全州

湖南線

たった1度の独立紀念館往復で、高速バスというものが簡単に乗れることがわかった。実際、行動範囲が大きく 広がった。その日の朝、江南のモーテルを出るぎりぎりまで自分はどこへ行くか決めていなかったのも、少し余 裕を持っていた証拠だろう。
候補はいくつかあがっていたが、どこも面白そうで同時につまらなそうだった。それで全州をなぜ選んだのか、 自分でもよくわからない。たぶん、全州の高速バスターミナル周辺に旅館が多いとか、ビビンバpの本場である とか、その辺りではなかったか。日程の都合で1泊しかできそうもないので、片道の所用時間を絞ったら全州ぐ らいに落ち着いたのかも知れない。他人事みたいだが、本当によく憶えていないのだ。

タクシーで江南の高速ターミナルへ。全州行きのバスはたくさんあるので、ソルロンタンを食べたり缶コーヒー を飲んだりしていた。まぁ乗り場ぐらい確認しておこうと、また回ってみるのだが全州(チョンジュ)というハ ングルがみつからない。ガイドブックを見ると、確かに江南のターミナルで正しい。建物が別なのかと思い、携 帯電話をちょうど切ったばかりのアガッシが隣にいたので、「高速ターミナルはここだけですか?」と聞いた。 アガッシは「ここだけです」と、自分が今出てきた建物を指差す。「もう1つないですかねぇ?」「いえ、ここ だけですけど」・・・これですっかりわからなくなってしまった。隣接して南の方へ向かうバスのターミナルが あるはずだ。

もう1度うろうろしていると、ソルロンタンを食べた店の前で、店のアジュマと目が合ったから「チョンジュに 行きたいんですけど」。アジュマが教えてくれたのは独立紀念館へ行くときに利用した、一般高速バスの窓口だ った。「おかしい」。。。

別にたいして急いでいるわけでないから、また外に出て缶コーヒーを買ってタバコに火を点けた。全州へ行くバ スは光州へ行くバスと同じターミナルから出る。ということは、利用客の多い大きなターミナルだからそう簡単 になくなったり移転したりはしないはずだ。目の前にあるターミナルでは、そう言えば光州という表示を見掛け ない。さらに、カタカナで書くと「チョンジュ」となる場所が全州以外にあるとしたら・・・あの韓国人妻が空 港バスを乗り間違えたぐらいだから、さっきのアガッシも何か勘違いしているかも知れない・・・

自分はメモ帳を破いてボールペンで全州の漢字とハングルを書いて、タバコを投げ捨てて(申し訳ない)アジュ マのもとへ走った。自分の推理は当たった。最初から紙に書いて窓口で見せればよかったのだ。アジュマは顔を しかめて笑いながら(変な表現だがそういう感じだったのだ)「アーーーチョンジュゥゥ!」と言って自分の肩 を叩いた。「ここから外へ出て左へ200メートル!」なんと言うことだ。あの携帯電話女め。その前にタクシ ーの運転手め。いやその前に自分の発音が悪かった。

全州と清州。カタカナで書くといずれも「チョンジュ」だ。ハングルでは「チョン」が異なる。さらに、イント ネーションが全州は「ジュ」が強く、清州は「チョン」が強い。自分の言った「チョンジュ」は、「チョン」の 発音とイントネーションとの両面から、タクシーでも食堂でも清洲だと判断されたのだった。食堂のアジュマの 場合、ここのターミナルから乗るという潜入感があるからよけいだ。

ガクッと自信を失いながら200メートル歩くと、はたしてそこに、さっきのターミナルよりずっとにぎやかな 湖南線(ホナmソン)ターミナルがあった。あとは悲しいぐらい簡単だった。視力0.01でも見えるような大 きさで光州も全州も表示されている。タクシーで「ホナmソン」と言うべきだった。運ちゃんと自分のやりとり は、「コッソkトォミナリョ」「オディ カヌンデ?」「チョンジュヨ」「カンナm?」「イェーイェー」・・・ これはどう考えてもあっちで降ろされる。
(この部分は間違っていましたので、訂正しました。どうして釜山と間違えたかわかりません。ガイドブックで 見ると、釜山に匹敵するような都市は全州と同じターミナルに見当たらないのです。それで光州としておきます。 にぎやかだったのは、たまたまその日に何かの団体でもいたのだと思います。)

