ノースウエストで韓国へ行くと、1日損をする。成田を夕方出発して金浦を朝出るから、丸1日損をするのだ。 しかもグアム経由の件もあったから、あっという間に帰らなければならない。これから3回はほぼ無料だから贅 沢は言えないのだが、もう少し何とかならないんだろうか。
全州から戻ると、そのまま地下鉄で鐘閣へ向かった。そして夏に泊まった旅館へ行く。アジュマは自分を憶えて いてくれて、韓国語がうまくなったと言ってくれた。お世辞はわかっているが、自分は素直に喜ぶことにしてい る。好意で言ってくれてるのに、わざわざ自分の発音や語彙の不足を例にあげて、「ほら自分はまだまだでしょ う」なんて証明するのは野暮な気がしている。ただ「ありがとう」と言えばいいのである。
ハラボジに会ってないので、荷物を置くとすぐまた地下鉄で蚕室へ向かう。蚕室はロッテワールドがあって、ハ ラボジとそこの民族館に入りかけたことがあった。その時は所用時間の長さと料金の高さでやめたのだったが、 今回もまったくその方面には足は向かず、ただ地下街をうろついた。旅行記1で触れていないが、この地下街で も自分はかなりの時間を費やしたのだ。最初に来たとき、ポロシャツを買った店のアガッシに「韓国のアガッシ はどうしてそんなにきれいなの?」と聞いたことがある。「きれいじゃないですよぉ」と言ってそのアガッシは その時はにかんでいた。我ながらアホなことを言ったものだ。その日はハラボジの家に買って行くフルーツケー キを探して歩くついでに、その店のアガッシを探してみたのだが、見当たらなかった。ロッテワールドの入口付 近やデパートの中は日本人を見掛けるが、この地下街ではあまり日本語を聞かない。自分が気づいていないだけ かも知れないが、この辺りはロッテワールドのすぐそばにも関わらず、韓国人ばかりである。日本語を使う店員 もいまのところ知らない。たぶんロッテのデパートで買うより安いと思う。
ケーキを持って公衆電話を探すが、どれも並んでいる。ハラボジのビルラに向かって歩いて、途中に空いている 電話ボックスを見つけて電話したが、誰も出ない。テジュンの運動会の帰りに家族で何か食べに行っているのか も知れない。そのまま歩いて懐かしい並びを眺めて、ビルラに着いた。タクシーで来ればよかったのだが、道順 を説明する自信がなかったのと、その道を歩きたいという気持ちから、てくてくとまた歩いて来てしまった。
呼び鈴を押すが、やはり誰もいない。時間は午後3時半。自分はそのあと仁寺洞をブラブラしたかったので、ケ ーキの上にメモを置いて引き返した。先日日本で会っているから切実に会いたいというほどではなかった。また 来るのだし。駅への道でばったり一行に会うかと思ったが、そこまでドラマ仕立てにはならなかった。ハラボジ と独立紀念館の話をするのは次回におあずけである。
鐘閣駅を出て最後の散歩をする。仁寺洞のついでにタプコル公園をチラッと見てMusic Landをのぞい
て、なぜか警官が並ぶ前を通ってママさんハウスの方をこれもチラリと眺めて、また仁寺洞に戻った。なにか土
産を探そうと思いながら歩くが、自分にとって相変わらず欲しいものはなく、安くて面白いものもない。ここを
ただ歩くのは好きだが、買い物となると急にうんざりしてしまう。
激安の音楽テープが売られていた。韓国歌謡の新作が並べられていたので、2本買った。安いが歌詞カードがな
いので、ちゃんと覚えて唄いたい場合は歌集も必要になる。たまたまいいのに当たっただけかも知れないが、聞
くに耐えない粗悪品ではなかった。このテープを買い込んで職場の土産にしようかと思ったが、それらを喜んで
聞いてくれるような連中ではないのでやめた。その辺を考えているとイライラしてきて、思いっきり安物で済ま
せてやろうと決めた。自分で勝手に悪い方に考えて自ら気分を悪くするのは、よくない癖だと思う。
安くて軽くてちょっと面白いものといえば、骨董品風土産物屋よりは露天商に多く見られる。きちんと仁寺洞ら しい店で韓国らしいものを買って帰って、それが粗末に扱われるのはたまらないので、なるべく国籍不明の怪し げなものを選びたかった。ここがちょっと複雑な心境なのである。自分の自尊心のためか、韓国の伝統工芸の名 誉のためか、「どこから見ても韓国!」というものはうかつに土産として渡したくないのである。
最初から気になっていたのは、1人で蹴まりのようなことをしているハラボジである。ポンポンと蹴っているの
はまりではなく、てるてる坊主のようなもので、頭の部分に錘が入っており、スカート部分に適当に切れ目が入
