束草3

雪岳山(ソラkサン)の麓

あれだけ「もうたくさんだ!」と思ったサシミだったが、朝になったらまた食べたくなった。 中央市場の向こうにサシミ屋街があるのは昨日見て知っていたので、さっさと支度をしてモー テルを出た。支度をしながら雪岳山に行くことに決めた。夕方には空港へ行かねばならないか らゆっくり散策はできないが、ここまで来て雪岳山も眺めずに帰るのはよくない・・・などと 急に観光客根性が出てきた。出るときアジュマは布団から顔半分だけ出して寝ていた。キーを 窓口に置いて小声で「カrッケヨ」と言うと、起きていたらしく顔の下半分まで布団から出し て、「カセヨ〜」とアルト声を出した。

店が開いているだろうかと心配だった。漁師のために早朝はやってると思うが、自分が向かっ ているこの時間は遅い朝だからなぁ・・・と思っていたが開いていた。客はほとんどいない。 「フェードpパp」を食べてみることにした。「フェー」がサシミで、「パp」がご飯だから 日本人なら鉄火丼やネギトロ丼をイメージして、ご飯の上にサシミだろうと思ってしまうが、 自分はヒョンに作ってもらったことがあったので、フェー+ヤチェ(サンチュ等)+パp+コ チュジャンのかきまぜ(ピビンバpじゃないか!)には驚かなかった。それから、昨日感激し たモンギェ(ホヤ)を別に注文した。フェードpパpにモンギェが入っているかとアジュマに 聞いたら「ない」というからだが、入ってなくてよかった。モンギェは醤油で別に食べた方が うまい。モンギェはおかずというより酒の肴だから、連れがいたら焼酎も頼んだだろう。もち ろんキムチも、とくに塩辛風キムチがなかなかよかった。

アジュマにバスの番号を聞いて店を出る。アジュマで突然思い出したが、自分が韓国語を始め て間もない頃、ママのスナック常連のオヤジがずっと前に、「パブの厨房で働いてるおばさん のことをアジュマというんだぞ」と自分に教えたことがあった。ママの友達(某パブの厨房勤 務)が店で飲んでいるときにアジュマ、アジュマと呼んでいたが、このオッサンの間違いを誰 も教えなかった。ひょっとすると「アガッシ」も飲み屋のお姉さんとだけ思っているかもしれ ない(笑)。アジュマ、と自分は書いているが、発音するときはアジュmマである。

イカ釣り船が並んでいたので写真を撮る。これらが灯りを点して漁に出るところはさぞきれい だろうと思うが、それを見るにはかなり気合が要る。7番のバスはすぐにやって来た。

湖に沿ってぐるりと周る昨日のコース(実は昨日乗ったときは湖に沿って走っているとは知ら なかった)を戻って、雪岳山の麓まで来た。雪岳山というのはそれぞれに名前のついた山々の 総称のようである。だからそこが麓なのか中腹なのかはっきりしないが、とにかくバスの終点 である。本格的な登山装備の人、めかし込んだ人、予想よりも人は多かった。

もう本格的に寒い。まだまだこんなものではないのだろうけど、自分には充分に寒い。さっそ く入場券を買うのだが、珍しい光景を見てしまった。窓口に4,5人の列ができていて自分が その後に並ぶと、あとから来たカップルがそのまま窓口の横についた。並ばない韓国人という ものをよく見聞きするので、自分もこんな所に並んでいてはまずいのかな、と思ったところで そのカップルの女の子が「並ばなきゃダメでしょ!」と言って彼氏を引っ張って列の後ろにつ いたのである。新世代は頼もしいと思った瞬間である。

すぐにロープウエイ(ケイブルカーという)乗り場に行ったが、1時間20分待ちだと書いて あるのでやめた。たぶん時間が足りなくなってしまう。仕方なく歩いてしばらくうろうろした。 この時間が結局ロープウエイの待ち時間より長くなったが、じっと1人で何をしていろという のだ!(何に怒っているのか)そんなわけで絶景を眺めることはできなかった。

