ジョンシク君という学生(大学校)から初めてメールが来たのは3月だった。自分のホームページはトホホ関係から たどるのが近道なのだが、かなり遠回りをしてみつけてくれたのだった。自分はいつのまにか彼の「ヒョン」 となっていた(笑)。何度もメールのやりとりがあって、自分が韓国に行くというと空港まで迎えに来てくれるという。 こっちは写真を送っておいたが、彼の容姿はまったくわからない。何か土産を買って行こうというと ZARDのCDとSPEEDのVIDEOをリクエストされた。なんのことかわからない人はそれでいい。 自分も詳しくはないので(笑)。ジョンシク君もCDをプレゼントしてくれるという。
自分が男の韓国人とのメールを歓迎するのはわけがある。そりゃもちろん女の子の方が楽しいだろうが、 男の文章はそのまま自分もマネできるのである。会話も同じ。男女間だけでなく、同性の友人は不可欠だ。 日本語がまったくできない(読むのは少しできるらしい)ジョンシク君は理想的だ。
さて、荷物を抱えて出たのはいいが、見つからない。顔を知らないのだから見つけてくれなければ こっちが探せるわけがない。まずアシアナのカウンターで帰りのリコンファームを済ませ、案内所で ホテル予約用の電話からポケベルに電話できないかと訊ねてイヤな顔をされ、公衆電話に向かう。 ジョンシク君のポケベルに電話をかけて自分の場所を録音しようとすると、まず彼のメッセージが 流れた。・・・わからん!!・・・2度聞いてかろうじて「タバコを吸うところ」というのを聞き取った。 自分の後ろに列ができ始めたので仕方なく電話を離れて、休憩所を探そうとキョロキョロすると、 急に3人の学生が目の前に現れた。「うぉる兄さんですか?」(本名を教えてあるのに!)
自分の荷物をサッと抱えて友達2人を紹介して、「行きましょう」となった。ついつい初対面は ていねいな言葉を使ってしまうのだが、すぐに注意された。目下の自分にはパンマルで話してくれという ことだ。メールでも最初にそう言われて、つねにぞんざいな韓国語でメールを書いて来たが、咄嗟に口を ついて出た言葉はていねいな言い方になってしまった。「そんな悪い言葉はダメ」と注意されたことは あるが、「そんなていねいに言わないで」と注意されたのは初めてだ。まぁでも、従った。
タクシーに乗る。ソウルの中心へ出るのならバスでいいじゃないかと思ったが、彼らに従う。 荷物をトランクに入れるとき、「トランクを開けてください」と運転手に言っていたが、このとき聞いた セリフが晋州で役に立った。晋州で3人の日本人とタクシーに乗ったとき、そのセリフを誰も知らなかったからだ。 (訂正:Nさんはご存知だったようです。するとたぶんJCさんも・・・失礼しました) 大きな学生が3人後部座席。小柄な自分が助手席。なんだかいっぱい気を遣ってくれる。 後ろからあれやこれやと話し掛けてくれるが、空港に着いてすぐの自分は韓国語がスムーズに出て来なくて 申し訳なかった。
どこだかわからないところでタクシーを降りた。なんでもソウル大の近くだというが、来たことがあるような ないような風景だった。2度も地名を聞いたがすぐ忘れてしまい、その夜旅館のアジュmマに訊ねてようやく 新林(シルリム)という駅の近くだとわかった。カルビ屋に入る。まず土産を交換する。「プレイボーイ」は 開けるや否や閉じてしまった(笑)が、喜んでくれたようだった。ハングルワープロだという、11枚の フロッピーを渡されたが、これはまだ(5/10現在)インストールできずにいる。ビールを飲んで自分の口も ようやく動き出し、なんとか会話にはなってきた。しかし3人とも日本の音楽やアニメに興味があるわりに 日本語はまるでできないのだった。自分にはその方が面白いが、ここに韓国語のまったくできない自分の友達 でもいたら、自分はかなり忙しいことになる。話はもっぱら音楽関係だった。お互いに相手の知識に驚いた。
自分のリクエストでノレバンへ。本当はまずビリヤードに誘われたのだが「やったことない」と 冷たく言い放ってしまった(笑)ので、ノレバンになった。「韓国人とノレバンに行ったら遠慮しないで リクエストしないと1曲も唄えない」なんて話を見聞きしていたが、お客さんの自分は常に「何にしますか?」 と気を遣ってもらって恐縮した。歌唱力はともかく、韓国語は話すより唄う方がうまいのでよくびっくりされるが このときもそうだった。「ムギヨ チャリッコラ」のときはジョンシク君がボソッとつぶやいた。「こんな唄まで・・・」