っていて、スプレーでひと吹きした程度の赤や青い色が着いている。あれはなんというのだろう?後日、それは
韓国の伝統的な遊びだと教わったのだが、名前が思い出せない。自分はてっきり、サッカーのワールドカップで
盛り上がっているときだから、それを狙った刹那的パフォーマンスだと思っていた。茶色く日焼けして、民族衣
装を着て黒い帽子を被ったハラボジが、その逆さてるてる坊主の実演販売をやっているのである。となりに看板
が立ててあり、健康のためによいとかなんとか書いてある。さらにハラボジはそのポンポン蹴りを700回続け
られる・・・気に入った!この突拍子もない数字が、いかにも安物のてるてる坊主が、そのハラボジの胡散臭さ
が、とにかく気に入った。
偏平な逆てるてる坊主を「チェギ」、その遊びが「チェギ チャギ」だそうです。
本間加奈さんに教えて頂きました。
タプコル公園でヒマをつぶしているハラボジよりずっと偉いと思った。韓国ではどうか知らないが、年老いても 働くということは自分には尊い美徳に思える。その700回のハラボジは、5回ぐらい蹴るとボトリと地面に落 としてしまうのだが、誰も「700回やってみて」とは突っ込まない。通行人が捕まってはその遊びをやらされ る。旅行者が、学生が、カップルが、親子連れが、2,3回蹴っては買わずに行ってしまう。自分も看板を見て いるうちにハラボジに腕を捕まれて「足がしっかりしてるからやってみろ」と言われたが、そんなことをするよ りも、早くきれいなのを選ばなければならない。通行人が集まって来て、勝手に蹴っては無造作に戻して行くの で大半は汚れてしまっている。「新しいのはないんですかぁ」とハラボジに訴えるのだが、比較的きれいなのを つまんで「これなら大丈夫だ」と言うだけである。並べてあるだけしかないようなので、1個500ウォンのそ れを8個買った。その逆さてるてる坊主は、職場の何人かによって少し蹴られたあと、現在その机の上でぐった りしている。自分はそれらをたまに眺めてニヤニヤしているが、パッと見ると紙屑にしか見えない(笑)。年末 の大掃除をなんとか生き延びてほしい。
旅館に戻るとハラボジに電話を掛けた。もう眠ってしまっていたので、ヒョンに挨拶だけした。全州へ行ってき たと言うと「遠くまで行ったんだなぁ」と言うが、韓国の中だから遠いのか近いのか自分はよくわからなかった。 映りがいまひとつのテレビを遅くまで見て、シャワーを浴びて寝た。なんだか来たと思ったらもう帰る。
早朝なのでアジュマ達の姿が見えず、「アニィゲセヨォ」と小声で言ってバス停へ向かう。空港の売店でついつ い「セゲェルr カンダ」の「イルボン」を買ってしまった。これは「地球の歩き方」にそっくりなガイドブック で、前から気になってはいたが買わずにいたものだ。レストラン(?)でウドンを食べて免税店でハングル入り KENT1を買うと、することがなくなってしまった。江南の会社に電話して今回は寄らずに帰ることを告げて、 搭乗を待つ。「座席が何番から何番までの方から搭乗」と、韓国語と英語でアナウンスがある。免税店の袋を山 のように持ったオバサンが「いまなんていったんですか?」と、日本語で聞いて回る。「うわー」と思ったが、 同時に「たくましい」と感心もした。このタイプの人が外国語を勉強すると、頭のできにもよるが、平均的日本 人の1.5倍は上達が早いだろうなと思いながら、搭乗する。
機内食を食べ終わって(機内食なんか決して楽しみではないが)、もうこの先は何も面白いことはないと諦めて いると、となりの自分と同じ年恰好の客が新聞を見せてほしいと言ってきた。「韓国語を勉強してるので持って 帰りたいんですよ」と答えると「韓国人だと思ってました」と笑って、「見終わったら返します」と言うので渡 した。入国の直前まで彼と話していた。なんでも週に1度来日して、会社で何かを教えているという。何を教え る人なのかよくわからなかった。日本語を教えてるなら日本語を使ってもよさそうなものだし、だいたい韓国か ら韓国人が日本語を教えに来るのもおかしい。韓国語の教師なら日本にもいる。いや、語学であれ技術であれ、 韓国から来て教えなければならないのは何だったのだろう?
また日常に戻ってしまう。近所にも都心にも韓国人はたくさんいるのに、なかなか知り合えない。週に1度は韓 国語を使っていたいのに、自分のまわりは当たり前だが日本人ばかりだ。 学校は高い。飲み屋も高い。欲求不満の日常がまた始まる。