駆け足ソウル

ジョンシク

鐘閣の朝である。明日の今ごろは帰り支度をしているはずだ。江南のKCATを利用してみたかったが、今回はソウル−釜山−成田という帰路なので諦めた。ということで鐘閣にもう1泊することを決めた。昨日チェックイン(似合わないなぁ、これ)するときにいきなり日本語で「こんにちは、**さん?」と訊かれた。いつものアジュmマではなかった。このごろ、日本語を使うアジュmマに当たる確率が高い。日本語で返すか韓国語で通すか迷っていると、「韓国の方ですか?」と今度は韓国語で訊いてきた。「いいえ」と答えて次の言葉を探していると、奥からいつものアジュmマが出て来てくれた。「よくいらっしゃるお客さんなのよ。日本人だけど**さんじゃないよ」と助けてくれた。

韓国で韓国人に日本語で何か言われると「う・・」と詰まってしまう。自分の実力では日本語の方が会話がスムーズかな?とも思うし、同時に果たして相手は自分の日本語を全部理解できるんだろうか?という心配もする。その結果、困った顔で沈黙を守る国籍不明のアジア人と化してしまう。日本語アジュmマはどうやら「**さん」という日本人の到着を待っているようだった。いつものアジュmマが自分を部屋に案内しながら、そのあたりのことを説明してくれた。聞き間違いがなければ、日本語アジュmマの親戚からの紹介で日本人が泊りに来るらしい。アジュmマの様子は「同じ日本人が泊まっていて嬉しいでしょう」という感じだが、自分の気持ちはまったく反対である。知り合いならともかく、見知らぬ日本人に出会って喜ぶには自分の滞在期間はあまりに短い。日本人だけではない、アメリカ人でもフランス人でも、韓国にとっての外国人には興味がない、なんていうことをいつか自然な韓国語でサラリと言ってみたい。

さて、朝はまずトースト屋台に向かう。夜中にものすごい集中豪雨が降って、うるさくて眠れなかったが最後の1日だから睡眠不足は気にしていられない。地下鉄入口の手前にまずアジュmマの屋台があるが、ここはケチャップもしくはイタリアンドレッシングなのでパスする。数メートル先の角を曲ったところにアジョッシの屋台があって、ここは「ケチャップか砂糖か」ということをまず聞いてくれる。が、ちょっと作り方が略式で、焼いて積んであるトーストにスプーンで砂糖を注ぎ込むだけである。やや不満だがこの時間ではここで買うしかない。それから「ソレヌン」という、なぜか日本人(例えばル太ーさん・スーバクちゃん)に評判のよくないジュースを買って旅館に戻る。「ソレヌン」、「ソレヒャン」いずれも自分は好きな味だ。クセのある味だが慣れれば平気・・というレベルではない。初めて飲んだ時から何の違和感もなくお気に入りである。

旅館の入口で、同じ宿泊客らしい日本人の女の子2人組みに出くわす。ここで傘を借りてちょっと前に出かけたようだが、どうもその傘の具合がよくないらしく、自分が靴を脱いで下駄箱に片づけているところへ戻って来てアジュmマに英語で何か言っている。アジュmマが韓英比率9:1ぐらいの言葉で説明する。なぜかこういうときに限って日本語アジュmマがいない。どうも女の子の傘の開け方がまずかったみたいな話だったが、そこに立っているのもおかしいので、自分はコソコソと部屋に消える。何か助けを求められれば、もちろん知らん顔はしない。でも横から首を突っ込むつもりはない。自分もそうされたらイヤだからだ。

今日はジョンシク君に会ってからソニィに会う。なんだか知り合いばっかり訪ね歩くようになってしまっているなぁ、しかし1人でソウルを歩くことが、あまり面白いものでないことはわかっているし、だが・・と反省しつつ地下鉄に乗る。新林駅から地上に出て煙草を吸っていると、ジョンシク君が現れた。ジョンシク君はいつも時間に正確である。「Korean time」なる言葉は韓国人全員に通じるものではない。自分自身あまり時間に正確ではないので、むしろその言葉は日本人の自分にあてはまる。(と、知り合いに言われたことがある)

