バスはガラガラで、荷物は隣に置いていた。大きな荷物はバス側面の扉から床下に入れるものだが、 運転手はそこを開ける気配も見せず、乗客も勝手な席に荷物を置いて、 指定された座席番号とは無関係なところに座ってしまっていた。 これでは優等(1.5倍の料金でゆったり座れる高速バス)に乗っているようなものだ、 と思ったが自分はまだ優等に乗ったことはないのだった。
大邱には山田ル太ー先生が待っている。ソウルで年末に会って以来の再会となる。 高速ターミナルを出て市内バスの乗り場を見つけて、そこからル太ーさんに電話を入れて、「じゃ、バスに乗ります」 というところまでは順調だったが、降りる場所を間違えて、じゃなかった、 降りた場所から自分で勝手に大学まで歩いてしまったためにル太ーさんとすれ違い、なかなか会えなかった。 だいたいの見当をつけてずかずか入って電話をかけると、そこがル太ーさんのいる建物だった。
簡単なあいさつをして、外国人教員の部屋に案内された。ル太ーさんはソウルで会った時とはかなり感じが変わっていた。 韓国で、大邱で1人で生活してきた自信、どん底を抜け出した自信、そんなものがみなぎっていた。 自分が何度韓国へ旅行しても、決して感じることができない種類の自信。 これはここ韓国で暮らす日本人の誰からも感じられた。韓国語もいまは自分の方がしゃべれるが、 その気になって勉強されたら自分などあっというまに追い越されるに違いない。 それは、だから悔しいとか羨ましいとか、そんな気持ちではなく、ただ異国でたくましく生きる人達への拍手である。 なんてことは実はあとから考えたことであって、そのときはただ、ソウルで会った時と感じが違うと思っただけだった。
授業の準備をするル太ーさんに背を向け、その部屋のパソコンからメールを書いたり掲示板をのぞいたり、 学生アルバイトに話しかけたりして時間をつぶした。この学生アルバイトのヨニィ(ヨン・ヒィ)ちゃんが、 実は大邱の主役(ル太ーさん申し訳ない)である。雑談をしたあと自分がホームページを見せて、身辺雑記その他を見せた。 ル太ーさんと夕食を食べに行って帰ってくると、まだ画面を見ているので驚いた。「全部読みました。面白いです。」 あんな中途半端な韓国語を全部読んでくれた、それだけで感激だったが、そのあとル太ーさんが2コマの授業に行っている間、 ずっと韓国語のミスを指摘して直してくれた。そのときのメモの束がここにあるが、申し訳ないことにまだ(5/17現在) 本文を書き直していない。
ヨニィちゃんは日本語を勉強中だという。ル太ーさんがときどき教えているそうだが、 こんな子だけに教えるのなら日本語教師も悪くない・・・なんてそのときは軽率にそう思った。 すっぱい飴を食べさせられたり、濡れた手の水をはじいてかけられたり、ル太ーさんはいろいろとイタズラされているが、 そんなことを困ったように話すル太ー先生は実に楽しそうで、自分は何度か歯ぎしりする(笑)のだった。 自分の韓国語の添削が終わるとヨニィちゃんは、ル太ーさんの作ったイラストの並ぶプリントを差し出して、 それぞれを日本語で書いてほしいという。お安い御用だ。それはカタカナで表記する、 日本で日常的に用いられる外来語ばかりだった。自分は「バス」のところでうっかり韓国語風に「ボス」と言って笑われたが、 これは今でも2人で笑いのタネになっているそうである。こういう純真無垢な笑いを、 日本の韓国クラブのアガッシにつきつけてやりたい・・・これも後から思ったことだが。
「どうもどうも遅くまで放ったらかしですみません」なんてル太ーさんが言ってくれたが、 その地で暮らす人の日常を、遊びに行っている自分が短期とはいえ大きく変えてしまうのは心苦しいので、 要所だけ教えてくれたらあとは放ってらかしでも構わなかった、なんて回りくどいことは言わない。 ヨニィちゃんがいて楽しかったのだ。
夜10時にル太ーさんのアパート(日本のマンション)に帰る時、ヨニィちゃんがお土産をくれた。 紙粘土で作って色を塗った人形である。夕方「自分で作ったんです」と見せてくれたものだが、自分が 「明日はもう晋州に行く」というとその人形をくれた。気持ちは嬉しいが、さてどうやって持って帰ろうか。 部屋を見回して、ル太ーさんの机にあった菓子箱に新聞紙をまるめて一緒につめて、 以後の道中で移動するたびに開いて無事を確認しつつ、日本の自分の部屋まで持って帰った。 翌日、高速ターミナルへ向かう直前にギリギリで会うことができて、キティちゃんの小物入れを渡すことができた。 ル太ーさんに大邱市街を案内してもらう途中で買ったものだったが、包みを開けるなり「オンニィ!!」 と叫んで大騒ぎして先輩に見せに行ったときは、窓から出て行こうかと思うほど恥ずかしかった(笑)。 なお、キティちゃんの小物入れは、 ル太ーさんのアパートに泊めてもらうお礼に自分がおごった食事代よりも・・・
ル太ーさんの住まいは立派なアパートの10階。窓からは川が見えて、大邱の落ち着いた夜景が見えて、いい感じだった。 しかし数ヶ月前のどん底の頃のル太ーさんがこのベランダから、どんな思いで外を眺めていたのか、 そんなことも考えずにいられなかった。今ではしっかりと立ち上がったル太ーさんに、 ズバッとそんなことを聞いてみたが、ル太ーさんはただ笑っていた(嘘)。
翌朝、夕方の高速バスで晋州に向かうまで、大邱市街を2人でブラブラと歩いた。大邱でたぶん一番大きな本屋が開店し、 その最上階にはインターネットカフェがあるようだった。歩いているうちに、 これだけは買うのをやめようと決めていた2002年ワールドカップのTシャツが急に欲しくなって買ってしまった。 大きなディスカウントストアでル太ーさんが買物をするついでに、自分も扁桃腺が腫れた時の薬を買った。 何度も「抗生物質入ってますよね!」と念を押してアジュmマに笑われた。 薬のことを思い出したのは、ル太ーさんが「頭が痛い」と言ってフラリと薬局に入って水をもらって錠剤を飲んだからだった。 扁桃腺持ちの自分にとってその薬はどんなに高価でも手に入れたかったが、案外安かった。 いろんな意味で(笑)また来なければならない、と思いつつ晋州へ向かう。