とにかく暑かった。自分は歩きまわるのが好きなので、せっかく来たんだからと、暑くても歩きまわって しまう。タクシーにでも乗ればいいのだが、たいてい目的もなく歩くので、タクシーに乗っても行く先を 告げられないのだ。とにかく歩いた。そして1人だからいろんなことを考えながら歩いた。
旅館から少し歩くと仁寺洞である。しかしここは、新川のモーテルに泊まった日に、安国駅から1度来た。 1回ではよくわからないから、旅館から散歩がてら毎日通った。外国からの観光客が目立つので、本当は 出入りしたくない地域のはずだが、例外的に気に入ってしまった街だ。自分は東大門市場で膝までのズボ ンとスポーツサンダルと、韓国のダンス系歌手が着ているような襟付きでボタンなしのピタッとしたシャ ツを買って、すぐに着替えていた。かなり若作りで自分でもおかしいが、いいのだ。そしてウエストポー チをやめて、カメラをむき出しには持たないようにすれば、もう日本人ではない。自分はそう思っていた が、どうだったのだろう。日本人でなく、韓国人でもなかったのではないだろうか。
前回の行きの飛行機で隣り合わせたオバサンは、たしかこの辺りで画廊をやっているはずだった。探す気 はなかったが、そのうち行き当たったら挨拶してもいい、と思っていたがよくわからなかった。1ヵ月の 半分は海外旅行だと言っていたが、近くにいたかもしれない。
欧米人も多い。日本人もいる。ちょっとぶつかってきたオヤジが「あ、ごめん」と日本語で言う。横柄な ヤツだ。日本でなら、自分ぐらいの年齢の社会人に対しては、かなり歳が下でも「すみません」と言うは ずだ。自分が日本人だと気づかれなかったからこそ、「あ、ごめん」なのだ。イヤなものを見たと思った。 どうせ相手がわからないと思ってぞんざいな言い方をするオヤジ。「ごめんなさい」程度の韓国語は飛行 機の中でも憶えられるはずだ。
日本人の若い女のグループもいる。彼女らの行動は微笑ましい。微笑ましくないのもいるが、自分がその とき見掛けた数人は、ガイドブックをにらんで目的の店の前でちょっとためらったあと、果敢に突入して 行った。中でどんなやりとりをして、どんな買い物をするのだろう。一生懸命に韓国語で話そうとしたら、 店の人が日本語ペラペラ・・・なんていうとかわいそうだなと思った。
歩き回った仁寺洞で、自分はたいしたものを買わなかった。個人的には全部いらない(笑)。職場にちょ っとだけ何か買って行こうと思っただけだった。その店のアジョッシは日本語がうまかった。英語もうま い。自分のあとに入ってきたでっかいカナダ(たしかそう言っていた)人の2人の男が、韓国語を話す。 笑っちゃ失礼だが、あの風貌で韓国語を話すと違和感がある。こっちの韓国語が日本語っぽいとしたら、 彼らのは英語っぽい韓国語である。
パゴダ(タプコル)公園にはやっぱりハラボジが多い。
クソ暑いのになぜ汝矣島(ヨイド)へなんか行ったのか。正確に言うと、なぜ汝矣島(ヨイド)なんかを歩き 回ったのか。自転車に乗るためである。NHKのTVハングル講座で出ていたからだ。以前はバスで行っ たものらしいが、今は地下鉄でも行ける。暑い平日だから、汝矣島広場には夏休みの子供しかいない。長い 地下道を通ってここまでずいぶん歩いたが、とりあえず貸し自転車に乗った。韓国人は自転車に乗るのが ヘタである。言い切ってしまうが、街中に自転車をほとんど見掛けないのだから、そうに違いない。こっ ちは子供の頃から乗っている。ましてや自分は、GパンにTシャツでマウンテンバイクで通勤するヤツで あるから、もう断然自分が有利である。有利だから自転車に乗ってなにか悪いことをしてやろうというの ではない。1人で歩いていると、たまには優越感に浸りたくもなるのだ。
ところが閑散としている。暑い。いざ貸し自転車アジョッシの側まで行くと少しためらった。平日のこん な時間に自転車に乗りに来るこの男はなんだ?というように見られるからだ。それでも乗る。アジョッシ に自転車を借りることを申し入れて、料金を払うまではよかったが、そのあと何か言っているのがわから ない。業を煮やしたアジョッシは自分のデーバッグに手を掛けた。そのまま机の引き出しに入れてしまう。 「さぁ1時間お乗りなさい」・・・ここでやっと「チm=荷物」と気づく。荷物を置いて行けと言ってい たのだ。これでチmという言葉は忘れない。
遠目にはマウンテンバイクに見えるその自転車は、ギアチェンジなしの偽者だった。いつも21段変則を 乗り回しているので(と言っても通勤だけ)、スタートがやたら重い。子供がちらほら乗っているだけの 広場をぐるっと1周する。そうするとだいたいこいつのクセがつかめるから、手放しでスイスイと走れる。 すれ違う子供が何か言っていたが、たぶん「すげぇ」とかなんとか言ったのだろう。そう信じている。5 周ぐらいしたらもうイヤになった。ビールが飲みたい。1時間のところを30分も乗らずに返した。汝矣島 には有名な63ビルがあるのだが、「また今度にしよう」とつぶやいて、近いところだけを見て帰った。
汝矣島で、道を聞かれた。初めて韓国に来てから、数えてないがたぶん通算10回を越える。前回の自分は かたくなに「私は韓国人でないのでわかりません」を繰り返していたのだが、この汝矣島あたりから少しず つ言葉を変えてみたのだ。若夫婦らしきその記念の2人には、「私も初めて来たのでわからないです。そ れに韓国人ではありません」と言った。わからないのは同じだが、「韓国語がわかりません」と「道がわ かりません」は違うのである。
明洞(ミョンドン)も狎鴎亭洞(アpクジョンドン)も、特に行きたかったのではない。行ったことがな いのはまずいかな、と思っただけである。両方とも一瞬通っただけだ。明洞はまだうろついたが、狎鴎亭 洞の方は駅前の百貨店で買い物しただけ。だから本当には行ってないのだ。少し前に韓国パブというもの に初めて行って、感じのいい(その時は)アガッシがいたので、何か買っていってやろうと思ったのだ。 どんな口紅が流行りなのかは知っていたが、そこは無理に会話をしようとする自分である。「日本から来 ましたが韓国の流行がよくわからなくて・・・」などと話しかける。店員の愛想はあまりよくない。こっ ちがスーツでも着ていれば少し対応が違うだろうか?
韓国で初めて行った場所が明洞なら、もっと違う印象を持ったかも知れないが、自分にとってはなにも面 白くなかった。人が多すぎる。ただでさえ暑いというのに。市場が混んでるのは許せるが、ただの通りが 混んでるのは許せない。連れがいれば別だが、自分からはもう行かないだろう。