松坡、蚕室

その前に・・

この旅行、さらに次の旅行にも関係がないが、ママの娘スヨンは、実はママの娘ではなかった。以前から何かおかしいと思っていたが、ママの息子が結婚した頃から疑惑は深くなり、先日とうとうママに確かめた。ママは「なんだ知らなかったの?」なんて言うのである。軽い目眩をおぼえた。なぜ自分にそんな嘘をついたのか、理解できない。なるほど店の商売を考えたら、その店で働く女はほとんど嘘をつかざるをえない。本名、年齢、出身地、未婚か既婚か、子供の有無・・・スヨンは客寄せのために、ママの娘ということにしていたのだろう。実際はママの息子の婚約者であり、ママの息子について日本に来たのだった。

それならそうと、帰国間際にでも教えてくれればいいじゃないかと思う。自分は他のオッサン連中とまったく平等かつ不愉快な「お客」扱いをされ、最後まで騙されたのである。ママは「そんなこと言ったことはない」と言うが、自分がママやスヨンに話す内容から、「スヨンはママの実の娘」と信じ込んでいることはわかったはずだ。なぜその時に訂正しなかったのか。・・・急にママが、そしてママを取り巻く家族が、遠い存在に思えてくる。

それでも、スヨンがいてこそ続けられた韓国語なのである。とくに勉強を始めた当初の、もっとも投げ出しやすい数ヶ月、スヨンが上記の事情を打ち明けていたら、果たして自分の韓国語はここまでになっていたかどうか。だから、すべてがわかったいまでも、スヨンに対する感謝の気持ちは変わらない・・・と、言い切りたいが、なんだか割り切れないものが残る。もし会う機会があったら?---ここには書かないが、いろいろ言ってやるだろう。それを聞いたスヨンは、怒るより前に自分の上達に驚くだろう。自分は悪態をついて、最後に「でもありがたく思ってる」と言うつもりだ。韓国語を通じて知り合った人、得た物、広がった世界を考えたら、それは検討するまでもなく、感謝しなくてはならないのだ。

ヒョン

・・・なんていう話はこの時まったく考えてはいない。スヨンの話はこれまで何度かしたのだが、どうも話が噛み合わず、たぶん離婚した父親の方に行ってしまっているのだ、ぐらいに考えていた。そのうちハラボジのビルラを訪ねても、スヨンやママを思い出すことはなくなってしまった。

松坡(ソンパ)のビルラに向かう。蚕室(チャムシル)地下街でケーキを買ってタクシーに乗る。タクシーにはずいぶん乗ったが、韓国語をベタほめされたり、しかめっ面で聞き取り辛そうにされたり、まったく黙っていたり、逆にこっちにしゃべる隙を与えずにしゃべりまくられたり、運転手もいろいろだ。今回はまぁ、誉められている。誉められるのはたいてい、発音が悪くてネイティブじゃないからこそだが、今回はちょっと違う。こっちがわざわざ「日本から来た」と言うまでは普通に会話をしていたのだ。どうして「日本から来た」なんて打ち明けることになったのかは忘れてしまったが、とにかくその状況は、嬉しい誉められ方だった(と思う)。

ビルラに着くと、例によってハラボジは用事があって不在(麻雀だということはわかっている)で、ハルモニやテジュン(ヒョンの息子)を相手に雑談をする。なんでもママの妹が夕方日本から帰って来るようだ。これは長居はできない。親子兄弟の久々の再会だから、よく言えば邪魔をしたくない、悪く言えばその場にいるのがちょっと煩わしい。そこへヒョン及びヒョンスが現れて、また騒々しく挨拶を交わし、やっと落ち着いて昼食となった。

食後ヒョンがパソコンの前に自分を座らせ、最近始めた株の画面を見ながら説明してくれる。もちろんよくわからない。日本語で言われたってわからんのに(笑)。それ以前に「株式」という単語がわからず、何か投資の話らしいとは思いながら、10分ほどトンチンカンな会話が続いたのである。しかし、その資金はどうしたのだろう?仕事は辞めてしまったと言うから、やはり自分の予感は当たったのだ。

空港までママの妹---つまりヒョンの姉---を車で迎えに行くと言うので、一緒に乗り込んで蚕室で降ろしてもらうことにする。野球を見に行きたいと言ったら、予定がどうなるかわからないので、明日電話してくれと言う。それに野球の日程もわからんと言うから、Lucy先生に日本で聞いていた日程を教えてあげると、「その人も韓国に関心があるのか?」と訊く。ははは、きっと日本人はみんな韓国に注目していると思ったかも知れない。確かに自分が何度も韓国に行き、Lucy先生やなば班長の話をすればそう思ってしまうだろう。しかし、韓国に興味を示さない大多数の存在を伝えるのはなんとなく気が引ける。

蚕室で降ろしてもらい、旅館に戻る。寝る前だったか翌朝だったか忘れたが、やはりヒョンは野球を見に行く時間がとれないので、友達に連絡しておいたから電話してみろと言う。ヒョンの友達の中で最も自分に会った回数の多い、あの人である(と言っても自分にしかわからないが)。しかしその人もどうなるかわからない。野球は1人で行ってもおもしろくないので、ジョンシクに頼んだ方がいいかも知れないと思いつつ、唐突に大事な用事を思い出す。今回、頼まれものがあったのだ。

旅行記10−1
旅行記10−3
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