ソウル2(蚕室)

地下鉄の中で、手ぶらではいけないなぁと思い直して、 蚕室(チャムシル)のロッテワールド付近でフルーツケーキを買った。 このあと今までは歩いていたのだが、どうも最近膝が痛いのでタクシーに乗った。 タクシーは何度も乗っているのに、ハラボジのビルラまでなぜ歩いていたかというと、 韓国語で誘導する自信がなかったからだ。「〜まで」なら簡単だが、 まわりにとくに目立つものもないところの一般の住宅へ向かうのは説明が難しい。

乗ったタクシーの運転手は、ハラボジと言ってもいいような年配のアジョッシだった。 この仕事を始めて間もないので、松坡(ソンパ)のどこそこと言われてもわかりませんという。 腰の低い話し方をする人だった。入国審査のハンコ押しよりずっと教養を感じた。 それはいいが自分はなんとか言わねばならない。もうビルラの前まで行くのは諦めた。 「まっすぐ行って川を越えてすぐ左に行ってください」・・・しかしアジョッシはわかってくれない。 「川」が通じないのかと思って何度か言い直したが、そのうちそれが川ではないことを思い出した。 「湖水(ホス)です!」と言ってやっとわかってくれた。「あれは川じゃないですよ」と温かく笑ってくれた。 そうそう、何度も歩いて通っていたのについ忘れていた。人工の湖だった。

「私の韓国語、聞きづらいですか?」と聞いてみた。「どちらからいらっしゃいましたか?」「日本です」 「いらしてどのくらいですか?」「いえ、旅行者です。昨日来ました。」ちょっと驚いてくれた。 そのあと、「わたしらが日本語を話しても同じこと、外国語は難しいです。」 というようなことをのんびりと話してくれた。いやいや、人間ができているなぁ、と思った。 湖水を渡って左折したところで変なことを言ってしまった。 「右に曲がれるところをどこでも曲がってください」と言ったつもりが、 「どこへでも行ってください」と聞こえたらしかった。これも笑いながら直してくれたが、 そのときの正答も誤答も忘れてしまった。そろそろ近いなというところで「ここから説明が難しいから降ります」 と言ってタクシーを降りた。アジョッシはまたちょっと笑って、大通りへ向かって走り去った。

ハラボジは留守だった。日中は麻雀に出かけていないのが常なのである。ヒョンの奥さんと子供2人だけだった。 テジュンは風邪で寝ていた。雑談をしている間にヒョンが戻り、ハルモニが戻り、 ユジョンの家庭教師がやってきて、急ににぎやかになった。自分は数日前に電話で「野球を見に行きたい」 と伝えておいたのでその話をすると、ゴソゴソと新聞を探し始めた。蚕室で試合があるかどうか、 あるならどのカードか、などを今から調べている。自分はそんなことはとっくに聞いて知っていたので教えてあげた。 「なんでそんなことを知っているのか」とヒョン夫妻は驚いたが、このぐらいで驚いてはいけない。 こっちには韓国プロ野球研究家の、あのLucy川村先生がついておるのだ(笑)。

自分が野球、野球、と言うのでヒョン夫妻が一緒に行ってくれることになった。 その前にここで食事をして行こうということになって、サmギョpサル(豚の3枚肉の焼き肉)の準備が始まった。 自分の持って行ったケーキはその間に食べ始め、自分も勧められて食べたが、1欠片で充分なので 「もういいです」と言ってテーブルから離れてテレビを見ていた。そこへユジョンの家庭教師が子供部屋から出てきた。 「先生もケーキ(「ッパン」と言っていた)どうぞ」とヒョンが言う。 自分が使っていた皿をしばらく見ているのでどうするのだろうと思っていると、 案の定その皿にケーキを切り分けて差し出した。そして何食わぬ顔で「ユジョンはよくできていますか?」 なんて聞いている。その女先生は他人の使った皿だと知ってか知らずか、平気で食べ始めた。 ちょっと大袈裟だが、それを見て「おお!韓国だ」と思った。

