晋州在住のNさんから最初にメールをもらったのは1月の末だった。自分の旅行はいつでも 「どうしても行きたい土地」というものがないので、メールが何度か往復するうちに 「よし、ここに行ってしまおう」ということになった。 こんな形で初めての人に会うのは、年末のソウル集会を経験したので(日本で、となるとまだ抵抗があるが) 韓国でならあまり抵抗はなかった。ましてや今回は、初日に日本語のほとんどできない韓国人と同様の面会済みなのだから。
Nさんとのメールのやりとりがなかったら、今でも晋州という地名を知らなかっただろう。 そのNさんに自分のHPを紹介してくれたのがJCさんだったから、 自分を晋州に行かせたのはそもそもJCさんだったのだ。 JCさんと自分も会ったことはなかった。いくつかの掲示板で互いに”顔見知り”だったが、 それだけで以前からの知人に会う感覚で行けたのは、自分もやはりネットに慣れたのだろう。
晋州高速ターミナルで迎えてくれたのはその2人と、その日まで謎だった「在晋州日本人総連合会(仮称?)」 の3人目の代表Mさんだった。Mさんが自分のドラムバッグを担いでくれて、ちょっと金浦空港の光景を思い出した。 タクシーに乗って(ここで前述のセリフを言った)市の中心へ出て、食事と伝統茶をごちそうになった。 みな誠実な人達で、自分はときどき軽薄な駄弁をふるっては、ひそかに反省していた(笑)。
さて、寝場所はJCさんのアパートである。玄関が1つで3人分の個室があり、 JCさんとアメリカ人と自分がそれぞれ個室で寝る。このアメリカ人の名前が思い出せない。 が、自分の旅行記では端役なのでこのままアメリカ人と呼ぶ。 自分が使わせてもらった空き部屋にもかつて別のアメリカ人が暮らしていたそうだ。 詳細は知らないが、任期半ばで挫折したらしく、どこの国の人にとっても外国暮らしは楽ではないらしい。 ・・・ということをその夜に考えたわけではない。自分はただ幸運だったなぁと思っただけだった。 JCさんが用意してくれていた玄関の合鍵が不出来で、誠実なJCさんが困った顔をしたが、 なんとなくそのときの苦笑いが韓国暮らしそのもののような気がした(大袈裟な)。 シャワーを浴びて着替えてサッパリしたところへ、アメリカ人が帰宅した。挨拶をしてくれたが自分は「!」 またしても言葉が出て来ない。浮かぶのは韓国語ばかりであった。簡単な挨拶だったから聞き取れたのにしゃべれない。 英会話も少しやり直そうか、と寝る時にチラッと思ったが翌朝には忘れていた(笑)。
午後からはJCさんとNさんが市内の見所を案内してくれた。なんだか豊臣秀吉に関連したものが多かった。 もちろん日本の天下統一を果たした名将としての扱いではない。半島の侵略者としてのみ(たぶん)紹介される。 どっちにしろ自分は掘り下げて勉強するつもりはないし、日韓の歴史教育の違い等をここで云々するつもりもない。 というよりできない。ザッと歴史に目を通せばそれで済むと思っている。博物館に連れて行ってもらったが、 そのときは「ふんふん」と見て回って楽しんだものの、後で何も記憶に残っていない(JCさん、Nさん、ごめんなさい)のだ。 せっかくの史跡も博物館も、自分のような俗物に訪れられては気の毒である。 もっとも面白かったのは、ガイドに徹してこちらのペースに合わせて見て回るJC先生と、 興味を持った展示物の前でマイペースで粘っているN先生(笑)の対照的な姿だった。
晋州公園で日本語を話す我々を、男子高校生集団が注目していた。数人がよって来てはまた離れて行く。 そして川のすぐ手前で写真を撮っていると、意を決したように1人が進み出て、 日本語でのあいさつを記したメモ書き(内容は忘れてしまった)を読み上げて、 そして途中でつかえて友達に笑われて頭を掻いた。また別の高校生が「こんにちわ」程度の日本語を投げかけては集団の中へ消えて行く。 つまり日本人が珍しいのだった。自分も修学旅行などでアメリカ人(と、決めつけてしまうが、どこの国かはもちろん知らない) 旅行者に出くわすと、妙に興奮して片言のあいさつなどをぶつけてみた覚えがある。 しかし外見が同じ日本人を見て、韓国の高校生は面白いんだろうか? 「日本語、なんで知ってるんだ?」と聞くと「おおおおっ」とざわめいた。 まさか韓国語をしゃべるとは思わなかったのだろう。この類の痛快さにはそろそろ飽きてきたが、それでも自分は上機嫌だった。 その切り込み隊長を捕まえて、一緒に写真を撮って別れた。
晋州にもなかなかの市場があって、3人で話しながらうろうろした。 ここで韓国語を知らないとまるで面白くないような、自己完結型笑い話があった。 Nさんが額に並んだ小型のお面を探していて、「工芸品」とか「民芸品」とか、 そんな言葉を手がかりに自分もきょろきょろと探していた。いっそのことズバリ「面」と言った方が通じるかと思い、 何軒かの店先で聞いてみた。「面を探してるんですが・・」しかしこれがすんなりとわかってもらえない。 「面ですよ面!木で作った顔みたいなもの」「ああ、面?ないですよ」この会話を数カ所で繰り返すうちに自分は赤面した。 濃音の練習ばかりしていたために、頭の中では激音の「タ」でも口から出ていたのは濃音の「ッタ」であった。 各店先での自分の第一声は、「娘を探しています」だったようだ。迷子を捜しに来たと思われただろうか。
