ある日の夜。
俺は居間でテレビを見ていた。
いつも見ている連続ドラマだ。
タイトルは、「東鳩高校の奇跡」。
とある高校を舞台にした恋愛ドラマだ。
ドラマが中盤にさしかかった頃…。
ぷるるるる…。
ぷるるるる…。
電話が鳴った。
「はーい」
マルチは返事をしたが、キッチンで夕食の後かたづけをしている最中だ。
「ああ、いいよいいよ、マルチ。俺が出る」
俺はマルチにそう言うと電話に向かった。
「そうですか? すいません、浩之さん」
「気にすんなって」
カチャッ。
「はい、藤田です」
『………』
「…え、来栖川って…」
『………』
「やっぱり、来栖川芹香先輩!」
『………』
「お懐かしゅうございます、って? そうだね、久しぶりだね」
『………』
「え、魔法の実験をしたいから、手伝って欲しい? それはいいけど…」
『………』
「今日これから?! でも、もう夜だよ。先輩は大丈夫なの?」
『………』
「大丈夫? ならいいんだけど。で、どこに行けばいいの?」
『………』
「近くの公園? ああ、あそこ。わかった、すぐに行くよ」
待ってます、という先輩の言葉で電話は切れた。
来栖川芹香先輩か。
懐かしいな。
高校生の頃は親しかったけど、先輩が高校を卒業してからは、全然会ってなかった。
まあ、それも当然だろう。
俺はただの貧乏学生、向こうは日本経済界のプリンセス。
もともと、住む世界が違うんだ。
親しかったことの方が変なんだ。
…おっと、物思いに耽ってる場合じゃなかった。
公園に行かないと。
……。
マルチは、連れていってもいいのかな?
ま、いいか。
大した問題じゃないだろう。
「おーい、マルチー」
俺はマルチを呼んだ。
「はーい、お呼びですかー?」
ぱたぱたぱた…。
マルチがやってきた。
「マルチ、後かたづけは終わったのか?」
「はい、ちょうど今終わったところです」
「そうか、いいタイミングだ。これからちょっと出かけないか?」
「はい、お供いたします」
マルチはあっさり答えた。
「…おい。こんな時間からどこへ、とか、何の用事があるのか、とか思わないのか?」
俺はちょっと面食らったので、きいてみた。
「はい。浩之さんがそうおっしゃるんです、お出かけする用事があるんでしょう。私がお供できるのなら、させていただきます」
マルチはにっこり微笑んだ。
「…マルチ、お前はほんとにいい子だな…」
俺は思わずマルチを抱きしめた。
「…あ…」
「マルチ…」
「…ご主人様…」
「来栖川芹香先輩、ですか?」
「ああ。高校の頃の先輩だよ。マルチも一度会ったことあるだろ?」
公園へ向かいつつ、来栖川先輩のことについてマルチに話すことにした。
「え…。うーんと…」
「ま、覚えてなくてもしょうがないな。ほんの少しだけだったしな」
「…あの、いつお会いしたんでしょうか?」
「ほら、俺がジュースを買おうとしてて…」
「…ああ、思い出しました! 黒髪の方ですよね?」
「そうそう。あの人だよ」
「その方に、お会いするんですか?」
「ああ。魔法の実験を手伝って欲しいってさ」
「魔法の実験ですか? すごいですねー」
「なんたって、そこら辺のインチキなんかとはひと味もふた味も違うからな。全部マジだからな」
「失われた秘術を復興させようとされてるんですね」
「…なんか、どっかできいたようなセリフだな」
マルチと一緒だと、ほんとに時間の経つのが早い。
もう公園に着いた。
「さて。先輩はどこにいるのかな?」
俺があたりを見回した時…
「浩之ー!」
誰かが俺を呼んだ。
「……?」
たったった…。
「…やっほー、浩之。お久しぶりね」
「お、お前、綾香じゃねーか?!」
俺達の前に現れたのは、先輩の妹、綾香だった。
「あの、浩之さん、こちらが来栖川さんですか?」
「いや、違うよ、マルチ。こいつは…」
「あら、失礼ね。私の名前も来栖川よ。ま、あなた達は姉さんに会いに来たんでしょうけど」
「ああ、さっき電話があってな。しかし、お前もいるとは知らなかったぜ」
「まあね。姉さん、あれで結構抜けてるとこがあるから」
綾香は肩をすくめた。
「それより、先輩はどこにいんだ? 知ってんだろ?」
「もちろん。あなた達を迎えに来たのよ」
「わざわざ、ありがとうございますー」
「で、先輩は?」
「ただいま準備中。もう少々お待ち下さい」
「…あのな」
「だってしょうがないじゃない。姉さんに、そう伝えてくれって言われたんだもの。ま、そんなに時間もかかんないって言ってたし、少しお話でもしてましょ」
にっこり笑ってごまかす綾香。
「ま、いいけどよ…」
「…そういえば、あなたの連れの女の子、うちのHM−12よね」
綾香はマルチを見た。
「はじめまして! 私、HMX−12型、マルチです!」
マルチはぺこんとおじぎした。
「おいおい、大事な事が抜けてるぞ」
「あっ、そうでした! 今は、こちらの方、藤田浩之さんにお仕えしてます!」
「…? なんか、ちょっと変ね。HM−12はこんな話し方はしないはずだけど…?」
「まあ、色々事情があってね。こいつは特別製なんだ」
「はい。本来は試作機でしたが、たくさんの方の優しさのおかげで、今の私があるんです。私、皆さんにはすごく感謝してます」
「ふーん…。ま、いいわ。この子も幸せそうだしね」
綾香が優しくマルチを見た。
その時。
「ゴロニャーーン…」
どこからか黒猫がやってきた。
なんか、どっかで見たような・・・?
「あ、姉さんの準備ができたみたい。じゃ、行きましょ」
猫を見た綾香が言った。
「この猫、先輩が飼ってる猫なのか?」
「ええ、そうよ。前に学校で拾ったんだって。浩之も一緒にいたって言ってたけど?」
「……」
俺はしばらく記憶を探って…
「…ああ、思い出した! そういえば、先輩がクソ可愛くもねえ猫を拾ったことがあったっけ。こいつがあのときの猫か」
「そういうこと。姉さんにすごくなついてるのよ、この子」
「…なついてる、って言うのかな…?」
「…あの、芹香さんが準備できたのなら、行った方がいいんじゃないですか?」
マルチが控えめに提案した。
「ああ、そうよね、マルチ。行きましょ、浩之」
「そうだな。魔法の実験なんだろ? そういえば、何で俺なんだろうな」
「…何が?」
「いや、しばらく会ってなかったしな。俺を覚えててくれて嬉しいな、ってことさ」
俺は冗談のつもりで言った。
でも、綾香は・・・。
「……」
俯き、黙り込んでしまった。
「…綾香? どうしたんだ?」
「あの、綾香さん、どうかなさいましたか?」
綾香ははっとなり、
「…え、ああ、どうもしないわよ。さ、行きましょう。姉さんが待ってるわ」
そう言って、笑顔を見せた。
「……」
「……」
俺達は釈然としなかったが、とりあえずは綾香に従い、公園に入っていった。