外泊

モーテル

アパートの近くから電話を入れると、ハルモニが出た。聞き間違えたり言い間違えたりしたが、それでも前回よ りは少しスムーズに会話ができた。ハラボジは子供を連れてちょっと買い物をしているという。とにかくアパー トに向かう。こんなときに出かけなくてもいいのにと思いながら前まで来ると、ハラボジが立っていた。「ハラ ボジィィ」と呼ぶとニコニコしている。ついに再会した。ちょっとあっけなかったが、間が2ヵ月半では涙の再 会にならないのは当然だった。
子供2人も元気だ。少し大人になったかと思うが、やっぱり2ヶ月半だから彼らも変化はない。土産の酒(酒だ と思わなかったのだろう)を抱えて階段を上って行く。部屋でハルモニにも挨拶した。このときハルモニは、自 分の韓国語の上達に驚いたというのだが、自分がそれを聞いたのは旅行から帰ってスナックに顔を出したときで ある。もう「お上手ですね」式の社交辞令では嬉しくなくなっていた。具体的に発音が自然だとか言われないと 嬉しくないのである。

夕飯を勧められ、食べ終わると(やっぱりキムチがうまい)前にやっていたように屋上にあがってタバコを吸う。 すぐにユジョンとテジュンが呼びに来て、子供部屋へ行った。新しいTVゲームのデモをやってくれる2人はす っかり自分と遊ぶつもりでいる。自分は時間が気になっていた。ハラボジが探してくれるという旅館は? 「今日はここへ泊まったっていいんだ」というハラボジの言葉がちょっと気になった。ずいぶんバチあたりなこ とを考えるヤツなのだが、気持ちはとても嬉しいのだ。嬉しいが、旅館も経験したいのだ。なんだか韓国通っぽ い響きがあって、妙に旅館にこだわっていた。ブラッと韓国にやってきて、街中で「旅館」の看板を見つけて流 暢な韓国語で「部屋あります?」・・・なんていう感じがあこがれなのだ。ハラボジのアパートは旅館を決めて から遊びに来たっていいのだ。

「行こうか」の声に自分は立ち上がった。「ミアネェ ナン カヤデェ」というと2人は「もう行っちゃうの?」 というようなことを言っていたが、行かねばならないのだ。「タシ オルテニッカ・・・」とそのとき言ったが、 今回アパートにはもう戻らなかった。決して戻るのを嫌ったわけではない。帰る前日に挨拶しようと思っていた のだが、あまりに暑くて萎えたのである。江南のヒョンのメウンタンの店に寄ったときに、奥さんともママの妹 とも会えたので、とりあえず知ってる人には1回ずつ会えた。クソ暑い中を蚕室まで挨拶に行ってから帰ると話 したら、ヒョンが「他の用事もないのにそんなことしなくていい」と言ってハラボジに電話してくれたのだ。

ハラボジの単車にまたがって駅へ。その辺に旅館があるのは気づかなかったなぁと思っていると、左折してどん どん進む。2号線のとなりの新川との中間まで行って道路を横断して向かい側へ・・・ここで死ぬかと思った。 ハラボジが単車の向きを変えて道路の右端から横断を開始しようとしたとき、信じられないスピードで後続車が 左側を抜けて行った。ハラボジもちょっとハッとして単車が揺れた。いまのところこのときが一番恐ろしかった。

そこはモーテルであった。日本のとやや赴きが違うが、似たようなものだ。ただ、カップルだけが利用するので はないみたいだった。もらったカードにはしかし、回転ベッドありなどと宣伝してある。「うん?」と思ったが ハラボジが平然としているのだから、韓国ではおかしいことではないのだろうと思ってついて入った。 どうも自分が旅館と表現するものには、いろいろ種類がありそうだ。いままで泊まったところはたいてい入り口 にMOTELと書いてある。そして看板には旅館(ヨグァン)と出ている。ガイドブックには「荘旅館」がお勧 めだと書いてあるが、よくわからない。自分が気に入っている鐘閣の旅館は○○荘旅館と書いてありながら、そ の下に「○○ JANG MOTEL」と書いてある。とにかくモーテルは1人で泊まって恥ずかしいところではな いらしい。たとえ恥ずかしくても自分は外国人だから構わない。

1泊2万8千ウォンだという。高いか安いか。高級ホテルよりはずっと安い。しかし自分はもっと安く泊まれる はずだという予感がした。うまく説明できないが、建物がいかにもそんな感じだった。たいしたことないくせに ちょっと近代的風なのである。それでもハラボジが探してくれたのだから、3万でも4万でもいいと思っていた。 が、ああハラボジは・・・アジュマにもっと安く泊めてやれと食って掛かっている。「こいつは韓国語を勉強に 来ているんだから」というようなことを言っているようだった。アジュマも譲らない。「安いじゃないですか」 と言い張る。黙っていると本当にケンカしそうなので、「ケンチャナヨ」と言ってハラボジを止めた。あとでわ かったのは、もうちょっと高かったのを、その前に電話でねぎっていたのだ。その言い値よりまた現場でまけろ と言っても、それはアジュマも引かないだろう。もめたあとで1人残るのもいやだ。

