12月24日。
 街はクリスマスムード一色に染まる。
 クリスマスツリーのイルミネーションが立っていたり、サンタの衣装を着たやつがチラシを配ったりしている。
 
「わあー、これがクリスマスですかー」
 マルチは、珍しそうに辺りを見回している。
「おいおい、マルチ。ちゃんと前を見ないと、ころんじまうぞ」
「大丈夫です・・・あっ!」
 
  ガシッ。
 
 言ったそばから転びかけるマルチを、咄嗟に抱き留めた。
「だから言っただろ? 卵が割れちまうぞ」
「す、すみません、浩之さん…」
 
 俺とマルチは、パーティの買い物の帰りだ。
 今夜は、俺とマルチ、あかり、雅史、志保の五人でクリスマスパーティをするのだ。
 
「だいたい、何だってそんなにたくさん買い込んだんだ? とても五人で食いきれる量じゃないぞ」
「え、えーと、それは、その…」
「…? ま、いいけどよ」
 
 パーティの言い出しっぺは、もちろん志保だ。
 俺は乗り気ではなかったが、マルチがやりたそうだったので、了承した。
 そのマルチは、クリスマスが珍しいのか、しきりにあちこちを見回している。
 
「マルチ。クリスマス、そんなに珍しいのか?」
「はい。クリスマスなんて、初めてですから」
 
 屈託のない笑顔で応える。
 その言葉で、俺はふと思い出した。
 
「…そうか。マルチが俺のとこに来たの、今年の春だったもんな」
「はい。お世話になってます」
「すっかり忘れてたな。マルチがいるってことが、あまりにも当たり前だったから」
 
 俺は何気なく言ったのだが…
 
「…うう、浩之さん、ありがとうございます…」
 
 マルチはぽろぽろ泣き出してしまった。
 
「ま、マルチ。お、おい、泣くなよ」
「うう、で、でも…」
 
 マルチはすぐには泣きやみそうもない。
 しょうがない、家路を急ぐか。
 俺はマルチの手を引っ張った。
 
 
 
 四時頃、あかりがやってきた。
 
「こんにちはー」
「おう、あかり」
「こんにちは、あかりさん」
 
 あかりとマルチの二人で、料理を作ることになっている。
 そうそう、マルチは料理がとても上手くなった。
 ミートせんべいを作ったのが嘘のようだ。
 さすがは学習型メイドロボである。
 
「…それでね、こうすると…」
「…わあ、お上手ですねー。さすがあかりさん…」
 
 二人で料理を作っているのを見ていると、何故か温かな気持ちになってくる。
 そういえば、あかりも高校生の頃「マルチみたいなメイドロボだったら欲しいな」とか言ってたっけ…。
 よかったな…。
 俺はそのまま、楽しそうな二人を見ていた。
 
 
 
 しばらく経って、雅史が来た。
 
「やあ、浩之」
「おう、雅史。じゃ、さっそく出すか」
「うん、そうだね」
 
 俺と雅史の役割は、クリスマスツリーを出すことだ。
 物置代わりにしている屋根裏へと向かい、クリスマスツリーを探す。
 
「…うーん、ないね」
「ああ…。…どこにしまったっけな」
 
 俺がまだ小学生くらいの時、親に買ってもらったツリーがあるはずなんだが…。
 もう何年も出してなかったからな。
 
「…あっ、あったよ、浩之。これでしょ?」
「どれ…? ああ、これだ、これ。懐かしいな」
 
 雅史が俺に見せたものは、記憶の片隅に埋もれていた箱だった。
 
「じゃ、早速飾り付けようよ」
「ああ」
 
 俺達は居間へと移動した。
 
  ガサガサ…。
  ワサワサ…。
 
「…ツリーを飾り付けるのって、結構面倒なんだな」
「ツリーの大きさにもよるけどね」
「そう言えば、今日はサッカー部の練習は休みなんだな」
「うん。さすがにクリスマスくらいは休ませてくれるよ」
「我が校期待のエースストライカーだもんな」
「そんなことないよ。ぼくなんかより上手な先輩がたくさんいるよ」
 
 とりとめもない話をしながらツリーを飾り付ける。
 キッチンからは、マルチとあかりの楽しそうな声が聞こえる。
 こういうのを、幸せっていうのかもしれないな。
 俺はぼんやりとそう思った。
 
