バスを降りると、すぐに海産物の店が並ぶ通りに入る。道の両側の店先からせり出して海産 物を並べているので車1台分と少しの幅になってしまう。陸側(写真の左)は比較的しっか りした建物の食堂と土産物屋で、海側(写真の右)は「海の家」のようなものが、それぞれ ぎっしり並んでいる。たいした長さの通りではないが、なかなかにぎやかである。写真の中 央の赤いジャンバーのアジョッシはいつのまにかVサインをしている。(笑)
がっしりした建物の水槽で魚やイカが泳いでいるかと思えば、地べたに御座を引いて座った ハルモニがなにやら干物を売っている。自分は「海の家」の方で食べてみようと物色した。 どこでも同じだろうと思ったが、だれも客がいないところより繁盛してるところの方がたぶ ん安いか早いかサービスがいいのだろう。味に差があるとは思えない。2回ぐらい往復して みて、なんとなくこのアジュマのところにした。よく動くので少しぶれてしまった。ザルに ヒラメとイカとホヤと、名前のわからないひかりもの(知ってる魚だと思う)が載っていて、 アジュマがここでサシミにする。1万5千ウォンだった。実際はサンチュとゴマの葉とニン ニクとコチュジャンとワサビのセットが5千ウォンで、計2万ウォンだった。
サシミは食べきれないほどあった。見た目には「1万5千ウォンでこの程度か」という感じ だが、食べてみるとすごい量だ。周りは2、3人に1ザルで、焼酎を飲みながらつまんでい る人もいる。サシミの味はまぁまぁだった。とくに韓国だからうまいということはない。新 鮮ならどこでもうまい。「うまい!」と書けないのは、日本の醤油とワサビで食べなかった からだ。カルビと違って、サンチュでくるんで食べるのはすぐ飽きてしまった。ちょっと甘 い醤油が一応あるので、ここにワサビを入れてもっぱらこれにつけて食べた。コップ酒でも あればいいが、焼酎1本飲むつもりはないので注文せず、ただ黙々と食べていた。
しかし、ホヤだけは絶賛する。うまい!と唸った。これも新鮮なら日本でもうまいはずだが、 自分の知っているホヤは東京・埼玉の居酒屋で出てくる変な臭いの変な味のものだけだった ので、韓国でやっと本当のホヤのうまさがわかったのだ。が、確かに見た目は「おいしそう」 ではなく、居酒屋のホヤほどではないがクセのある臭いと味なので、魚介類が苦手な人には 猫に小判である。
「海の家」を出ると、異様なアジョッシに出くわした。化粧をしてスカートを履いたごつい 男が屋台を引きながら音楽テープを売っている。そして時々屋台を道の端に停めて、曲に合 わせて踊り出す。仁寺洞の大道芸よりもさらに怪しい。このジャンルの音楽はなんとかいう のだが忘れてしまった。かなり近くまで寄ったが、買わなかった。
土産物屋では店先で客引きをしている。元気のいいアガッシ、アジュマが「見てってくださ い、安くしますよ」と、どこも同じセリフで声を掛ける。だいたい「アジョッシィ!」と呼 ばれて、自分は買うつもりもないので素通りしていると「オッパァ!」と呼ばれて思わず立 ち止まった(笑)。競争があれば、そこには商売上手も生まれる。韓国の飲食店の店員の無 愛想ぶりは、ちょっと誇張されて日本に伝わっている。食堂でも露天商でも、愛想よく接す る人だっているのだ。
しかしそこでは何も買わず、さらに道を進んだところにある店でスルメを買ってしまった。 今もそのスルメを食べながら書いているが、1万ウォンでかなり入っている。遠目に見ると かなりきれいなアガッシが店先で呼ぶので、写真を撮る許可を(ちょっと無理矢理)もらっ てスルメを買った。近くで見るとアガッシと呼ぶのはちょっと厳しい気もする。最初にパッ と見たときはキム・ジヒョンに見えたのだが・・・しかしこのサシミ屋街ではたぶん一番だ。
旅館を探さなければならない。サシミ屋街付近には「民泊」の看板が並んでおり、それも魅 力があったが、ちょっとサシミは当分食べたくないというほど食べたので、バスで移動する ことにした。民泊とは民宿のことだが、こんな時期に泊めてくれるのだろうか?もう何日か 滞在できたら泊まってみたかった。
少し地理が頭に入ったので、バスに任せてしばらく乗っていた。このときは路線番号など見 ずに乗っていたが、こんなほとんど1本道のところにいろんな番号のバスが走っている。座 席バスも高速バスも見かけるが、それはバス停が別だから間違えない。ソウルで敬遠してい た市内バスだが、番号によっては次々にやってくるし料金は安いし、気に入ってすぐに慣れ てしまった。乗るときに行く先を聞かれる場合とそうでない場合があるのは、終点が違うの だろう。バスの色が同じだから、会社は同じと思われる。