まず熊の像があった。入れ替わり立ち代わり記念撮影しているが、自分はもうその光景だけで 熊の像に興味を失った。連れ(♀)がいればサービス精神を発揮していたかも知れないが、誰 もが群がるものというのが自分は嫌いだ。上野動物園のパンダもそうだが、どうして皆他人が 見ているものを見たがるのだろう。あまり人気がなくて、かつ自分が見ていて飽きないのはフ クロウ(上野にいたかどうかは定かでない)だが、そんな話は今どうでもよい。

突然、大仏が現れた。よく説明を見なかったので写真に収めただけだが、なんだかその存在が 唐突なのである。日本ほどには残っていない仏教の貴重な文化財なのか、その近くにある建物 (寺?)もそうだが、あとからポンっと作ったものなのか、予備知識がないのでさっぱりわか らない。興味がないといえばないのだが、こんな歳になってただ見物しているのはちょっと教 養を疑われるような気がする。が、すぐに忘れた。やっぱり記念撮影の人が後を断たない。こ の人達はそれが大仏でなくてドラエモンでもキングギドラでも構わないに違いない。

ところどころぬかった道を歩き続けて、適当なところでやめた。今度は誰かを連れてこないと ヒマでしょうがない。雪岳山は連れがいて、もっと時間があって、予備知識があってこそ面白 いのだろう。ガイドブックを見たって数時間で見て回るところでないのは明らかだ。ここで人 と交わした会話は1つだけ。ちょっとした橋を渡ってなんとかいう滝の方へ向かうようになっ ている場所で、ちょっと離れたところから派手なアガッシが「滝にはどうやって行くんですか」 と聞くから「行ったことないからわかんないよ」と答えただけである。ちょっと気に入ったの は、寺(?)の門のところの色鮮やかな四天王であった。そのうち一番気に入ったものが何だ か陽気なこの方である。

デポのハラボジ

空港へ行くにはまだ早かった。しかし新たなスポット、たとえば洛山寺(ナkサンサ)を見て 回るのも駆け足でいやだった。そこでまたデポへ戻った。どうもあの雰囲気が気に入ってしま ったようだ。通りを往復する間に「アジョッシ ッサゲ ドゥリrッケヨ」が何度も聞こえる。 昨日「オッパァ!」と呼んだアガッシは店の奥で長電話をしていて、何度通っても店先に出て こなかった。(このために来たわけではないのだが)食欲がまったくなく、ただうろうろして いたが、ふとこの通りを抜けた向こうに行ってみたくなった。まず昨日写真を撮った束草のキ ム・ジヒョン(笑)に空港へのバスでの行き方を聞いて、この通りを抜けて行くと何があるの かと聞いたら、「何もないけど・・・海が見えますよ」と言うので、最後の写真を撮りにその 上り坂を進んだ。

少し崖のようになった下が騒がしいのでのぞくと、酔った4,5人のアジュマが岩場で唄いな がら踊っている。こういう風景は好きなので写真に残したかったが、フィルムが終わっていた。 このまま歩いても何もないとわかったのでまた引き返していると、さっきの通りの方から歩い てきたハラボジが何か言っている。この世代の人の韓国語はなぜかわかりにくく、さらにこの ハラボジは大きなマスクをしていて、その上たぶん方言もあるのでほとんど言ってることがわ からない。そうは言ってもところどころはわかるので、「どうしてもっと上のほうまで行って 見ないのか」ということを言っているのはわかった。自分が旅行者と見てとって、たぶんさっ き自分が写真を撮っているところを見たのだろう。どうせ時間は余っているのでついて行った。

