韓国経済が大変なことになって、というより大変なことにみんなやっと気が付いて、韓国は混乱した。
自分はその上っ面しか知らないが、それは身近なところへ波及していた。出発2日前に、ヒョンに頼
まれていたごま油の件で久しぶりにママに電話をすると、あの江南の店「ナルト」を売り払ってしま
ったという。それでとりあえず金ができたので、日本に遊びに来るという。自分は呆気にとられてし
まった。不景気で店を売るまではわかるが、何もこんなときに日本に遊びに来ることはないのにと思
った。ただでさえ日本への旅行は高くつく上にこのウォン安である。次の仕事探しが先だろうと思う
のは、自分が日本のサラリーマンだからだろうか。
まぁ自分がごちゃごちゃ言っても何も変わらない。ヒョンと奥さんと2人の子供が翌日、つまり自分
の出発の前日に来ると言うのだ。ヒョン一行が帰国すると、入れ違いにハラボジとハルモニがグアム
へ旅行する予定だと聞いて更に驚いた。そんな余裕があるんだろうか。
いろんなことに驚いてすぐソウルへ電話を入れた。ヒョンは出かけており、ハラボジが電話に出た。 とりあえず自分の日程と、店の件をママに聞いて驚いたことなどを伝えたが、ハラボジはなんだかの んびりと笑っていた。突然の電話だったからか、ハラボジが韓国語だけで話すので半分以上わからな かった。実際に行ってみて、それまでと変わらぬ様子を見たから今はいいが、その夜はちょっと不安 になったのである。韓国はいま、すごいことになっていそうだと。
出発前日、会社ではいろいろと忙しかった。有休のとりにくい人が読んだら怒られるかも知れないが、 正規の休暇の2日前から休むので、ミニ大掃除などの雑務をやりながら仕事の区切り作業などに追わ れた。帰りがけに「よいお歳を」なんて言っても誰も相手にはしてくれない。自分も去年まではムッ とする側だったから仕方がない。逆にみんなでニコニコして「頑張って来いよ」なんて言われても気 持ちが悪い。
体調はあまりよくなく、できれば明日からのために部屋でのんびりしたかったのだが、大事な人の来 日だからと、自分はてれてれと自転車でママの店へ向かった。ヒョンはまだ来ておらず、アジュマガ ッシと無意味な時間を過ごした。やがてヒョン夫妻が現れた。そしてやはり、今回は自分が先に手を 出して握手した。子供はスナックには連れてこなかった。
話すほうは久しぶりの韓国語だったが、この2人とはなんだか会話になるのである。日本が初めてで はないが日本語をほとんど知らない親子4人が、成田空港から人に訊ねながら京成(スカイライナー ではない)に乗ってJRに乗り換えてやってきたというから感心した。なんでも出迎えをあえて断っ たのだそうだ。その方が面白いという。
店売却の話、サッカーの話、滞在中の予定の話、そのうち客のカラオケがうるさくなったので喫茶店
に移動して話していた。訪韓直前にかなりよい練習になった。地域柄、喫茶店内で韓国語で話してい
てもあまり違和感はない。・・・と思ったのは自分だけで、隣のテーブルの客も店員も「ん?」とい
う顔をしていた。このごろは韓国人と話すと「やっぱり本物はうまいなぁ」などと、当たり前の韓国
語に感心してしまう。
2人と話しながら、この2ヵ月半の間に少しも勉強が進んでいないことを後悔していた。まさにイン ターネットのためである。会社でちらちらとホームページをのぞいているうちはまだよかったが、パ ソコンを買ってしまい、自分でホームページまで作ってしまった今はろくに教科書も読んでいない。 耳だけはKNTVの垂れ流しで少しずつだが慣れてきているが、韓国語の語彙はほとんど増えていな いし、押さえるべき文法の基礎もまだまだ残っている。現時点の韓国語のレベルでは、初対面の韓国 人は確かに「学院に通わず1年でそこまで・・・」と驚くと同時に友好的(誰でもというわけではな いが)姿勢を見せてくれる。が、2度、3度会ううちに次第に自分と会話することが苦痛になってく る。これは日本に外国人が来る場合も同じことだ。
4,5年前に自分の職場に中国からの研修生が来ていた。直接の担当者を除いては皆、遠巻きに見て いたのだが、自分はむしろ積極的に接していた。それぞれ親切心は持っているのにどこか逃げ腰だっ た。こんなところから、日本人は冷たいとか差別的だとか思われるのかも知れない。当時から自分は 職場の「ことなかれ主義」を感じていたのだ。 2人いた研修生は、自分より少し年上と同期(?)の、いずれも妻子持ちであったが、かなりの難関 を突破しての来日であるから、自分などよりずっと優秀であった。日本語も驚異的なスピードで憶え ていたのだが、それでも自然な日本語とは程遠かった。今はそれで当たり前だとよくわかるし、彼ら のおかしなアクセントも、言葉が出てこない時の「あー」とか「えー」とかいうつなぎのうめき声も、 親身に我慢できる自信があるが、当時は次第に彼らから遠ざかってしまった。もっともその2人が仲 たがいをして、一方に親しくすると他方が不機嫌になるという状態も手伝ったのだが、客観的に述べ ると、自分は彼らの日本語に耐えられなかったのである。 だから、ネイティブは無理だとしても、「長くしゃべらなければ外国人だとばれない」程度のレベル には達したい。初対面の「お上手ですね」は誰でも言ってもらえる。問題はその先なのだ。
自分はこれまで、そしてたぶんこれからも、旅行者として韓国人と接するからその2人の中国人と同 じ立場ではない。さらに誰からも流暢なしゃべりなど要求されていないのだが、もっとレベルアップ したいのだ。インターネットを楽しむのは悪いことではないと思うが、自分がそもそも何をしたかっ たのかという原点に戻れば、ハングルでメールのやりとりをすること、旅行記を韓国語で書く(これ は何年も先だろうけど)こと、であったはずだ。そのためには基礎はちゃんと固めなくてはならない と思う。「自分は初心者」という意識がある今でしか読む気になれないような教科書を、何度も読み 直したり丸暗記したりしなければならない。インターネットもいいが、ここで本線が止まってしまっ ては、あのスナックの常連オヤジと紙一重かも知れないのだ。
そんなことを、実は考え込んでしまった。学期末のテスト直前に考えることに似ている。趣味を遊び でできない・・・ずっと前からの性分である。「浅く広く」が嫌いで、「細く長く」もあまり好きで はない。そして飽きたらしがみつかない・・・大丈夫だろうか。
今回の旅行は韓国発のホームページを通して初対面の人達(1人を除いてみな日本人)に会いに行く 予定が含まれる。これは内心、かなり複雑だった。インターネットの深みにはまる警戒感、韓国へ行 くのに日本人に会おうとしている違和感、しかし掲示板を通して知る面白そうな人達への好奇心、そ んなものが錯綜していた。結果的にはその会合に参加してよかったのである。1人で「バスに乗れた」 「遠くまで行って来られた」等も自分には大事な経験だが、人それぞれの韓国とのいろいろな関わり 方を知り、韓国へ旅行することと韓国で暮らすことの違いを教わり、これはこれで有意義な時間だっ たのである。