チケットは窓口で買うのだが、威勢のいいアジョッシが手前で仕切っていた。客から金を受け取っては窓口に向 かって「何分発の優等何枚」などと伝えている。優等バスなんか乗る気はないから釣り銭を良く見て、間違って いたら抗議しようと構えていたら、いやにたくさん釣りがきた。「???」と黙っているとアジョッシの方で気 がついて、「チャmカン!カマニイッソバ!」と言って自分の手から金を取り戻すと、別の客に渡していた。こ こで自分は「あれ、ちょっとまてよ」という意味の自問のセリフを憶えた。

全州市街

ターミナル裏手で旅館を決める。これもやはりモーテルである。この部屋は今までで最悪だった。壁が崩れてい るのだ。気がついたときは夜中だったので諦めて我慢したが、隣は学生の団体と思われ、かなりうるさかった。 しかし隣がうるさいということは、こっちもTVの音を大きくできるので、いい面もある・・・負け惜しみだが。

旅館を決めたらすぐタクシーで市街へ出る。「市庁舎」というのが通じなくて困った。何度も言い直してるうち に、「市庁?」と、やっとわかってくれた。「舎」がいけなかったのか。ガイドブックはこういう配慮が足りな い。ただ「市庁」と書いておいてくれればいいものを。
こういう短い単語が通じないとがっかりするが、実はその短い単語が向こうは聞き取りづらいのだ。立場を逆に 考えてみればわかる。日本語の下手な外国人に話し掛けられた場合、発音がまずくてもひとつの文章として話し てくれれば、間違った部分も想像して解釈できるのだ。単語を1つ言われると、意地悪な言い方をすれば、日本 語を話したのかどうかもわからないことがある。

かなり前に、東京駅から中央線に乗って、ドアのところで立って発車を待っていると、国はわからないが欧米人 と思われる兄ちゃんが「#$%&?」と自分に何度も聞くのだ。電車を指差しているから、その駅に行く電車か どうかを聞いているみたいだとわかったときには、近くにいた人が横から「Yes!」と答えてしまって、その 兄ちゃんは乗り込んできた。しばらく何が何だかわからなかったが、「オギクボ?」と言っていたのだった。日 本語でも英語でも言いから前後をつけて文にしてくれればわかったのである。「Yes!」と返事した人はちゃ んと聞き取って返事したのだろうか。

自分にしては珍しく、見所を押さえようという気になった。地図を見て適当に歩いて行くと、たいして迷わずに うろうろできた。ビビンバpの本場なのになぜかテジ(豚)カルビが食べたくなって、かろうじてみつけた店に 入った。「まずい!」といきなり結論を言ってしまう。アジュマが付きっきりで焼いてくれたのだが、肉の質が 悪いのだろうか、かなりまずい。しかしキムチと一緒に放り込んで全部食べた。トトリムkよりはうまかった。

歩いて行けるところはすぐにほとんど見てしまったので、市庁裏手へ回る。ガクンと人通りが絶える。大きな道 を渡って1本奥の道を歩く。夕方少し前のその道はいやに静かである。その道から狭い路地の入り口が見える。 注意書きのようなものがあって、そこには「未成年者出入り禁止」と書いてある。「ははん、ここか」と思った。 ガイドブックに、旅館を探す際の注意として、「市庁裏手の旅人宿はほとんどが売春宿なので注意」と書いてあ った。ちょっと好奇心で見に来たのだ。時間が悪い(いや、よかったのか)のか、人は見えない。しかし、ここ のバラックのような並びは、かなり酔っ払っていても入ろうとは思わないだろう。病気の覚悟がいる。パトカー が横を通りすぎて行く。

売春というものを、自分はとくに非難するつもりはない。誘拐されて薬打たれて無理に・・・というのでなくて、 売る側と買う側が納得していればいいではないかと思ってしまう。自分は買わない。まず、自分はそういうとき には自分なりのベストを尽くすので、くたくたになって金を払うというのが納得できない。次に、日本人には日 本人価格というのがあって、韓国のスケベ親父よりも高い金を取られるらしいのだ。それなら絶対に買わない。 まぁ、この気持ちが永遠に続くかどうかはわからないのだが、いずれにしても全州のこの一画は、ただでいいと 言われても断るだろう。

