束草4

空港はどこだ!

ここからはその日の夜に記したメモに頼らねばならない。束草空港で、レンタカーの案内所に置いてある簡単な地図を1枚でも とっておけば、こんなことにはならなかったのだ。ヒヤヒヤしながら到着した帰りの空港で、「あいご!あいご!」とつぶやき ながら片っ端からとってきた地図(各レンタカー会社がサービスで置いているもの)がいまここにある。自分は空港が地図のど こにあるのかがわからないために、寒い中をハラハラしてイライラして過ごしたのだ。以下は、4度目の韓国旅行にしては恥ず かしいヘマである。サラッと帰って来たかのように書けばいいのだが、見せしめのためにここに残しておきたい。あまり「読ま れる意識」というものを持たないようにしているつもりだが、ここは他人に読まれて嘲笑されて、その悔しさをエネルギーに替 える所存だ。

まず自分の馬鹿げた道中を棚に上げて、グチを言っておく。空港というのはたぶんその地域で重要なポイントであって、どれだ け簡略化された地図であっても載っていておかしくないと思われる。それなのに成地文化社というところ発行の江原道全図には、 束草も隣の江陵も空港が載っていないのである。97年1月発行だから、当然載っていなければならない。束草空港のできた年 月日は知らないが、その地図に載らないほど新しいとは思えない。なにか利害関係の都合だろうか。鉄道も高速道路も載ってい るのに空港がないのである。

そして何かと世話になるガイドブックの地図にも、束草空港が出ていない。束草市街図の端に空港まで5.5kmと記してある だけだ。この距離が数100mなら文句は言わないが、この距離ならきちんと空港まで含めた地図を載せてもらいたい。自分が いま、空港までどのくらいの距離にいるのか、ということが今回のような場合につかめないからだ。

まず、束草のキム・ジヒョン(まだ言うか)は空港行きのバスの番号を知らなかったので、とりあえずバス停へ行ってみた。悪 いことに誰もいないので訊ねる相手がいない。時間にはかなり余裕があったので、自動販売機で熱い缶コーヒーを・・・やはり ここでも買えないのだ。冷たいものしかない。実はこの少し前に紙コップの自販機で「ウリチャ」を買って大失敗したので、ど うしてもその後味を消したかった。そこで「ポド(ぶどう)」ジュースを買うと大粒入りで飲みづらく、素直にコーヒーを買え ばよかったと悔やむ。もうこのあたりからいやな気配である。もっと大きな間違いをしでかしそうである。

バス停にようやくアジュマが現れて、さっそく空港へ行くバスを訊ねると「ヤンヤン行き」に乗ればいいという。アジュマは通 りかかっただけで、そのまま行ってしまった。それで、次に来たバスのフロントに「ヤンヤン」と書いてあったので乗車口で「 空港行きます?」と聞いたら運転手が「行かないよ」と素っ気無く答える。「?」という表情(たぶん)でタラップに掛けた足 を戻して、また誰か来るのを待った。道の反対側に訊ねる相手は何人もいるのに、自分の意固地癖が出て、あくまでバス停で訊 ねるつもりなのである。

中年の男女4人組が来た。1人を除いて地元の人ではないようで、自分が訊ねると3人が1人のアジョッシに返答を促した。ア ジョッシはすっぽり被ったフードの中から、「それなら1番だよ」と教えてくれ、やがて来た9番のバス(やたらにこのバスば かり来るのだ)に乗って4人とも行ってしまった。1番なんてめったに見ないバスのような気がしたが、何本かの9番を見送っ た後にやって来た。乗客はアジュマと2人。発進して間もなく、信号待ちで運転手が振り向いて、「アジュmマ オディガヨ?」 アジュマはなんとかかんとか答える。続いて自分に向かって同じように行く先を聞くから「空港です」と答えたら運転手とアジ ュマが揃って「空港は行かないよ」と言う。ちょっと動転しながら「じゃ、何番ですか」と聞くと「5番」と言う。慌てて次で 降りた。「ここで待ってれば来ます?」「来るよ」そしてまた何本も9番バスを見送って、ようやく5番に乗る。乗るときに 「オディヨ?」と聞かれて「空港」と答えるが、この「コンハン」が難しい。限りなく「コンハン」に近い「コンガン」で、「 ガン」をはっきり言って「コ」の口のすぼめ方があまいと「健康」になってしまって、相手はキョトンとする。いまになって「 ピヘンジャン(飛行場)」という通じ易い言葉を知ったのだが、そのときは相手がわからないといちいち「飛行機乗るんですけ ど」などと付け加えていた。

それでは「ヤンヤン」とか「1番」とか答えた人達は嘘をついたのか。そうではない。この5番のバスは飛行機の発着に会わせ て運行しているので、本数が少ないのだ。だからたぶん、その辺の事情をふまえて、そのバスで近くまで行ってあとは歩いた方 が早く着けるという親切心だったのだ。そうわかったのは空港でレンタカーコーナーの地図を見てからである。