今日はジョンシク君を荷物持ちにさせないため、できるだけ軽装で来た。それでも「荷物持ちましょう」と言うから「大丈夫だ」と答える。前回の旅行記でジョンシク君を「あまりに良く書き過ぎている」と本人にメールで注意されたことがあったが、だからこそ「いいヤツ」なのだ。今回はイ・スンチョルのコンサートをテレビから録画しておいてくれた。「いま、こんなのが好きだ」と伝えると、すごいスピードで何らかの情報を与えてくれるのだ。 そして自分が韓国に来る時には何か土産が用意されている。自分も次はまた何か録画して持って来ようと思う。

今回はソウルで、名前は知っているがまだ行ったことがない街に連れて行ってもらうのである。これまでに素通りしてしまった「つまらなそうな」ところがいくつもあるが、「つまらなそうだから行かない」のと「行ってみたがつまらなかった」のとでは大きく違う。・・なんだか「つまらない」のが前提になってしまっているが、だからこそ連れが必要なのだ。その場でとりあえず浮かんだ地名が梨泰院(イテウォン)だった。

バスとタクシーで梨泰院に着く。メインストリートをザッと歩いて、自分は無情にも「つまらん」と言い放った(笑)。ガイドブックによると、夜になれば雰囲気も変わって、面白そうなところもあるらしい。昼間は買物をする意志がなければ面白いところではない。客引きのお兄ちゃんがあれこれ声をかけてくる。「なんでここは客引きが若い男ばっかりなのか」とジョンシク君に訊くが、彼もわからないようだ。どうやらこの辺りは梨泰院・昼の部である。夜になって賑やかになる通りはここではないようだ。そっちの方を歩いて見ようかと思ったが、こんな真っ昼間に行って面白くないのは明らかだ。「夜に来なければならん・・」しかしたとえ今が夜でも、学生のジョンシク君にこの街の夜の案内を乞うのは、ちょっと重荷のような気がする。金もかかりそうである。きっとこういう所は、数名の韓国の遊び人について行くのが正解だろう。が、いまそんな余裕のある知り合いはいない。
まぁとりあえず自分は「梨泰院に行ったことがある人」になったので、もういい。

そのあと新堂洞(シンダンドン)にどうして行くことになったのか、どうにも思い出せない。何か食べようとして、気に入った食堂が見つからなかったのは憶えているが、それでなぜ新堂洞へ向かうことになったのか、もうどうでもいいことだが、だんだん記憶力が衰えてきているみたいだ。新堂洞は去年、東大門市場(トンデムンシジャン)で迷っているうちにたどり着いたことがあった。

タクシーで新堂洞に近づくと、「新堂洞のどちらに?」と運転手に訊かれた。ジョンシク君が黙っているので、自分がいい加減に「ットッポッキを食べに来たんですけど」と答えたらそのアジョッシが急に笑い出した。「アイゴー」の連呼付きである。まぁ、確かにいい歳した野郎2人がわざわざタクシーに乗って食べに行く代物ではない。自分の暴言(?)にジョンシク君が困っていた。

ットッポッキなんか元々食べるつもりはない。プデッチゲが食べられる店を探した。またここでも「合わない!」と言われそうだがビールを注文する。ジョンシク君には「焼酎が好きなら焼酎を飲みな」と勧めたが、1人で1本飲むのはきついのだそうで、いっしょにビールを飲む。ラーメンの入っていない、変なプデェッチゲが出て来た。 ジョンシク君は自分に何も言わなかったが、たぶんこんなところで食べたのは失敗だったと思う。「プデェッチゲならどこそこで食べなくちゃ」という考えが彼の中にあったと思うが、そこはさすがである。彼は目上に対して失敗を咎めたりはしない。

