ヒョンの店は「ナルト」という。辞書には「渡し場」と出ているが、自分は船着き場とか小さな港と解釈して いる。江南の駅から吉野屋やタワーレコードのある方向と反対に進むと、チンソルムンゴという大き目の本屋 があって、さらに進んで大きな信号を、渡ってから左に曲がってすぐに右に入ってずーっと歩くとみつかる。 メウンタン(辛いスープ)の店だ。最初にハラボジと来たときには、ハラボジの食べるメウンタンをひと匙口 に入れて、火を吹いた。どこへ行ってもメウンタンだけは注文するまいと思ったものだ。
ナルトで自分はヒョンお任せでなにか作ってもらい、ビールやらジュースやらを飲み、また果物なども出して もらってきれいに平らげてしまうが、金は払ったことがない。何度か払おうとしたが頑として受け取らないの で、土産でも持って行くことにしている。次回は日本のごま油を頼まれている。(重そうだ・・・)
10時半ごろ店に着くと、約3ヵ月ぶりに、また笑って迎えてくれた。ヒョンとはまず握手である。グアム経 由でソウルに来たことをもう1度ゆっくり説明して、韓国人妻と友達になったことを話して、サッカーのワー ルドカップ予選で韓国が日本に勝ったことに「おめでとう」というと「ウロッソ?(泣いたか?)」と聞くの で「野球だったら悔しいけどサッカーは興味ないから平気」だというとちょっと不満そうだった。実際、自分 は本当に興味がなかったのだ。ソウルの韓日戦と自分の旅行がずれていてよかったと思う程度の関心しかない。 あの「ニッポン!」を変なリズムで繰り返す自分の大嫌いな応援を、成田や金浦で見たくない。
自分はもうこんな年齢ではあるが、スポーツは見るものでなくて、自分でやるものだと思っている。たとえ自 分の国と外国の試合でも、どちらが勝っても構わない。試合を見るなら野球でもラグビーでもサッカーでも、 「わぁうまいなぁ」というプレイが見たい。なにか勘違いしている絶叫アナウンサーの自国過剰贔屓の報道は、 いつも自分の神経を逆なでするのだ。両チームの選手が一生懸命にやっているのだから、それでいいではない か。お茶の間で見てる側が白熱してギャーギャーいうのは構わないが、プロのアナウンサーが公共の電波で、 自分の感情が国民すべての感情を代弁しているような狂ったヒロイズムを垂れ流すのは慎んでもらいたい。ち ょっと関係ないが、比較的冷静なテニス中継でもうんざりする場面がある。テニスはいま自分がたしなむスポ ーツだから、自分とプロでは差がありすぎるにも関わらず、それでも真似できるショットはないかという眼で 見ている。別に日本人が勝っても負けてもどちらでもいい。少し前のジャパンオープンの決勝で伊達公子が負 けたとき、勝ったエイミー・フレイジャーのインタビューをカットして放送を終わらせてしまったことがある。 エイミー・フレイジャーは日本が大好きで、わざわざ大したポイントにも(女子の場合)ならないジャパンオ ープンに毎年エントリーしている選手なのだ。それが、異国で世界ランキング1ケタの伊達公子に勝ったので ある。どうしてきちんと中継してやらないのか。いま視聴者は誰でもなんでも日本を応援する時代ではないの だ。スポーツで負けたぐらいで失意のドン底に落ちたりしないのだ。もういい加減に日本=正義で外国=悪と いうスタイルの中継はやめてもらいたい。ろくに運動もできないようなのがスポーツ中継に携わると、番組の 質が下がるだけだから、なんらかのスポーツで世界の舞台に立った経験のある人以外は放送席から追い出して もらいたい。・・・まるで違う話になってしまった。
ヒョンに近所で旅館を探したいと相談すると、いくらでもあるという。旅館の所在地を2,3ヵ所聞いて、ブ ラッと外に出た。変則経路でソウルに来たから睡眠不足で、チョンノまで移動する気力が失せていた。1軒目 はすぐ近くだったが声を掛けてみると「部屋がない」という。いまのところ「部屋がない」と言われたのはこ の旅館だけである。それから駅の方向へまっすぐ戻ってみた。大通りの1本裏の道は、モーテルが並んでいる。 たしかにいろいろあるのだが、カーテン付き駐車場が表から見えるところはどうも抵抗があった。2人でそう いうつもりで入るのは平気だが、1人で入るのはたとえ外国でも抵抗があったのだ。それでさらに歩いて、か なり駅に近くなったところに、モーテル風ではないモーテルがあった。やはり旅館の看板がある。入ると小さ なフロントがあって、アジュマが無表情で立っている。自分が1人であることがちょっと不審そうだったが、 旅行者だというとわかってくれた。韓国人が1人で来た場合はどうなんだろうか。その辺はよくわからない。
1泊2万5千ウォンだという。基準はあのチョンガク駅の2万ウォンの旅館だったが、疲れていたのでそのま まそこに決めた。部屋は悪くない。部屋が決まると安心して元気になって外に出た。本屋へ行ってタワーレコ ードへ行ってとりあえずの買い物をして、またナルトへ行った。家族で慶州へ行ったときのビデオを見せてく れるが、自分はこういうのが苦手で「しまった」と思ったが、おとなしく見ていた。ハラボジから着いたかと いう電話が来て、1度会うつもりだったが、今回ハラボジとハルモニとテジュンには会えなかった。ユジョン は学校帰りに店に遊びに来るので、ちょっと会えた。
明日はいよいよ独立紀念館へ行こう、と決めてバス時刻表とガイドブックを丹念に見ていると、隣室から予感 した通りの声が聞こえてきた。この辺のモーテルは場所といい、面構えといい、そうだろうなと思っていたら やはり始まった。自分は淫らな気分より「どんなセリフを言うのだろう」という好奇心が大きくて、ついつい 息を呑んで聞いてしまった・・・が、日本人と特に違う声は聞こえなかった。それよりも、かなり短かったこ とに驚いた。思わず「なに?もう終わりか?」と声に出して言ってしまったが、隣の客には外国語なのだった。
ちょうど運動会の時期だったので、ユジョンの小学校とテジュンの幼稚園の運動会があった。ヒョンは是非見 に来いと言う。韓国の運動会は見たことがないだろうと言う。自分はちょっと迷ったが、どう考えても見に行 って面白いものではないので、結局断った。ソウルから高速バスで2、3ヵ所回ってみたかったので、運動会 をボーッと眺める時間はなかった。しかし運動会は無理に勧められたわけではなかった。自分が退屈だろうと 思って誘ってくれただけである。
このあとテグへ行こうかテジョンはどうかと聞いてみたが、ヒョンは韓国人だからどこも特に珍しくないので、 返答に困っていた。いっそ子供の運動会の方が楽しいと言いたそうだったが、自分はどこへ行っても珍しいの だから仕方がない。相談は諦めて、自分で予定を組んだ。独立紀念館と全州だ。実は全州の方は、その日の朝 決めたのだった。どこでもいいというのは、いざ決めるときになって迷ってしまう。 今回ナルトには、この日と翌日に行ったきりである。