帰国

電話をかける

何度も起き上がってみて、こりゃあかんとわかった。完全な二日酔いだ。 シャワーを浴びても水を飲んでも胃薬を飲んでもダメ。昼過ぎまで横になっているしかなかった。 つまりここでもう1泊することになった。ぐらぐらする頭で、ガイドブックを調べる。 明日は高速バスターミナルから空港バスに乗ればいい、ターミナルまではタクシーで行ってしまえ。 KCAT?それはまた今度にしよう。帰路を確認するとまた眼をつぶってじっとしている。 ジョンシク君に電話をかけて予定を変えてもらおうか。それとも・・・

これで何度目かわからないが目が覚めてみると、かなり回復していた。胃薬が効いたようだ。 頭は重く喉も変だが、寝ていなくても大丈夫というところまで立ち直っていた。 そんなわけで昨日よりも遅くなった昼食は、テンジャンッチゲを食べた。 胃にズンときそうだったが、他に食べたいものがなかったのだ。江南をうろついているうちに自信がついてきた。 これならなんとか今夜、ジョンシク君に会えそうだ。

そのジョンシク君との約束も、ソニィと連絡がつけばどうにか調整する腹づもりだった。 そんなに会いたいのか?と自問してみてもよくわからない。 日本に帰るまでに意地でも連絡をとる、ただそれだけかも知れない。 もう1度会おうという意思表示を、ソニィがどんな風に解釈するのか、 それを又聞きしたハラボジやヒョンはどう感じるか、そんなことはまったく考えていなかった。 ただ電話をかける、ソニィが出る、今夜の都合を聞いてみる、そしてそのあとの具体的なプランはなにもなかった。 基本は先にも書いた通り、自分から電話が来たという事実を、ソニィに記憶してもらうことなのだ。 たとえソニィが「あんなヤツ、もうたくさん」という気持ちでいても、 1本の電話が来るのと来ないのとではまるで違う・・・と考えるということは、 やはり自分はソニィによく思われたいんだろうか? 正直、100点満点で30点のところを65点ぐらいまであげたい気持ちはあるが、 80点以上とれるような努力はするつもりがない。まぁ、先の事は誰にもわからないが。

電話に誰も出てくれないせいで、ソニィに「電話しておこう」が「電話しなければ」に変わった。 「電話したい」のとは紙一重だ。昨夜ヒョンにソニィのポケベル番号を訊いてみたが、知らなかった。 それどころか、ポケベルを持っているのかどうかすら知らないという。 自分は持っているに違いないと思っていた。 いかにも行動的な印象のソニィだから、ポケベルどころか携帯電話を持っているかも知れない。 それにしても、電話口に呼び出すだけでこんなに苦労するとは思わなかった。 電話をかけるたびにあの日、何も訊いておかなかったことを後悔する。 ヒョンによるとソニィの母親は店(食堂?)をやっており、 ソニィは仕事が終わるとそっちへ行っているのではないかということだ。 ポケベルの番号は調べてみると言っていたが、ヒョンは自分のいる場所の電話番号を知らないのだからあてにできない。 こっちが電話をかけてハルモニや奥さんが出たら、きっと昨夜のことを訊かれ、 自分はつい本当のことを言ってしまいそうなので危ない。現に去年もハルモニに追求されてしゃべってしまった前科がある(笑)。

本屋でまたよけいなものを買ってしまって、ズタ袋が重くなった。 このあと邪魔になるのでモーテルに置いて行こうと、歩き始めたら雨が降ってきた。大粒の雨がだんだん強くなる。 ついには走ってモーテルに飛び込んだ。暗い周囲がパッと明るくなったと同時に、 真上からすさまじく大きな雷鳴が轟いて、一層激しい雨になった。 雷まで韓国語か、と思うほど東京や埼玉とは違う音に聞こえ、まだ重い頭に響いた。小降りになったところで駅に向かった。

スンデ ボックm

ジョンシク君の待つ九老工団(クロゴンダン)には、20分遅れて着いた。 時間つぶしに立ち寄った駅からそこまで行く間に、乗換駅を間違えたからだ。 間違えたというより、間違った路線図を信じていたのだ。 地下鉄駅周辺でアジュmマが配っているサラ金(?)チラシの裏の、いい加減な路線図のせいだ。 日本に帰ったら、いままでに受け取ったチラシを集めて吟味して、間違っているものは捨ててしまおう・・・ たぶん面倒だからやらないと思うが。(事実、手も触れていない) 2人で新林(シルリム)に向かう。

ところがジョンシク君の友達はさらに10分以上遅れてきた。 地上に出て彼を待っている間に、宗教団体の座り込みのようなものが目の前で繰り広げられた。 10人程度の小規模なものだが、歩道に座り込むので通行の邪魔になる。 背中には「地獄に行ってはいけません」と書いてあり、揃いのTシャツにたすきをかけている。 おぼろだが、黄色と緑の記憶がある。ジョンシク君と自分はそのすぐ横に立っているから、 もしそんな色のTシャツなりポロシャツを着ていたら仲間だと思われただろう。 そのうちに地下道への階段付近に移動して(そこもすぐ近く)演説を始めた。 その冷やかしに何か言った通行人に食って掛かったりもしている。その一部始終を2人で黙って見ていたが、 「ヒョン、信じている宗教はありますか?」とジョンシク君が訊く。 「ない。オレは自分しか信じない。」と答えると笑っていたが、無宗教がやはり不思議なのかも知れない。 彼もクリスチャンのようだが、あまり熱心なタイプではないようだ。そこへようやく友達が現れた。