何から何までいい学生達だった。運動部でないのに日本の体育会的ノリがある。 タクシー、カルビ、ノレバンと、自分が財布を出すたびに押し返されてしまった。いいんだろうか? 旅館街も近く、泊まるところもすぐにみつかった。明日が試験だという3人をあまり引っ張っては いけないので、早めに旅館に入った。楽しい時間を過ごさせてくれたジョンシク君始め3人の学生に 礼を述べて握手をして別れた。ジョンシク君とは帰りにまた会うことになる。 このとき偶然にも自分はネットカフェ(そこはネットプラザという看板だった) を見つけた。わけあってどこかからメールを書かねばならなかったので、ホッとした。
泊まった旅館は、いうまでもなくMOTELである。2万5千ウォン。 余談だがガイドブックに韓国の旅館を「旅館」と「荘旅館」などと分類しているが、「荘旅館」という言葉は 本当にあるのだろうか?「○×荘旅館」という看板を出しているところを、日本流の造語で「荘旅館」としているだけでは ないだろうか?というのもそんな言葉を聞いたことがないのだ。自分の使っている辞書にも出ていない。 ただ、感覚的には「○×荘旅館」またはMOTELの、1ランク下の「旅館」があるのはわかる。 それでも”荘”なしの旅館でMOTELと書いてあるところもあって、正確なところは不明だ。
夜、自分の居場所がどうしても知りたくなって、旅館のアジュmマの控え室兼受付に行った。 自分が小さな地下鉄路線図を出して、ここがいったいどこなのかと笑いながら訊ねると、 部屋に招きいれられた。菓子を食べたり何か洗い物をしたり、4〜5人のアジュmマが中にいた。 まぁまぁ座れと言って、穴なしドーナツのような油っこい菓子を勧めてくれた。最初のアジュmマが 電灯の近くで地図をにらんでる間に、いろんなアジュmマが口々に話し掛けてくる。 気さくな人ばかりだったので、職業とか結婚してるのかとか、聞かれるままに答えていた。 何泊か続けて泊まったらもっと安くするからまたいらっしゃいと言う。そうしたいが、さてもう1度行って 新林の駅からその旅館にたどり着けるだろうか?(笑)
翌朝、ネットプラザへ入ってみた。予想通り日本語は読み書きできなかったが、ローマ字メールは送ることが できた。ロボット・メールはありがたいものだ(ひのみかりん、ありがとう)。ここはネットカフェとは ちょっと様子が異なり、自販機の缶コーヒーやカップラーメンが売られているだけで、聞くと24時間営業だという。 どんな人がそのメリットを活かすのだろう、と首を傾げてしまう。
ママのスナックで働く、商売っ気なしに韓国語会話の相手になってくれる”ヌナ”の友達が、新沙洞(シンサドン)の レストランで働いている。つい先日日本に遊びに来て、自分はヌナと友達をファミレスへ連れて行った。 ヌナが店から呼ばれて仕事にでかけたあと、2人でコーヒーを飲んで1時間ほど(よく会話が成立したもんだ) 話したことがあり、ソウルに来たらごちそうするから連絡してほしいと言われていた。娘が1人いるが「〜オンマ」 と呼ばれるのを嫌い、名前で呼んでくれと言われていた。ふっくらして完全に”お母さん”になっているが、 その昔はクラブ歌手だった。なるほど向かい合って、痩せたところを想像するとすごい美人だった。
ところが店に電話してもどこかへ出かけていないという。携帯電話はいくら鳴らしても出ない。 それで一旦、江南(カンナム)へ出てうちの会社のAさんと昼ご飯を食べた。韓国に来て2日目で日本ソバなんか 食べたくなかったが、Aさんがこの店を好むので仕方がない。そのあとT−ZONEで再びネットカフェに入った。 ここは秋葉原と同じなので勝手がわかっていた。日本語で読み書きしたいと言うと、親切な店員さんが1時間ほど いろいろダウンロードしたり設定を変えたりしてくれたが、結局ダメだった。
新沙の駅まで行って3度目の電話をかけたがヌナの友達は行方がわからず、ふとハラボジのところが気になって 電話をしてみるとヒョンの奥さんが出て「朝からどこも行かないで待ってるんだから早くおいで!」とまくしたてる。 これはいかんと、レストランは断念して切符を買って、出たばかりの改札をまたくぐった。