 
 
 六時頃、志保がやってきた。
「やっほー、浩之、元気ー?」
「…なんか、前にも同じような挨拶をしてなかったか?」
「やーね、気のせいよ、気のせい」
 
 志保は、相変わらずパワフルだ。
 
「だいたいな。俺達は色々仕事してんのに、おめーだけ何もしねえってのはどういうことだよ?」
「あら、このあたしが何もしないとでも思ってんの?」
「じゃあ、一体何をしたんだ?」
 
 その時。
 
  ぱたぱたぱた。
 
「浩之さん、料理、できましたよ」
 
 マルチが俺を呼びに来た。
 
「マルチ、料理、ちゃんと多めに作ってくれた?」
 
 志保がマルチを見た。
 
「あ、志保さん、いらっしゃいませ。はい、言われた通り、7人分の料理を作っておきました」
「ん、よろしい」
「7人分? …どうりで、やけに材料を多く買うわけだ」
「す、すみません、浩之さん。志保さんに、浩之さんには内緒にしてくれ、と言われたものですから」
 
 マルチが頭を下げた。
 
「いや、マルチは悪くない。悪いのは志保だ。志保、その7人分てな、一体何だよ? 誰がそんなに食うんだ?」
「あら、浩之に決まってるじゃない」
「俺はそんなには食わねえよ!」
「冗談よ。これが、私の仕事。さ、お二人さん、いらっしゃい」
 
 志保が後ろを振り返り、誰かに呼びかけた。すると…
 
「…」
「はーい、メリークリスマス、浩之」
「せ、先輩に、綾香?!」
 
 そこにいたのは、なんと、来栖川芹香・綾香の姉妹だったのだ。
 
「ね? 七人分の料理が必要だったでしょ?」
「…まあ、いいけどよ。よくこの二人を連れ出せたな。来栖川グループの合同クリスマスパーティが開催されるって、テレビでやってたぞ。パーティの主役なんじゃないのか?」
「そこはそれ、この長岡志保さんの、国際ジャーナリストとしてのネットワークの勝利なのよ」
 
 志保は偉そうに胸を反らす。
 
「…ま、いいか。二人ともいらっしゃい。歓迎するよ」
「こんにちはです、芹香さん、綾香さん」
「…」(訳:こんにちは、浩之さん、マルチさん)
「ありがと、浩之。こんにちは、マルチ」
 
 俺は二人を居間へと案内した。
 
「あ、ちょっとお、あたしへの挨拶は?」
「うるせーな。良く来たな、志保」
「何よ、ぞんざいね」
 
 文句を言いつつ、志保もついてくる。
 そして、パーティが始まった。
 
 
 
 ………。
 なんだかんだいいつつ、パーティは楽しかった。
 たわいもない会話、何のことはないゲーム。
 そういったものが、とても楽しく思える。
 俺は、この貴重な時間が、いつまでも続いてくれる事を願った。
 
 マルチも、パーティを楽しんでいた。
 こういった集まり自体は、もう何度も一緒に参加しているが、やはり、クリスマスのパーティは初めてだからだろう。
 とても幸せそうだった。
 まあ、マルチが楽しかったのなら、パーティをした甲斐があったかな。
 
 あかりは、終始笑顔だった。
 あれは、心から楽しんでいる時の笑顔だ。
 長いつき合いの俺にはすぐに分かる。
 あかりの料理は、やっぱり旨かった。
 
 雅史とパーティをするのは久しぶりだ。
 同じ大学ではあるが、サッカー部の期待の星である雅史とは、あまり一緒に騒ぐ機会がない。
 次に雅史と遊べるのは、いつの日になるだろう。
 
 志保のヤツは、相変わらずだ。
 なにかというと口論になりかける。
 だが、結局は一度も口論しなかった。
 やはり、志保もリラックスしていたんだろう。
 
 芹香先輩は、やっぱり無口だった。
 でも、楽しんでくれた。
 俺には分かる。
 口には出さないが、目を見れば一発だ。
 先輩、良く来てくれたな。
 
 綾香もそうだ。
 本来なら、来栖川のパーティで主役だったろうに。
 帰ったら、また怒られるんじゃないだろうか。
 せめて、できる限り楽しんで行ってもらわないとな。
 
 
 
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
 ふと気付けば、もう夜遅いと言ってもいい時間になっていた。
 
「さて、と。そろそろ、私達は帰らなきゃね」
 
 綾香が先輩に呼びかけた。
 
「…」
「そうか、もうそんな時間か。どうやって帰るんだ?」
「ああ、大丈夫。いつものように、長瀬さんが…」
 
 綾香が言いかけると、
 
  キキキーーーーッ!!
 
