも確かめていなかった。なんだか体がだるい。 もたもたと準備しつつ昼ご飯を食べて、「映画でも見よう」と言われるままにビデオで、 ブルース・ウィリスとリチャード・ギアの「ジャッカル」を観た。 見終わる頃には、遠出は明日にしようという気になった。無理して行かねばならないところもない。 ハラボジとハルモニとユジョンが帰って来るし、どうも親戚の誰かが遊びに来る気配もあったので、 旅館は探さねばなるまい。「ここでもう一晩寝て行け」と言ってくれるのはわかっているが、 完全にのびのびできるのは旅館である。ハラボジに会うつもりでいたが、 帰りを待っていると深夜になってしまうので、とにかく夕方までにはここを出ようと決めた。

ヒョンがテジュンを連れて漢江沿いの公園へ行くというので、車に乗せてもらった。 駅前でおろしてもらおうと思いながらなんとなく公園まで行ってしまった。行くとヒョンの友達が集まっている。 昨日の友達を含めて5〜6人が、妻子連れで来ている。あ、こういうの苦手だなぁと思ったので、 テジュンを連れてすぐにサッカーを始めようとした。 が、ヒョンは真っ先に自分を「日本の弟だ」と言って紹介してしまう。「挨拶しろ」と。 自分は韓国語の中でこの「インサ ヘェ(挨拶しろ)」というのが嫌いだ。 誰かが誰かを紹介するときによく使われる言葉で、韓国人にとってはなんでもない決まり文句であって、 また自分以外の日本人でこの言葉が嫌いな人がいるのかどうかわからないが、自分は好きになれない。 誰かを紹介されたら、何も言われなくても挨拶ぐらいするものだ。 それをわざわざ「挨拶しろ」なんて、子供扱いされているみたいでイヤなのだ。 「しろ」と言われてからする挨拶なんて、心がこもっていない。

まぁそれでも「はじめまして」とか何とか言って、これまたお決まりと言ってもいいような質問 (その代表:「独身かい?」「仕事は?」今なら「日本は暑いかい?」)を浴びせられて、 最後は「やぁ、でも韓国語うまいねぇ」で終わる。男は皆一様にがっしり握手して冗談の1つも言ってくれるからいいが、 自分が苦痛なのは奥さん連中だ。昨日のように、ヒョンの友達の奥さん1人ならイヤではない。 これだけいると、まず積極的に自分に興味を示す人がいて、 次に自分に直接は話しかけないが、他の奥さんを介して話に加わる人がいて、そして自分の存在を完全に無視する人がいる。 この最後のタイプと打ち解けるのは時間がかかりそうなのだ。打ち解けなくとも構わないが、なんだか気になるのだ。 自分のことが嫌いなのか、日本人なら誰でも嫌いなのか・・・、実際はただの無口な人かも知れないのに、 被害妄想的発想であれこれ考えてしまうのだ。できたら一度に紹介されるのは2人ぐらいにしてほしい。

テジュンとゴムまりでサッカーをする。ここで自分はずっとテジュンのお守り役になるのだが、 それは少しもイヤではなかった。なんだかテジュンが妙になついてきて、昨日も今日もかわいくてしょうがない。 1年前にやたらに攻撃的だったテジュンも、1年経つとそれなりに成長したようだ。 同時に、自分の韓国語も1年前とは違う。違うと言ってもたいしたことはない。 幼稚園児のテジュンとしりとり遊びをして、決して勝てないのだから。

母性本能という言葉があるが、この場合は父性本能だろうか。手を引いたり抱き上げたり缶ジュースを交替で飲んだり、 すっかりテジュンのお父さん気分である。この公園は遊覧船が発着しており、レストランや娯楽設備があり、 ちらほらと清涼飲料や軽食の屋台が出ているが、そこでジュースを買うとき自分は「お父さん」として見られていた。 サッカーのまねごとをしていたときも、傍で見ていたアジュmマに「お父さん大変だわ」と言われた。 汗をかきながらゴムまりを追い、転んだテジュンの泥を払ってやったりしている姿をずっと見られていたのだ。 そのとき自分が思ったことが傑作だった。「こいつと遊ぶ楽しさは自分にしかわかるまい」・・・ ヒョンが知ったらどう思うだろう(笑)。