その後、たぶん一番にぎやかな辺りをうろうろして、タクシーに乗った。思うに、ソウルで初めて乗ったタクシ ーの運ちゃんはかなり話好きのいい人だった。その後乗ったタクシーでは、みな黙りこくっている。このときの 運ちゃんもそうだったのだが、ところが急に何か吐き捨てるようにつぶやいた。外を見ると、道の真ん中に車が 止まっており、その横に自転車が倒れ、アジョッシが倒れている。「え?え?」と思う間に過ぎてしまった。 ほとんど減速しないで通過したのだから一瞬だった。そしてスピードが緩くなったと思ったら相乗りである。乗 ってきたアジュマは「そのぐらい歩け!」というような距離で降りて行った。途中何度か声を掛ける客に近づい ては首を振るのを繰り返し、高速ターミナルに帰ってきた。

旅館にて

ターミナルで缶コーヒーやらジュースやらを買い込んで旅館に戻る。くどいようだがモーテルである。日本でモ ーテルというと、つまりそういうところなのだが、韓国では必ずしもそういう場所という意味ではないようであ る。スナックでのママの娘の口振りからも、自分の感覚とは違うものを感じていた。宿帳を持って部屋までアジ ュマが入ってくるのを見てもわかる。ここのアジュマは物事に動揺しない人であった。自分が片言韓国語の使い 手だとわかっても平気な顔をして、自分のペースでしゃべって2万ウォン(だったと思う)を請求し、自分がア ジュマの言葉を理解しようがすまいが、勝手に納得して出ていった。いいように解釈すると、自分の韓国語をち ょっと高めに評価して、自分がアジュマの言葉を全部わかっていると思っている。悪く解釈すると、どうせ韓国 語があまり通じないのだから、金だけ確実に確保してあとは知らんという考えだ。

自分はいずれにしても安心した。漠然とソウルよりもここの方が反日感情が強いのだろうと思っていたからだ。 最初に韓国に来たときから比べたら、その類の警戒はかなり薄れているのだが、完全に消えたわけではない。ソ ウルよりずっと素朴で親切な人もいるだろう。しかしずっと過激に日本人を嫌う人もいるのではないかと。
だからここのアジュマの淡白な応対は物足りなさも感じたが、安堵感もあったのだ。宿帳に国民番号(?)を書 けと言われたときは笑ってしまった。「日本にそんなものはないです」というとちょっと驚いて「それじゃパス ポートの番号」と言った。日本人はめったに来ないのだと思った。

朝早くターミナルへ行って、ソウルへ戻った。ハラボジのビルラへまだ挨拶に行っていなかったから、全州に長 くはいられない。帰りのバスはなぜか団体客の真ん中に座ることになってしまい、どうも自分が周りのやりとり の邪魔になっているようで、隣のアジョッシに「替わって差し上げましょうか?」(韓国語の直訳)というと、 「そうしよう」と答えて交代した。日本人だったらいくら相手が歳若でも「あ、すみません」ぐらい言うのだが、 この韓国アジョッシは「クロッケハpシダ」(クロpシダだったかも)である。その代わり飴をもらった。

高速バスの休憩所では行きも帰りも「トースト」を食べた。どうしてこんなにうまいのかわからないが、自分は すっかり病み付きになっている。休憩所ではガイドブックの注意に従って、バスの会社名とナンバーと全州を出 発した時刻(フロントガラスに貼ってある)をよく憶えた。何台も休憩していて、たしかに要注意だ。自分はさ らに運転手の顔まで憶えるようにした。こういうのは慣れてからが危ないから、そのうち乗り間違う日が来るか もしれない。それならそれで、旅行記が面白くなるからいい。

ソウルに着くと地下鉄で鐘閣へ行って、あの夏の旅館へ向かった。全州は、楽しかったのだろうか?わからない。

旅行記3−3
旅行記3−5
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