ヒョンはまだ失業中の身である。ヒョンがどこかへ掛けている電話の調子が、 友達との今夜の約束を自分のためにキャンセルしているように感じたので、「今日は何か約束があったの?」 と聞くと「失業者だから何の約束もない」と笑いながら答えた。 しかし自分が「失業者」という単語がわからずにいるとちょっとムッとして、 「失業者だ!失業がわからないのか?そんなに韓国語しゃべってるのに失業がわからんか!」と大声を出した。 奥さんが笑いながら「遊んでる人のこと」だと横から教えてくれて、 ようやく自分は「失」と「業」と「者」だと理解できた。うーむ。そんなことも知らないのか、 と言われるような基本語彙がまだまだ不足している。

テジュンがよろよろと起きてきた。「挨拶しなさい」とアッパに言われて、「アンニョンハセヨ」と弱々しく言った。 「このヒョンを覚えているか?○○さんだ。」とヒョンが聞くと、こっくりとうなずく。3月にヒョンと一緒に来日して、 自分が車で公園まで連れて行ったのを覚えていた。何度も会っているんだから、そう簡単に忘れてもらっちゃ困るが、 子供の記憶はいい加減である。「赤いティコ(韓国の軽自動車)に乗ったよ」・・・ミラージュは軽じゃない! ヒョンもそうじゃないんだと言って聞かせるが「だって小さい車だった」と、あくまでティコに乗ったつもりでいる。 去年の今ごろも夏も飛びついてきたが、今年は熱っぽい顔で元気がない。 こういう姿を見ると去年の記憶(旅行記1参照)も消えてなくなり、なかなかかわいらしい坊やだ。 野球を見にでかけると言うと本来なら「自分も行く」と言って暴れるはずだが、今回はおとなしくハルモニと留守番である。

サmギョpサルをたらふく食べて、いよいよOB対ヘッテの試合を見に出発する。タクシーで蚕室球場に着くと、 ヒョンはまず紙パックの焼酎とつまみを買った。場内は禁酒らしいが、出店が球場と微妙な距離で商売をしている。 そこで黒いビニール袋に入れてくれたが、市場でも雑貨屋でも黒ビニールの袋を使うところが多いので、 とくに隠すためのものではなさそうだ。ヒョンはそれを奥さんの持っているカバンに入れた。 自分が出すと言うのを全力で押し返し(笑)て、5千ウォン×3人分をヒョンが出した。 入場のところで自分だけ呼び止められて、ズタ袋を外から触診された。酒類が発見されると没収だそうだから危なかった。 ・・・別にどうしても飲みたかったわけじゃないが。

ヘッテの3塁側から入って、大きくバックスクリーンの裏を回ってOBの1塁側に座る。 ヒョンがさっそく応援に使う小道具を買う。バットの形をした風船が2本セットで千ウォン。これを両手に持って、 互いに平行に打ち合わせると「カン!」とか「テン!」とかいう音が出る。これがなんというものなのか、 ヒョンを含めて3人の韓国人に聞いたが、みな答えが違う(笑)。ここはやはりLucy川村先生に頼りたい。 「マッテ プンソン(棒風船)」というそうだ。自分はこれがすっかり気に入ってしまい、 2セット余分に買ってきてしまったが、自分の部屋で膨らませてカンカン鳴らしても面白くないので放ってある。

その日の試合そのものは凡試合で、しかも応援したOBベアーズは負けてしまったのだが、 スタンドが一体となった応援には興奮した。応援歌を歌うときも選手の名前を連呼する時も、 電光掲示板が頼りで、他の客とはあさっての方向を凝視することが多かったが、 確かに周りと一体化した。マッテ プンソンをカンカン鳴らしたり振り上げたり、ウェーブに参加したり、 忙しかったが非常に楽しい時間だった。もはや自分は、OBベアーズのファンである。

試合終了後、球場の周りでは大きなゴザがひかれて焼酎を飲む人がずいぶんいた。 ちょっと呑んで行きたそうなヒョンと別れて、 江南の旅館(書き忘れたが、新林から江南に移動した時点でいつものMOTELに部屋をとった) で寝た。明日から自分はロードに出るのである。二日酔いで韓国のバスに乗るのは怖かった(笑)。 明日まず向かう大邱についての知識を頭に入れようとガイドブックを広げたが、応援疲れですぐ眠ってしまった。

旅行記5−2
旅行記5−4
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