「お嬢様方ーーッ!!」
 
 けたたましいブレーキ音とともに、あのじじいの声が聞こえてきた。
 
「…ね。これで帰るのよ」
「なるほどね」
 
 先輩と綾香が立ち上がった。
 
「さ、帰りましょ、姉さん」
「…」
「え、またお会いしましょう、って? うん、そうだね。また何かあったら、いつでも声かけてよ。待ってるからさ」
「…」
「うん、じゃあ、またね。二人とも、今日は来てくれてありがとう」
「いえ、楽しかったわよ」
 
 俺は二人を玄関まで見送った。
 そこには、やはりあのじじいがいた。
 
「お嬢様方、さあ帰りましょう」
 
 じじいは二人をうながすと、
 
「藤田様。二股は感心いたしませんな。日本男児なら、一人に決めるべきです」
 
 意味深なセリフを言う。
 
「…」(ぽっ)
「ばっ、馬鹿! 何言ってんのよ、長瀬さん!」
 
 何故か、二人は赤くなっている。
 
「まったくもう・・・。じゃ、じゃあね、浩之」
「お嬢様。私めの事は、セバスチャンとお呼び下さい」
「…」
「あ、ああ。またな、二人とも」
 
 三人は玄関から出ていった。
 俺が居間に戻ろうとしたとき、ちょうど四人が玄関に来た。
 
「浩之ちゃん、私達ももう帰るね。夜遅いし」
「ああ、そうだな」
「今日は楽しかったね、浩之」
「二人を連れてきてあげたのは、この私よ。感謝しなさいよね!」
「これがクリスマスなんですねー。とっても楽しかったですー」
 
 場がいっぺんに騒がしくなる。
 
「じゃあね、浩之ちゃん、マルチちゃん」
「またね、浩之、マルチ」
「二人に会えたのは、この私のおかげよ。たっぷり感謝しなさいよ!」
 
  …バタン。
 
 そして、三人が出て行ったあとは、急に静かになった。
 
「…皆さんお帰りになられましたね」
「ああ、そうだな」
「…」
 
 マルチは、心なしか寂しそうだ。
 
「マルチ。こういう時、二人だといいよな」
「…え?」
 
  ぎゅっ…。
 
 俺はマルチを抱きしめた。
 
「…あ、浩之さん…」
「一人だったら寂しくても、二人いれば寂しくないものな」
「…浩之さん…」
「な、マルチ?」
「…はい、そうですね。二人いれば、寂しくないですね…」
 
 
 
 寝る前、俺は何気なく窓から庭を見た。
 
「…お、あれは…」
「え、なんですか、浩之さん?」
 
 マルチが側に来た。
 
「外を見て見ろよ、マルチ」
「…わあ、これは…」
「…ああ。雪だ」
 
 雪が、降っていた。
 
「…雪を見るのって、初めてです」
 
 マルチがうっとりした声で言う。
 
  ガラガラガラ…。
 
 俺達は窓を開け、庭に出てみた。
 
「ホワイトクリスマス、だな…」
「はい…」
 
 しんしんと降りしきる雪。
 明日の朝には、溶けてなくなってしまうだろう。
 俺が雪をぼんやり眺めていると…
 
「…浩之さん」
 
 マルチが俺を呼んだ。
 
「ん?」
「…来年も、また、一緒に見たいです…」
 
 マルチは、小さな声で、そう言った。
 
「…ああ、そうだな。来年も、再来年も、ずーっと一緒に見ような」
 
 俺はマルチの肩を抱き寄せた。
 
「…はい。ありがとうございます」
 
 マルチも、俺に身体を預けてくる。
 俺達はそのまま、降りしきる雪を見ていた。
 年に一度の聖夜は、白いベールに包まれていった。