新堂洞での収穫は「ホリケイン・パk」というMusic Shopの看板である。自分が初めて買った韓国音楽のCD、DJ DOCの「Summer」に同名の唄が入っている。まだスナック通いだけで韓国に来たことがなかった頃、ママの娘スヨンに勧められて、そのCDを近所の韓国雑貨屋で買った。ダンスにラップに過激な歌詞、という彼らがちょっとふざけて(かどうかは知らないが)唄った演歌調の曲が、その「ホリケイン・パk」である。最初の韓国旅行の直前に、「シンダンドンでそのホリケイン・パkに会って来る」なんて冗談を言ったのを思い出した。結局その時はこんな大きな看板すら発見できず、ただほっつき歩いただけで帰った・・だからその「ホリケイン・パk」看板は、自分にとってなんだかノスタルジックなのである。その写真を撮る自分の姿は、ジョンシク君には可笑しかったかもしれないが、自分は万感の想いを胸に(また大袈裟な!)シャッターを押したのである。

大学路(テハンノ)に移動する。ここもとくに用事があったわけではない。地下鉄で恵化(ヘファ)駅まですぐだから寄ってみたのだ。ここでも特記すべき感想はなく、「ふんふん」と通りを眺め・・いや大して眺めもせずに、 コーヒーショップに入ったりCDを探したりして時間が過ぎる。もしも韓国に初めて来たのなら、ソウルに初めて来たのなら、もっと新鮮だったはずだろう。まぁしかし明洞や梨泰院よりは雰囲気がずっと気に入ったので、また今度ゆっくり訪れると思う。

そうそう、自分は「ヘイジュルロッ」という名前の、1杯分ずつ袋入りタイプのインスタント(?)コーヒーを探していた。知り合いに頼まれたものだが、これがなかなか見つからない。コンビニで売られているらしいことはジョンシク君に訊いてわかったから、ファミリーマートやLG25を見つけるたびに入って探す。大学路を上の空で歩いていた最大の原因がこの「ヘイジュルロッ」だった。「なければいいさ」と投げやりな自分よりも、ジョンシク君の方が真剣に探してくれた。新堂洞あたりから探し始めて7軒目か8軒目に、ここ大学路でようやく見つけたような気がするが、どこで買ったのか正確に思い出せない。同時にパk・サンミンと某アイドルグループ(恥ずかしいから名前は書かない)のCDやら、アレアハングル3.0bのマニュアルやら、いろいろと探していたので記憶がごっちゃになっている。「ヘイジュルロッ」が見つかったのは、あるいは次に移動した鐘路(チョンノ)だったのかも知れない。しかもその「ヘイジュルロッ」の味がどうなのか、依頼人に全部渡してしまったからわからない。 ・・もう買物を頼まれるのはゴメンだ。

鐘閣駅でジョンシク君と別れる。また金を使わせてしまったなぁ・・次は「財布を持ってくるな」と言ってみようか。

ソニィ

漢陽大(ハニャンデェ)駅に少し早めに着いたので、少し前回の記憶をたぐりながら周囲を眺めて見る。学生しかいないという第一印象に反して、よく見るとアジョッシもアジュmマも歩いている。あの夜ソニィに見送られた改札、駅前から漢陽大に向かう道、ひとつずつ肯きながら思い出してみる。自分は1人で過ごすこういう時間がたまらなく好きなのだ。過去の短時間の印象に、自分の思い込みが加わって歪曲された街の映像を、もう1度訪れることで再描画する楽しみ、とでも言おうか。たとえ何も面白くなくても、「行ったっきり」にせずに2度3度と行ってみるとこういう楽しみ方もできる。

しかし、今日はそのために来たのではない。まぁまぁ好感を持ったソニィと、これからどんな話をするのか。「場所」と同じで、いやそれ以上に「人」は、初対面より再会の方が楽しい。そしてソニィが現れる。まず自分の脳味噌は、たった2ヶ月の間にソニィをかなり美化していた(笑)ことに気づく。あるいはソニィの方でも、自分に会うなりあわてて「再描画」したかも知れない。