歩きながらしきりと話し掛けてくれる。ほとんどわからないのだが、「昔はもっときれいな海 だったが道路ができて汚れた」ということのようだった。あまり曖昧な相づちを打ち続けるの も失礼だと思って、自分の正体を明らかにした。この場合助かったのは、こっちの韓国語はき ちんと聞き取ってくれたことだ。まず日本から来た日本人の旅行者で、韓国語がまだヘタなこ とを打ち明けた。日本から来た日本人とわざわざ言うのは、韓国の場合は「日本から来た」と 韓国語で言うと在日韓国人と思われるからだ。それでも構わないのだが、一応自分の国籍はき ちんと伝えたい。なぜだろう?時と場合によっては、たとえば南大門市場では日本人だと言い たくないのである。たぶん、個人的に親しくなる過程では「自分」をわかってもらいたくて国 籍をはっきりしたいのだろう。そして胡散臭いアジョッシ相手の買い物のような、「売り手A」 と「買い手B」という関係でそれ以上に発展しない場合は、自分の国籍などどうでもよく、む しろ経済大国日本を隠したくなるのだろう。

自分と親しいウリハラボジの例があるので、以前よりは警戒しないが、初めて来た土地の老人 に「日本人です」と言うときはちょっと緊張する。しかしそのハラボジはいっそう饒舌に話す のだった。悪態をついているのでないことは目を見ればわかる。とても優しい目で話し続ける。 しかし上述のようなわけでほとんど聞き取れない。聞きながら切なくなってきた。何だか好意 を持ってくれて自分にたくさん話してくれている。自分はそのところどころしかわからない。 自分が、自分の言いたいことだけはわりとスラスラと話すものだから、このハラボジは自分が 話を理解していると思って一生懸命に話し続けている。なんだか自分が人を騙しているような、 裏切っているような気持ちになる。

坂を登ったところで10分か15分か、冷たい風の中で立ち話は続いた。そのうちハラボジは 「オヌルン(今日は)サンジュウニチ」「ネイルン(明日は)サンジュイチンチ」と言った。 「クゥタウムン(その次は)イチガチュイチニチ」(チュイタチと言ったかもしれない)まで 言ってニコニコしている。何と言っていいのかわからない。趣味で覚えた日本語ではない。日 本によって詰め込まれた日本語だ。ふいにあの独立紀念館で見た写真が蘇った(旅行記3)。 自分は韓国その他のアジアの国に対して何でもかんでも下手に出て謝ればいいとは思わないが、 このとき口からでたのは「自分達のハラボジ達が悪いことをしました。申し訳ありません。」 それから、自分達の世代は絶対にそんなことはしませんということも言った。ハラボジはただ ニコニコして何か言ってくれたが、それはわからなかった。最後に「気をつけて行きなさい」 と、自分の右手を両手で握った。両手で握ってくれたのだ。もうなんだか、日本の過去と自分 の韓国語の能力不足と、紀念館の写真と、いろんなものが頭の中で錯綜して、どうしていいか わからず、自分も両手でハラボジの手を握り返して「もっと韓国語を勉強してまた来ます。ど うか元気でいてください」と言って別れた。

来た道を戻る自分を見ながら、ハラボジはすぐ前の建物に入ろうとしている。そこはハラボジ の自宅前だったのだ。またサシミ屋の通りを歩いてバス停に向かった。ハラボジの笑顔が不思 議だった。そういう結果は嬉しいのだが、なんだか、説明のできない複雑な感覚だった。

いかがわしい目的だけで韓国に来るヤツがいる。免税店だけ張り切るヤツがいる。彼らと自分 はしかし、同じ日本人なのだ。だから自分が韓国に何度も行っていると聞いて、うちの職場の 中には自分がそういう仲間だと思い込んでいる馬鹿もいる。そんな連中はこんな場面で何を思 うのだろうか。ハナからハラボジになど近づかないかも知れない。世間一般の韓国旅行者に対 するイメージと、自分の経験とのギャップはどうすれば埋められるのか。そんなことを考え始 めると、さっきの嬉しさも半分ぐらいになって、むしろイライラしてしまうのだった。

旅行記4−6
旅行記4−8
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