やっと乗った5番のバスだが、しかし、いったい自分は何を考えていたのだろう。次のバス停で飛び降りてしまうのだ。もうこ の心理状態は説明不可能である。そのバス停には「空港まで700m」という意味の看板があった。5番に乗れてようやく一息 ついた直後にそれが視界に入って、比較的大きな荷物を持った親子が降りるのを見るとなぜか「降りなければ」という衝動に駆 られた。もうなんと馬鹿にされても弁解できない。降りてしまったのだ。さっき「空港」と言った自分が運転席のすぐ後ろの席 から急いで飛び降りたので、運転手は不思議そうに自分を見ながら発進した。その顔が、先を急ごうとして歩き出した(どこへ ?)自分からチラリと見えて、「待てよ」と思ったがもう遅い。先に降りた親子は逆方向へ歩いて行く。

自分は何を血迷ったか。たぶん、束草に着いたときに行ってしまったバスと、自分が乗ってきたバスが同じバスという確信が持 てなかったのだ。空港のすぐ前まで行くバスは実は何かの団体の貸し切りバスで、通常のバスは「空港入口」のようなところで (終点ではなく)客を降ろして行ってしまうように思ってしまった。まったく考え過ぎなのだ。もし大きな荷物の親子と「空港」 の看板のどちらかがなければ、空港そのものが見えもしないこんなところで降りはしなかっただろう。降りてからその看板も、 「700m先を右折したら空港方面」という意味ではないかと気づき、頭をかかえた。

そのバス停はこれまでのバス停と少しデザインが違っている。こういうのを見るとまた自分は深読みするのだった。もしかする と降車専用ではないのか・・・知らないというのは、同時に余計なことを知っているというのは、時に人を大混乱に陥れる。 このバス停が降車専用の可能性ともう1つ、同じ道を走っている番号違いのバスがその間すべてのバス停に止まらないかも知れ ないという恐ろしい可能性があった。そうなると違うバスで空港の近くまで行くこともできず、また違うバスを待つ客も来ない ので誰かに訊ねることもできないのである。自分はその前者をとりあえず打ち消すために歩き始めた。荷物が重い。それより寒い。

大事な記述が抜けていた。ハラボジと話した頃からすでに寒いのである。地元の人には暖かい (まさかとは思うが)かも知れないが、自分にはかなり寒い。タバコを吸ってみるがやはり寒 い(当然だがやってしまう愚行である)。しかし時間がそろそろ気になり出していたから急ぎ 足で、停留所1つ歩いた。すると!今度はバス停そのものがないのだ。道の反対側にバス停が あり、その向かいのこちら側ではいい加減な場所でバスの乗り降りが行われている。これでは 前のバス停と事情は変わっていない。もう1つ歩くか、とも思ったが歩いてるうちに5番が来 そうで動けない。まだこのときタクシーは頭にない。

ここでも9番ばかり来る。あれだけ余裕のあった時間がだんだん心許なくなる。何人かがタク シーを捕まえて乗って行くのを見ているうちに、「いよいよダメならタクシーがある」と考え るようになった。いろんな人が来ては9番に乗って行ってしまう。かなり長い時間、次第にじ りじりしながら自分はそこに立っていた。日も傾いてくる。そしてやっと来た5番バスの、フ ロントの番号を確認しようとよく見ているうちに、なんとたぶん最後のチャンスのそのバスは 行ってしまった。実際はもう1本来たかも知れなかったが、そんな賭けをするのはイヤだ。も う俄然あわててタクシーを探す。

ところがあれだけ通っていたタクシーが来ない。たまに来るタクシーは先客を乗せて、片側2 車線の内側を猛スピードで走って行く。韓国の相乗りはどうなったのか。手前の車線を走るタ クシーに何度か拒否されて「もう時間がなくなる!」と思い、バス停を50〜60m戻ったと ころの信号で止まっているタクシーめがけて走り、「空港」と言いながらドアを開けて乗って しまった。幸い拒否はされなかった。

乗ってすぐに愕然とした。すぐ先の信号を右折してズズッと進むともう空港なのである。馬鹿 面さげて寒さに震えているぐらいなら容易に歩ける距離だったのだ!2000ウォンを払いな がら「これなら次のバスでも間に合った」と後悔した。チェックインカウンターで手続きを済 ませて、それでもまだ15分ほど時間が余っていることにホッとして、なんとなくレンタカー 案内(この空港にはこれしかない)のパンフレットを見て、おかしいやら腹立たしいやら複雑 な気分になった。こんな無料の、ほとんどの人が素通りする紙片に、自分が今日欲しくてたま らなかったものが描かれている。貴重な地図だが「なんだ今更・・・」という気もする。しか し自分は4種類のパンフレットを1枚ずつ抜いて、スルメを入れた安物の袋に差し込んだ。

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