そのあとハラボジは部屋まで見に来て、鍵とか水とかTVとか、アジュマに聞いていた。そのやりとりがだいた い理解できたので、わざと割って入って韓国語を使ってみせた。「あら、わかるのね」という感じでアジュマは ちょっと態度が柔らかくなった。ここは2泊したが、このアジュマはこっちのレベルに合わせたしゃべり方をし てくれ、わからないと身振り手振りで何度も言ってくれるいいアジュマだった。モーテルの夜はどうということ なく更けた。蚊が3匹うんうん飛ぶのがうっとうしく、結局壁に3つの血痕を作るまで眠れなかった。

旅館

ここでモーテルと旅館を分けるのは、単に自分の思い込みである。韓国での位置づけはよくわからないが、なん となくカップルで泊まることを前提としている、と自分が感じたものは日本的イメージでモーテルとしておいて、 ああ、韓国だなぁなどと感じたところを旅館と呼ぶ。先ほど書いたように看板が旅館で、名前が○○荘旅館で、 ドアにはMOTELと書いてあるから、自分の定義は正しくない。が、正しくなくてもいいのである。それでな にか困るということはない。

2泊したモーテルを出て、いよいよ自分で旅館を探すことになった。ハラボジはもっと安いところを探すつもり でいたのに、自分にちょっと余計な出費をさせたことを少し気にしていた。だから自分が、「観光公社へ行って 探してみる」と言ったとき、「そうしてみなさい」とすぐ認めてくれた。探してくれたことを感謝していますと うまく言いたかったが、別な話をしているうちに言いそびれてしまった。

なんとなく2万ウォンという基準が自分の中にあって、ハラボジの見つけてくれたモーテルの2万8千ウォンを、 宿泊先に支払う上限とした。というのは、そのモーテルの設備に十分満足したから、それより上のレベルは必要 ないと思ったからだ。下限はまだあいまいだが、1万ウォンを切るところはちょっとためらってしまう。3度目 の旅行で旅人宿というのを発見したが、まだ泊まったことがない。あまり泊まりたいとも思わない。高級ホテル はもっと思わない。日本語ペラペラで応対されたら気分ぶち壊しになるからだ。

韓国観光公社へ行く。ガイドブックには「英語、日本語が話せるスタッフがいて・・・」と書いてあるが、初め て行ったときに「ホクシ イルボノ アセヨ?」と聞くと「スコッシタケ」という返事だったので、日本語は使わ なかった。初めて旅館を探すにあたってちょっと不安もあったから、このときは「日本語を使おう」と思ってい たのだ。まぁしかし、どんな設備のところがいいか、場所は、費用は、という条件提示はさほど難しくなかった。 最初に2万8千ウォンの旅館に電話を掛けて、部屋の空きがあることを教えてくれた。それぐらいが相場なんだろう かと思いながら、でも「2万ウォンぐらいのところがいい」と一応言ってみた。するとすぐ近くに2万ウォンの ところがあるという。「それだ!」と身を乗り出して、いろんな条件(TV、電話、シャワーなど)を確認する と不足は何もない。すぐ予約してもらってそこへ向かった。

自分はとくに依頼でも受けない限り、旅館にしても食堂にしても宣伝はしない。自分の入ったところが最高だと いう自信がないし、自分と同じスタイルの旅行者の楽しみを減らしたくないとも考えるからだ。クチコミでなら 聞かれれば(もちろん憶えていれば)答えるが、「これを食べるならこの店」的な情報のバラ撒きはしたくない。 よくわからないが入ってみたら「うまかった」「まずかった」。。。それでいいのだ。キムチがどこでもたいて いうまいのだけは保証する。 旅館もそれに習って、具体的な場所は書かない。いままでに日本人1人旅風の男を、何度かその旅館で見かけた が、お互いに声は掛けなかった。向こうもそうだと思うが、出会ってもちっとも嬉しくない。だから出入り口で かち合っても、眼も合わせない。・・・日本人じゃなかったのかも知れない。

ハルモニと言ってもいいぐらいのアジュマが出てきて、部屋を見せてくれた。「部屋を見て決めよう」とガイド ブックに書いてあるが、宿帳とタオルとミネラルウォーターを抱えたアジュマに「やっぱり他の旅館にする」と 言えるだろうか?自分は自信がない。「寝台かオンドルか」と聞かれたから「オンドルがいいです」と答えた。 新川でベッドだったから、どうしてもオンドルがよかった。真夏だからその威力を体験することはできないが、 オンドル部屋を見たことがなかったから興味津々だったのだ。いま考えると笑ってしまう。ハラボジのアパート の子供部屋も実はオンドルで、ヒョン達と泊まった民宿(民泊)もオンドルだったのだ。

エアコンもあるしシャワー(ちょっと出が悪い)もあるし、TVも電話もある。枕も2個(笑)ある。大通りに 近いのにうるさくない。アジュマはニコニコしている。もう充分だと思った。実は観光公社で「ここのアジュマ は日本語がわかる」と聞いていたのだが、何人かいるうちのどのアジュマが日本語を話せるのかいまだにわから ない。ちょっと生意気に書いてきたから、自分の語学力が誤解されているかも知れないが、自分は決してスラス ラと会話をこなしてはいない。いまだってよくつっかえるし、聞き取りを間違えることもしょっちゅうだ。そん な時、日本語のわかるアジュマならイライラして「日本語で言ってごらん」と日本語で言いそうだが、ここでは 黙ってこっちのしゃべることを聞いてくれる。アジャマがすごくできた人なのか、日本語が実はわからないか、 まだ見ぬ日本人担当のアジュマが別にいるか、そのうち確かめたい。 日本に帰るまでここに泊まった。

旅行記2−1
旅行記2−3
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