テジュンと遊んでいるうちに、ヒョンも友達もいなくなってしまった。 奥さん連中がテーブルを囲んで雑談していたので行方を聞くと、ビリヤードだそうだ。テジュンとそっちに向かう。 日本でビリヤードは、自分の学生時代にちょっと流行ったようだったが、いまはどうなのか知らない。 自分は変なところで意固地なので、当時ビリヤードは頑なに覚えようとしなかった。先取りできなければやらない、 皆に遅れて手を出すのが悔しい、というつまらない理由でやらなかったのだ。 韓国でのビリヤード人気を見ると、ヘタでもいいからちょっとでもやっておけばよかったと思う。 ビリヤードに興じるヒョン達をよそに、テジュンと川を眺めたり負け続けのしりとり遊びをしたりで時間をつぶしたが、 臨時お父さんもさすがに飽きて来てしまった。忘れていた体のだるさがぶり返す。 もうソウルから地方へ出向く気はなくなりかけていた。

ようやくビリヤードを切り上げたヒョンが「これからどうする?」と聞いて来た。 悪いと思ったが高速バスでどこかへ行くつもりだと、7〜8割の嘘を言って蚕室まで送ってもらった。 車中で「明日でも明後日でも、酒を飲みたくなったら電話しろ」と言うので、「この前みたいなところで?」と聞くと 「アガッシと飲むところか?いま金がないからダメだ」と言う。1人いくらなのかと聞いてみたら大した額ではない。 いや大した額なのだが、いろいろ世話してもらったことを考えれば安いと思ったまでだ。 また、ヒョンの親しい人の店だから一般の相場よりも安かった。 いきなり知らない店に飛び込んだらもっと高いだろう。日本人だけで行くと?そこまでは知らない。 「じゃ、ヒョンの分も僕が払うから行こう」ということで、2人のお父さんはテジュンが聞いているのに、 遊びに行く約束をしたのだった。

それでもまだ、高速バスでどこかへ行こうという考えを完全には捨てていなかった。 そのため江南にある第2の常宿(第1は鐘閣)であるモーテルに荷物を降ろした。やはり体調がよくない。 普段の「ガツガツとどこでも行ったれ」精神がない。このまま布団に入って眠りたい。 しかしそれじゃあまりにも怠惰な旅行だと思い直して、先日挫折したCD探しを始めた。 探すと言ってもこんなコンディションだから、真剣みに欠けていたと思う。 以前なら探すうちに別なものまで欲しくなってしまったが、いまはそんな気持ちはなくなっている。 「こういうものを探しているんですが」と、わざわざ店員に話しかけて「通じた!」なんて感動もなくなった。 目的を遂げるためには頑張って韓国語会話に挑むが、必要がなければこちらからは話しかけない。 ・・・こんな状態はつまり、疲れているんだと思う。 「明日は近場で観光をして、夜はヒョンと飲みに行って元気を出そう」と自分を納得させ、 適当に切り上げてキmチッチゲを食べると、モーテルに戻ってさっさと寝てしまった。

と言いたいが、こんなこと正直に書かなくてもいいのだが、部屋に入ってすぐに寝たわけではない。 昼間ビデオを見る前に、ヒョンにソニィの電話番号を聞いておいたのだ。 絶対に無理だとは思うが「もし明日、幼稚園休めるんだったらどこか連れて行ってくれる?」 という相談をしてみようと思いついた。それがダメなら晩飯でも、という感じでもいい。 ソニィに会いたくてたまらないのではない。もっとも会うのがイヤならわざわざ電話しないが。 先日の自分の態度はもしかすると、「オレは君が気に入らなかった」という受け取られ方をしていないか、 ということが突然心配になったのだ。家にも送らない、電話番号もポケベル番号も訊かない、 すぐ日本に帰るわけでもないのに次の約束をしない、これはちょっとまずいんじゃないか? そう考え始めると、自分がどうしようもなく気配りのない男に思えてくる。 明日は会えなくたって構わない。会うことが重要なんじゃなくて、「また会えますか?」と訊くことが重要なのだ。 なんならヒョンとの約束はキャンセルしてもよい、とまで考えて電話をかけたが、誰も電話に出ない。 何度も書けたが出ないので、ヒョンに電話番号が正しいかどうかを確かめようとしたが、 今度はそっちが誰も出ない。きっと総出でハラボジとハルモニを空港まで迎えに行っているのだ。 12時に近くなっても誰も電話に出ないので、ここでようやく諦めて眠ったのだった。

(・・・いや、確かこの夜、釜山のスーバクちゃんと電話で話している。モーテルの部屋から市外通話はできないので、 ポケベルに伝言して向こうから電話をかけてもらったのだ。それが「電話かけ」を諦めたあとで、 そして1時間ぐらい話したろうか。だから眠ったのはかなり遅い時間だったようだ。)

旅行記6−3
旅行記6−5
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