JC・N両先生は夜間の授業があり、自分はテホン君のバイクの後ろに乗ってホプ (洋風居酒屋というか小規模ビアホールというか、生ビールが飲めるので貴重なところ)に入った。 そこは彼の先輩が経営しているそうである。客は自分達の他にもう1組だけだった。 フライドチキンやアタリメをつまみながらピッチャーの生ビールを注ぎ合って、しばらく話し込んだ。 公共の場でやると険悪になってしまうような、ちょっときわどい話もしたのだが、 「こんなこと、日本人とはふつう話さないですよ」と笑いながら、誠実に受け答えをしてくれた。 ところで飲みながら話すと韓国語がスムーズに出るのはなぜだろう?それとも錯覚だろうか? よくわからないが、ビールのために外国語を大きな声で話す「照れ」が薄れるのだろう。 たぶん韓国語は大きな声で話すのが正解だと思う。韓国人の中で話すと自然と声が大きくもなるのだが(笑)。 こういうときの自分と、帰国して日常に戻ってしまった自分とでは語学力に大きな差がある。
テホン君は副業として、学生時代から続けている塾講師もしている。日本の学習塾が韓国で何というのか忘れてしまったが、 とにかくホプを出てそこへ連れて行ってもらうことにした。ホプの支払いは、たぶんまた奢られるんだろうと思っていたら、 やはり奢られた。奢られるより奢った方が気が楽だが、相手の思うようにしてもらう方がいい。 確かめたわけではないが、こういうときに「いやいやここはオレが」なんて無理に金を出しても喜んでくれはしないだろう。 ちょっと立場が違うが、ソウルのヒョンが決して自分に金を出させないのもその延長線上にあるように思う。 塾でしばらく時間をつぶして、JCさんの職場に送り届けてもらった。
簡単に言うとヘジャンクkに大きな骨(ッピョ)がデン!と入っている。 その骨に少し肉が付いていて、これにかぶりついて食いちぎってコッテリ系のスープを撒き散らしながら野蛮に平らげる。 スープはちょっと辛い程度で、よほど辛いものに弱い人でなければ「美味い」と感じるはずだ。 個人的にはもうちょっと辛くてもいい。ヘジャンクkと言えば牛の血の固まりなのだが、どうもそれは入っていなかったように思う。 夢中で食べたので詳細な記憶が飛んでしまった(笑)。こんなものを冷静に紹介するJCさんが不思議だった。 自分なら「さぁどうだ!さぁ食え!スープを1滴も残すな!」と興奮して急き立て、 客人が「まずい」なんて言おうものなら2度と口もきかないだろう。 これが晋州でしか食べられないものなら困ったことになるなぁ、と思ってアジュmマに訊ねると、 どこにでもあるメニューだそうだ。いったいこれまで自分は、目の前を何度素通りしてしまったことか・・・
そろそろ韓国料理のうまいもの、まずいもの、その辺が自分の中ではっきりしてきた。 なんでもうまいなんて、もう言わない。うまいものを発見したり教わったりするにつれて、 かつて「うまいと思い込んでいたもの」に疑問を抱くようになってきた。 たとえば冷麺(ネンミョン)。ビビンネンミョンは辛過ぎて苦手だし、ムルネンミョン(これがまぁ、いわゆる冷麺) だってどうもうまいとは思えない。あるいは自分が知らないだけで「ネンミョンのうまい店」というのが実はあって、 そこで食べれば自分の考えは変わるのかも知れないが、いまのところわざわざ好んでネンミョンなんか食べたくない。 自分の中では「まずいもの」に分類されている。 それより今回強く感じたのは、サシミのまずさだった。いや、まずくはないのだ。最初はうまいがすぐに飽きてしまい、 無理して食べているうちにまずく感じてしまうという意味だ。 その日、雨の中を1人で三千浦(サmチョンポ)まで行ってサシミを食べたが、 白身のサシミがズラリと出てきて半分も食べずにイヤになってしまった。自分の注文の仕方も店の選択も悪かったが、 すぐ側に漁船が並ぶようなところ(つまりネタが新鮮)で食べたのにすぐイヤになるというのは、つまり食べ方が合わないのだ。 コチュジャン、サンチュ、ゴマの葉、これはカルビのときは飽きないがサシミではすぐに飽きる。 日本の醤油とワサビで食べられたらなぁ、とも思うが、それでも白身だけではやはりすぐに飽きるだろう。 赤身もあってイカやホヤも並んでこそうまいのだ。白身の魚のてんこ盛りはもうたくさんだ。 釜山ではあえて魚以外の海産物を食べて、大変うまかった。
JCさんのところへ2人の女子学生が遊びに来た。そのうちの1人の目線にドギマギしてしまって、 2人が去った後で「いやぁ、すっごくきれいな子ですねぇ」と溜め息を吐きながらJCさんにそう言うと、 「そういうと思った」と言わんばかりにニヤリとした。そして淡々と「彼女は目を美容整形したんです」。 自分は作り物にドギマギしたのかと思うと再び意味の異なる溜め息を吐きつつ、一気に興醒めした。 別人になってしまうような厚化粧は許せて、どうして整形が許せないのか自分でもよくわからない。 わからないが、「あれは整形したんだよ」と言われるのと「あれは実は男だよ」と言われるのと、 自分にとっては同じようなものだ。大きなお世話で申し訳ないが。
単独行動は不発に終わり、フェー(サシミ)の看板を見るたびに胸を悪くしながら晋州へ戻った。 晋州最後の夜はJCさん、Nさん、Mさんとカルビを食べてカラオケ(ノレ ヨンスpジャン)で唄い、 アパートでJCさんとビールを飲んで(前夜もそうだった)寝た。なんだか1人でしゃべっていて申し訳なかった(笑)。 そろそろヒザに疲れが出て来たが、胃はなんともない。明日から釜山である。