新林と言えばスンデなのだ。自分の知る限り日本人にはあまり人気のないスンデだが、自分はとくに好きでも嫌いでもない。 そのスンデが好きだと言う日本人女性を2人知っている。1人はそのまま食べるのが好きで釜山在住、 もう1人はスンデ クkが好きで東京在住、そしてなぜか2人とも野球観戦が好きなのだ。 今後、この件はいろいろと調べて行き、サンプル数が10人を越えたら公表したいと思う(100%嘘)。

前回も新林に来たが、知り合いに「スンデは食べた?」と訊かれ、 食べなかったというと「新林に何しに行ったの?」とまで言われた。 それでも別に食べたいとは思わなかったが、今日はジョンシク君にスンデ料理の店に案内された。 たぶん奢るつもりであろうが、今日という今日はそうはいかない。無理にでも自分が奢るのだと気合を入れて席についた。 料理はおおざっぱに言うと、ットッポッキにスンデが入ったようなもの、 またはタkカルビの鶏肉がスンデに替わったようなものだが、あくまでも自分の感じた印象なので過信してはいけない。 ポックmとは炒めもののことで、鉄板にスンデといろいろなもの(餅とか野菜とか豚肉とか) を乗せて唐辛子の粉をふって炒めながらつつく。 以前スンデをそのまま食べたが、それよりもこの炒めものの方が旨いと思った。 スンデのプルプルした感じがとてもよい。いままでスンデを「どうでもいいもの」として扱ってきて申し訳ない。

ジョンシク君は約束の「タンシニ クリウォジルッテ」のテープと、 映画ビデオのダビングらしきビデオテープを2本くれた。 自宅に戻って再生してみると、そのうち1本はなんと端から端までSES(韓国の3人組アイドル。日本にも進出。)だった。 それもいろいろな歌謡番組やバラエティ番組に、SESが出演するたびに録画したもので、同じ曲が延々と続くのだ(笑)。 自分はSESの大ファンだなんて言った覚えはないが・・・ このあと帰りがけには、自分が飲みながらついポロッと言ってしまった 「イ スンチョルのベストアルバムを買い忘れた」という言葉を覚えていて、 駅前のCD店に飛び込んでそれも買ってくれるのだった(涙)。

ビールを飲んでマッコルリを飲んで、自分はもう今朝の悶絶を忘れてしまっている。 完全に忘れたわけじゃなかったが、こんなにしてくれて今更体調がどうの、適正酒量がどうのと、 飲むのを控え過ぎるのは失礼というものだから、ある程度飲めるところまで回復していてよかった。 スポーツやら音楽やら彼らの専攻やら、自分の語学力ではその中でも最小限の雑談しかできないが、 そのうち、「SPEEDもSESもいいが、現実の彼女を探せ」という説教じみた話までしてしまってちょっと後悔している。 今朝までげーげーやってたヤツがなにを偉そうに、ソニィとまだ連絡もとれないくせに、まず自分の心配をするがいい・・・ もちろん彼らはそんなことは言わなかった。

それでもやはり昨日の今日だから多くは飲めず、スンデで満腹になったところで切り上げた。 サッとレジに向かうジョンシク君を、羽交い締めに近い形で押さえつけて、自分が勘定を払った(笑)。 「また会おう」と言いかけたが、ジョンシク君は翌朝自分を空港まで送って行くという。 どうせ空港まで暇だから嬉しかったが、どうも自分にとってこれは過保護ではないかとも思う。 が、彼の気持ちに従った。江南から地下鉄に乗って、新林のホームに9時。うん、わかった。

ついに電話が

もうこの時間しかない、と思って翌朝7時半にソニィに電話をかけた。読みはドンピシャリでソニィが電話を受けた。 どうしてもっと早く気がつかなかったのかと悔やんだが、自分がこんな時間に起きるのは帰国日の今日ぐらいなものだったのだ。 何度も電話したけれど、誰も電話に出なかったんだと伝え、えーと、それで何を話したかは秘密である(笑)。

最後まで

新林駅のホームで待ち合わせたジョンシク君は、すぐに自分のデーバッグを抱える。そのたびに申し訳ない。 しかし肩がスッと楽になる。結局あまり骨休めにならなかったため、来た時の体調が波を打った後で元に戻ったような状態だから、 本当に彼の親切が嬉しいし助かる。いまや彼は自分にとって、あのハラボジ級のインパクトで胸に焼き付いている。 彼が大学校を卒業してすんなり就職できることを願う。もちろん彼の友達も。

また、ヒョンにも早く働き口を見つけてほしい。もちろんヒョンの友達も。 もし食堂を再開するなら、今度こそ自分は金を払ってお客として(無理かな?)わずかながら貢献したい。 それに店までの詳しい地図をここに掲載したら、少しは宣伝になるかも知れない。 仕事をどうするのかと、自分は一切訊かなかったし、ヒョンも「失業者だ」とおどけるだけだったが、 ヒョンだって頭を痛めているはずだ。何もできない自分がもどかしい。

空いている地下鉄で空港に着く。 第1ターミナルは妙に混んでいた。団体さんの長い列のあとに並んで、ジョンシク君と話す。 出国審査ギリギリまで自分の韓国語を聞き取ろうと、あるいは彼の韓国語を聞き取らせようと努力してくれる。 男同士じゃドラマにならないが、しかし男同士には、よほどのことがなければ別れはない。 だらけ気味の今回の旅行は、男同士の握手で終わるのだった。


旅行記6・完

旅行記6−5
帰ろう