『来るな、来るな、かえれ、かえれ。八つ墓明神はお怒りじゃ。おまえが来ると村はまた血でけがれるぞ。』
と叫ぶ濃茶の尼には出くわすこともなく、広兼邸へ向かう。
 広兼邸 |
『みなさん、あれが広兼邸ですよ』
しかし、あたりをみまわすが駐車場の城壁で広兼邸らしき建物は見えない。
少し遠くなのだろうか?少し上を見上げた。
『ああっ!!』
見上げた場所に見覚えのある建物があった。映像にあまり詳しくなくてもこの建物はわかった。
駐車場を見下ろすように広兼邸があったのだ!
このとき、みんな頭の中に松竹『八つ墓村』のテーマ曲が流れたのではないだろうか。
くしくも到着の直前に私の車にはこの曲がながれていた。 |
思えば、初めてオフに参加した東京大会で、ある男性にこう言われた。
『やっぱり、岡山の横溝ゆかりの地をまわってるんですか?』
『いいえ』と答えた。その当時は本を読むだけでそんな意識はなかった。
『えぇっ?!考えられないですよ』と言われた。
同じオフの最中に、ある女性にもこう言われた。
『やっぱり、岡山の横溝ゆかりの地をまわってるんですよね?』
『いいえ』と答えた。そもそもそんな場所とか知らなかった。
『えぇっ?!考えられないですよ』と言われた。 |
 格子から見る外
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それからだったろうに思う。幾度かのオフに参加し、横溝正史疎開宅へ、真鍋島へ、そして今回広兼邸へ来た。
私はあの言葉を目指したのだったのではなかろうか?そしてたどり着いたのだろうか?
にわかに少し前に放送された稲垣金田一『八つ墓村』の話題で盛り上がる。
何人かは、広兼邸の坂を上った門の所の格子から顔を出している。私にはその意味がわからなかった。
 『はあ、お寺様のですね。これはどちらへ?』
『どちらでもいいのですよ。同じだから・・・・』 |
広兼邸の中へ。
建物の中には幾つか映画の写真等が飾ってあった。
展示資料のなかにお膳が展示してあった。
しかも2つ。意味ありげではないか。
馬小屋の中に看板を見つける。
裏返すと96年トヨエツ『八つ墓村』公開時であろう
ミステリーワールド岡山の看板だった。
ひととおり回ったところで、広兼邸をでる。 |
 兵どもが夢の跡 |
広兼邸の坂を下る途中、稲垣金田一『八つ墓村』で要蔵が鶴子をさらった扉の前に立つ。
開かないとは誰もが思っていたようだが、引いてみる。やはり開かなかった。
そのとき初めて、今回のオフで行く場所をすべて合わせると稲垣金田一『八つ墓村』のほとんどを作れそうな事に気づく。
『八つ墓村』ならぬ『八つ幕村』のロケ敢行か!?田治見家に迫る農民を演じろとか、すぐさまオフ参加者内での出演交渉が始まる(爆)
帰る前に歩いていた方にお願いして全員で広兼邸をバックに写真を撮る。
次に向かうべきは満奇洞だ。しかし、すでに時間はお昼となっている。
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| その時の写真はこちら→ | 
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みんなの目はある人物に集中する。しかし、このあたりの食事できる店は知らないようだ。ラーメンの『点と線』はここではつながらなかった。
もう一度同じ道たどって西江邸付近まで帰り、そこから北上して山を越え、満奇洞を目指すこととなった。
快適に進むかに思えたが、少し幅の狭い山道に入ったあたりから、少し不安を覚える。
何度も地図を確認しながら進んでいるので、間違いないはずだ。
車は大きな迂回路に進入していく・・・と思ったが、そこは十字路だった。
車を止め地図をもう一度確認した。色を別にしてあってわかりにくいが、よく見るとそこは迂回路ではなく確かに十字路だった。
