言うまでもなく、自分はアシアナ航空が好きだ。しかしチケットが取れなかったのだ。航空運賃や有休をとる 都合で、ノースウエストに決まった。夕方の便であるしもう3度目だから割合のんびりと、正確に言うとダラダ ラと準備をして成田へ向かった。すべてが前回、前々回にならって、落ち着いて土産を買ったりガイドブック を眺めたりして、搭乗を待っていたのである。
しかし、のっけからハプニングである。ノースウエスト側のオーバーブッキングのため、別の便に乗り換えて くれる乗客を(ボランティアと表現していた)募り始めたのだ。条件はUS300ドルの旅行券と引き換えに、 明日の同じ便(成田のホテル代も向こう持ち、送迎付き)か、1時間半ぐらいあとのグアム行きに乗って、グ アムからアシアナ(!)でソウルへ明朝到着か。しかし自分はすぐには動かなかった。少々の旅行券がもらえ ても、日程が短縮されるのはイヤだったからだ。
時間は過ぎて行くが、ボランティアは半分も集まらない。条件がUS500ドルに上がった。それでも自分は 動かなかった。いくら出そうが自分は今日中にソウルに着くつもりだ・・・US800ドルになる。頭の中で ¥と$が交錯して、自分はちょっとうつむきながら立ち上がった。そして努めてさりげなく、その条件を係員 に確認した。自分の顔付きはあくまでも、「まったくふざけんなよな」という姿勢を保っている。詳しく説明 を受けているうちに、「次のソウル往復がただになる」ということがわかってきた。冷静ならば説明されなく てもわかるのだが、背後ではUS1000ドルに条件を上げるというアナウンスが流れているので、簡単な計 算もできないほどうろたえているのだ。
結局、US1000ドル分を3つに分けてもらった。成田−ソウル3往復(そのときのレートによる)ができ そうであるから、一晩ぐらい到着が遅れてもいいという気になった。どうせ夜に着いても旅館を探して寝るだ けだし。向こうは「西海岸」だの「ビジネスクラスで東南アジア」だのを殺し文句にしているみたいだったが、 「ソウルしか行かない」と言う自分には効き目がないのだ。
それからすぐ江南のヒョンの店に電話を掛ける。以上の事情を韓国語で手短に説明するのは大変だった。電話 に出た奥さんは「乗り遅れたの?」と笑う。「・・・イロッケ デッソヨ(こうなったんです)」と言って、と りあえず電話を切った。着いてからゆっくり説明すればいい。昼過ぎに家を出るときに電話して、「これから 行きます」と言っておいて行かないと心配するだろうから、ソウル到着は明日の朝だということだけはわかっ てもらう必要があった。
そんなわけでノースウエスト航空が大好きになったのである。そのときよりも、4回目の韓国旅行を控えた今 の方がより強くそう思う。ミスがあったら誠意を示す。誠意があればこちらは「ケンチャナァ」である。 グアム行きはビジネスクラスだった。座席につくと間もなくシャンペンが運ばれる。スチュワーデスが回って くる回数が、エコノミーとはまるで違う。機内食はまぁ、似たようなものだったが、座席が広いだけでこんな に気分が違うとは知らなかった。前の座席では、でかい荷物を無理に機内に持ち込んだ若い女がグーグー寝て いる。ビジネスクラスで1人でグアムへ?いや、自分と同じ乗り代わり組みか・・・さっきなんとなく態度が 横柄だった・・・などと、あまり印象のよくないこの女、いやこの方に、実はあとでお世話になるのである。
グアムに着く。夜中である。成田でノースウエストの担当者に、「1度入国する」と聞いていたのでカードを 記入していたが、入国はしなかった。「あなたは悪いことをしに来ましたか?」みたいなカードも記入済みだ ったが結局不要だった。成田での説明はいい加減だったのだ。このカード記入の件はスチュワーデスにも相談 したのだが、「私もよくわからないので書いておいてください」と言われた。
グアムの空港でやや迷った。入国するのかしないのかよくわからず、ただ前を歩く人について行った。同じよ うにさっきの女性が歩いている。彼女はその前を行く中年男女(のち夫婦と判明)に話し掛けて、このあとど うすればいいのかと相談し始めた。そこへ自分も加わる。彼女は韓国人で、日本人と結婚している。中年夫婦 は中国人であった。3人とも日本語を話す。自分が韓国語を勉強する前は、どんな外国人が日本語を話しても あまり気に留めなかった。とくに外見のそっくりな韓国や中国から来た人なら、ちょっと癖のある話し方に不 満さえ持っていたのであった。いまはまったく見方が違う。自分が、彼らが日本語を話すのと同じぐらいにそ の国の言葉を使えるようになるには、かなりの時間と努力が必要だと知っているからだ。
搭乗までの2時間ほど、3人と話していた。申し訳なかったが、自分はほとんど韓国人と話していた。彼女は 夫よりも自分の方が発音がきれいだとほめてくれた。友達の結婚式に出るために釜山まで行くという。旦那は 1日遅れてくるらしい。いろんな話が日本語+韓国語でできたのだが、旦那の自慢話にはちょっと辟易した。 韓国人がみなそうなのか、その人の性格なのかはわからないが、どれだけ素晴らしいナムピョンに出会ったか ということを何度も説明する。「もうわかった!」と言いたくなる。「日本でずっと暮らすのなら、自分の家 族の自慢はほどほどにした方がいい。」と、彼女のために忠告しようかと思ったが、やめた。
アシアナでソウルへ向かう。隣の席には若い女が座った。韓国人妻は自分のすぐ後ろだ。スチュワーデスが自 分に韓国語を使い、隣には英語を使うので、てっきり中国か台湾の人だと思っていたが、金浦空港で荷物をと りにぞろぞろと移動したときに、実は日本人だとわかった。向こうは自分を韓国人と思っていた。自分は、彼 女の前を通ってトイレに行くときに英語で「ちょっとすみません。トイレに行きたいんですが」と言ったのを 思い出して吹き出した。ちなみにアシアナはエコノミー席だった。
ちょっと面倒なことがあった。アシアナとノースウエストはターミナルが違うのだ。だから預けた荷物を取り に、別なターミナルへ行かねばならない。ここから、韓国人妻が大活躍してくれた。自分に話すときのペース とはまるで違う韓国語で、どうして荷物をこのターミナルまで運んでおいてくれないのか、どこまで取りに行 かねばならないのか、無料バスはどこか、と係員に食って掛かるようにまくしたて、実にカッコよかった。そ して我々(自分と中国人夫妻)の荷物を求めて空港の建物の奥へずんずん入って行く。惚れ惚れしてしまう。
彼女と自分は江南の高速ターミナルまで一緒に行った。韓国人と一緒だということで安心して、空港バスの番 号を間違えて乗ってしまい、空港から出て最初のバス停であわてて降りたときはおかしかった。バスは韓国人 だって間違えるのだとわかって、なぜか安心した。高速ターミナル地下でテンジャンチゲを食べて別れた。 自分は地下鉄でヒョンの店へ向かう。