前回と同じホプに入る。ソニィは風邪の治りかけという状態なのでビールは飲まないという。だったらホプじゃなくて、ちゃんと晩飯を食べられるところにすればよかったと思ったが、もう席についてしまっている。自分の彼女ならともかく、知り合って間もない相手を前に1人でビールを飲むのは、あまり面白いものではない。羽田で買った土産は、いちごホップやヨニィちゃんほどにはウケてもらえなかった。前回あんなに苦労して連絡をとり、今回再び会うことにしたソニィだが、ちょっと自分は物足りなくなっている。病み上がりだからしょうがないと理解しながらも、コップ一杯ぐらいなんとかしたらどうだろうと思ってしまう。

やや不満なスタートだったが、あれこれ話すうちにそんな気分はどこかへ行ってしまい、まぁ1人で飲んでもビールはビールだし、こういうのもいいか。・・と思った矢先に、竹島(韓国名は独島)問題で口論になった。こうやって仲良くなって行くのかも知れないが、あまり気分のいいもんじゃない。「独島をどう思います?」と訊かれたから、「あんなもの要らないから欲しければ韓国にあげる」と答えたのだ。本当は、自分のものか相手のものかよくわからないけどそちらに譲る、というニュアンスで言いたかったが「あげる」という韓国語しかわからなかった。すると顔色を変えて、「もとから韓国のものなのに(日本が)韓国にあげるとはどういうこと?」と反論してきた。「ああ始まった」と思ったが、今日の自分はあくまで戦うつもりである。次のようなことをまた言い返したつもりだが、語彙が足りないのでそのまま伝わったという自信はない。

「その近くで魚を捕って暮らしている人にとっては重要かも知れないが、個人的には独島なんかいらないし、日本にとってもあまり重要だとは思えない。だから韓国のものだと言うならそれでいい。しかし韓国にとっても独島がどのくらい必要なのか?いまの韓国は経済状態が悪いのだから、独島を手に入れることよりも、独島と引き替えにたくさんの金を要求する方がいいんじゃないのか。それに、外国とケンカしてる場合じゃないだろう。」

このまま韓国語にできたわけではないし、できたとしても不自然なもの言いだったかも知れない。そしてちょっと暴論だったかも知れない。でもヘラヘラとご機嫌とりをする気にはなれなかった。もっと過激な内容まで浮かんでいたが、この程度でやめておいたのだ。とにかくその時の自分には、ソニィの話の持って行き方が不愉快だった。ここ韓国で、しかも自宅の最寄り駅で、つまり完全にソニィのテリトリーで、日本から友好的態度で訪ねて来た客人に対してケンカをふっかけるような態度、それが気に食わなかった。もっと叱られて然るべき連中が韓国人に何も言われずにヘラヘラと闊歩しているのに、どうして自分がそれらを代表するように議論をふっかけられなければならないのか。自分に対して大韓民国が不満を持っているとすれば、「もっと金を使ってくれ」ということぐらいじゃないのか。前回の「サッカー日韓戦」や今回の「竹島問題」から大きく外れて、自分は一気に被害妄想にとらわれたようだった。

自分の主張は「竹島は日本のものだ!」なんていうものじゃないが、仮にそう主張したとしたらこの店の客も店員もすべてソニィの味方になるだろう。この街全体を眺めても、たとえ日本人である自分に好意を示す人でも、こういう問題では100%近くがソニィの味方だろう。おっかないアジョッシに囲まれてどつかれたら、「すみません、独島は韓国のものです」と言わざるを得ないだろう。そんな背景に守られた環境で、「日本のものだと言えるものなら言ってごらん」という威圧的な空気を自分は感じた。この領土の話は向こうが正論かも知れないが、日本の気に入らないところをいちいち自分にぶつけられちゃかなわない。

また一方で、ソニィにそんな意地悪な意図がないのもわかっていた。ただいろんなことを話したいだけだろうとわかっていた。だからどこかで退かなければいけないと思いながらも、しかし自分はニコリともせずに上のセリフを言い切った。せっかく何ヶ月も日本にいながら積極的に日本人の友達を作る努力もしなかった(あるいはできなかった)くせに、短期の旅行の間だけでも韓国人の中に溶け込もうとしている自分に、どうしてわざわざ気分の悪い話をするのか・・なんていうことまではもちろん言わなかった。