バスでさっきの雑貨屋の前を通った。この先はしばらく何もない。自分は旅館が多いところ で降りねばならないから、自分の隣に立っているアジュマに聞いてみると「中心」とか「中 央」とか答えたようだったが、あまりにドギマギされてこっちが逆に緊張してしまった。他 の人に聞き直すのもなんだか失礼なので、人がたくさん降りるところで自分も降りた。
そこは市外バスターミナルから少し離れた場所だった。降りたバス通りを忘れないようにし てしばらくぶらぶらと歩いて、モーテルに入った。窓口のアジュマは自分の韓国語がちょっ とおかしいことには気づいているようだが、とくに何も言わなかった。面倒くさそうにキー をよこして知らんフリしている。自分も「日本から」とか「旅行者」とか言わなかった。
日が沈んでくるとかなり寒い。が、負けずにほっつき歩く。束草の地図を探して本屋に入っ たが、束草の地図というのはなかった。ドライブ用の分厚いロードマップには出ていそうだ がそんなもの買っても重いだけである。韓国で言葉を交わした韓国人の中でもっとも愛想が 悪い、しかしちょっと美人の店員アジュマが江原道の地図しかないと言うので、それを買っ た。あとで広げて見たが、街歩きにはなんの役にも立たない。
サシミで胃がもたれている。歩き回っても腹が減らない。モーテルの近くに市場(中央市場) があって、その先がバス通りで、その道をさっき降りたバスが進む方向へ歩いて行くと小さ な市庁があって、ようやくガイドブックの地図上の自分の居場所がはっきりした。さらに進 んで左に曲がると市外バスターミナルがあった。自分がいつも泊まる旅館(○○荘タイプ) やモーテルのツーランクぐらい下の「旅人宿」が並んでいる。いずれ泊まってみるかも知れ ないが、泊まってみなくても充分、という気もする。そろそろ歩き疲れたのでUターンした。
バス通りに戻って、さっき曲った角に立ってみる。ずっと北へすすむと統一展望台の方へ行 ける。まったく予定外の幸運(・・・?)によって、あの北緯38度線まで来ている自分が 急に不思議な存在に思えた。世間は広いから自分のような人間も他にたくさんいるんだろう けれど、みんな自分のまわりには理解者がいないだろう。日本だ韓国だと限定せずに、どこ の国の人がどこの国へ1人で旅行しても、ふと「自分は何者だろうか」と考える瞬間がある ような気がする。観光のメインでない、何でもないところをうろついて、どこが面白いのか。 しかし、それこそが面白いのだ。韓国の田舎の何でもない人の意外な好意に触れられるかも 知れないのだ。もちろんはずれれば、ただ歩き疲れるだけの放浪者である。それでもいいで はないか。「いい経験をした」という経験談の裏には、その何倍ものむだ足があるのだ。
帰り道、日本のタバコの不買運動みたいな看板があった。行く道で気づかなかったが、こん なもの何になるんだろう?タバコを吸う人間にしかわからないが、自分の吸いなれたタバコ が最高なのだ。こんなものを読んですぐにタバコを替える人がいるものか!と頭の中で思い 切りバカにしてやった(笑)。
さっぱり食欲がなかったが、モーテルの近くでキmパpを売っているのを見たら急に食べた くなった。ついでにマンドゥ(小ぶりの中華饅頭と餃子を足して2で割ったようなもの)も 買って、缶コーヒー(やっぱりここでも冷たいもの)などを買い込んで部屋に戻った。さっ きとはガラッと態度が変わって愛想がよくなったアジュマが「何買ってきたの?」などと話 し掛ける。何かいいことがあったのだろうか。
しばらくして電話が鳴った。アジュマからだが、何だかさっぱりわからない。方言と言うよ りも、自分の知らない単語が並んでいるためのようだった。ニュアンスから何かが来ないか ら何かをどうにかするように、という感じだったので「わからないからそっちへ行きます」 と言うと、それには及ばないというようなことを言うので仕方なく苦しい問答を続けたが、 そのうち自分がある単語について聞き返したときに、その単語を別な言葉で言ってくれた。 「ッピッピ!」そうか、ポケベルか・・・それでほとんど理解できた。「持ってないですよ」 と答えたら「わかりましたぁ」と言って電話が切れた。つまり、連絡をするようにポケベル にメッセージを入れたのに電話が来ない、という連絡が外部からこのモーテルの宿泊客の誰 か宛てに来たのだろう。自分の部屋とどこかの部屋とを間違えたのだ。
そのモーテルは1階が沐浴湯(モギョkタン;銭湯)になっているためか、風呂の湯がよく 出た。のんびり浸かって少し生き返った。暗い寒い中を、繁華街からバスターミナルまで黙 って歩きまわったから気が滅入りかけていた。明日はどこを見ようか・・・これはいつも考 えても無駄で、結局翌日の出発間際に決まるのだ。