知らない道を走ってきたせいか、どの道で曲がったのか?どちらからこの十字路に進入してきたのかわからない
 十字路にたたずむ標識 これが今回のオフ 最大の物議をかもし出した |
ミラーと一緒にたつ標識も表示が少し変なようだ。
どうする?!十字路の真ん中で考える。しかし、右手からは、車が迫る。
迷ってる暇はない!右、真ん中、左・・・一番大きな真ん中の道を選び車を走らせる。
道を進んでいくと、地図上と同じようなカーブの気がしてくる。道も悪くない。正解の道だったのだ。
刹那、道路はいきなり舗装がなくなり、道は無常に立ち入り禁止を告げた。
この道は正解の道ではなかった。道を間違えたのだ。
狭い道で連なる車を何とかUターンさせ、さっきの十字路まで戻る。
そこで車を止めたと同時に、どやどやとみんな車を降りる。
『どういうことだ!』『地図を見せろ!!』『辰弥をだせ!!』
最後の台詞は嘘だが、みなそれぞれに、地図を見たり、標識を確認したりしている。 |
『ここは左に行くべきだ!!』『ちがう!右だ!!』『いやだ、いやだ、逃げるのは、いやだ。あいつらに会ってわけをきいてやります』
と、またもや最後の台詞は嘘だが、世界の中心で愛を・・・いや、見知らぬ山中で、行くべき道を叫んでいた。
『十字路』・・・まさに『死の十字路』!!今回のオフ最大のパニックはまさにここで起こったのだ!!
そんな折、何人かが近くの家に向かって走る。
『つかーさーい、つかーさーい』とは言わなかったが、正しい道を聞きに行ったようだ。
結局、正しい道は右の道だった。つまり最初進入してきた道から見て左の道だ。最初から地図通りに来ていたのだ。
行く先を示す標識も、位置がずれていたようだ。なんてことだ。
昼を過ぎて、時間もたちみんなお腹もへったようだ。しかし、ここに来てラーメンの『点と線』はつながったようだ。
『180号線沿いに、おいしいラーメン屋を知っている』ということだった。
が、満奇洞まで、180号線を走るのは、2、300mくらいだった。あたりは山で店の影すらない。
ラーメンの『点と線』はここでは活かすことができなかった。
井倉同を左に見て、再び山道を登り始める。もう少し行けばそば屋があるらしい。やっと食事にありつけそうだ。
そば屋は、2件確認できたが、そのうちの一つに入る。時計はすでに1時30分ほどを指していたが、中はほぼ満席だった。
しばらく待つあいだに、今回参加できなかった真珠さんにメールをうつことに。
『金田一氏ヲヨコセ』とは送らなかったが、よい時間に連絡をくださいというものだった。
一つのテーブルに少し窮屈だが何とか全員座れ、おそばも次々運ばれてくる。いつしかわれわれ以外いなくなった所で、
『せっかくなので、もっと広くお座りになってくださいな。』
と店の人に心遣いを受けたが、そのまま一つのテーブルについたまま食事を続けた。みんな寂しがりやなのだ(爆)
このまま満奇洞へ向かうか、途中にある羅生門にも立ち寄るのかを話し合う。ここで問題となってくるのは宿到着の時間だ。
『耕心村には何時までに到着できればいいの?』と聞かれた。
『知らない』と答えた。
『連絡しておいたほうが、いいのでは?』と言われた。
『連絡先は控えてこなかった』と答えた。
そもそも私は今回のオフの幹事でありながら、オフの工程表を持ってきてはいなかったのだ。
自分で言うのもなんだが、もはや幹事としてではなく、人としての人格が疑われそうだ。
しかしオフ工程は、ある程度覚えていたし、耕心村からは連絡があるだろう。連絡がなくても番号案内で連絡先はわかるとふんでいたのだ。
・・・そういう問題でもないか。
結局、羅生門へ向かうことにする。
オフ二日目(上) 『八つ幕村』おわり
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