やがてソニィが笑い出した。「この前も今日も、1度はケンカになりますね。実は私だって独島なんか要らないわ」自分だってこのまま口ケンカを続けるつもりはない。「僕が決めてもいいなら、独島はいつでも持って行っていいから」と笑って見せた。お互いにちょっと退いたから5分程度の険悪ムードで済んだが、自分はこのあとあまり面白くなかった。もっと個人的な問題についての意見衝突なら、その時の口論は相互理解の一環として意味があると思う。しかし国家間の争いをいまここで語って何になるのか?いつでも韓国が正しくて日本が悪いのか?日本の良いところを経済以外に知ろうとしないのか?当たり障りのない話題で仲良くしながら、自分の頭の隅にはちょっとモヤモヤが残った。

それでもかなりの時間をホプで過ごした。詳しく書いていないが、楽しく歓談もしたのである。よくしゃべり、よく笑い、同じ店に来ていたソニィの友達(彼氏とデート中だったので同席はしなかった)にも紹介され、ソニィと自分の距離はまた近づいたはずである。しかし今思い出すソニィの顔は、尖った目付きで「独島は韓国」を訴える顔である。だからもし今、ハラボジに「どうだ?」と訊かれたら、たぶん「まだよくわかりません」と答えるだろう。社交辞令で「いい子ですねぇ」ぐらいは言うかも知れないが、「いい子だからこの先どうしたい」なんていう話は、あの表情が邪魔をしてできそうにない。まぁ、友達以上にはなれないだろうと思うのである。

帰路

最初に述べたように、釜山経由で成田に帰る。旅館近くのコンビニで職場への土産に「アカシア」というガムを1箱買う。香料の効いたこのガムはあまり評判がよくないようで、封を切って1枚抜いて、そのままになっている姿をよく目にする。自分は1枚も噛んでいない(笑)ので、なんともフォローできなくて残念だ。

釜山の金海(キメ)空港で国際線ターミナルに移動して、予定時刻の1つ前の便に乗ることになった。1つ前の便と言っても、台風の影響で1時間遅れだそうだ。旅館でニュースは見ていたが、関東に上陸したこの台風のことは空港まで知らなかった。時間があるので最後にテンジャンッチゲでも食べようと、空港のレストランに入る。ところが韓国式の食事はメニューになく、しかも高い。仕方なく6千ウォンのサンドイッチを食べる。味は機内食以下である。

自分はせっかくだから成田空港に降り立つまで韓国語に浸かっていたかったが、土産売りのアジュmマに日本語で「いかがですか」とか何とか言われてしまい、気分を害されてちょっと意地悪が言いたくなった。「何もしゃべってないのに、自分に対してどうして日本語なのか」というようなことを、しかし丁寧な言葉で訊いた。さらに「韓国人か日本人かわからないのに、どうして日本語で話しかけるのか」と、丁寧な言葉で続けた。アジュmマは困ったように「韓国の方ですか?」と言い、自分は「いいえ」と答えて土産コーナーを離れた。ちょっと説明できないイライラに包まれていた。頼むからあと少しだけ、日本語から隔離させてくれ。国際空港に望むにはちょっと理不尽な要求だが、自分の言い分としては、案内所やチェックインカウンターには日本語の堪能な人が必要だろうが、 土産物なんか言葉が通じなくたって買えるだろう、ということだ。

成田へ向かうJALに搭乗した瞬間、自分の旅行は完全に終わった。隣りの客もスチュワーデスも日本人、韓国の新聞もなし、韓国語の機内放送は録音されたものだ。だから「台風で1時間遅れたお詫び」は、日本語と英語だけだった。オマケに隣りのオッサンが席が違うと日本語で言って来る。自分を日本人と信じて日本語で話しかけやがった!自分はかなり不機嫌な顔で座席のアルファベットの配置を説明した。いま考えると笑ってしまうが、自分はそのまま成田までふくれっ面をしていたのである。


旅行記7・完

旅行記7−4
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