良いことなのか悪いことなのかわからないが、今自分の旅行に対する評価基準は、いかに長い時間を韓国語会話に費やせるかということである。そういうわけで、約束した相手に急にキャンセルをくらったりすると、それがやむを得ない事情であっても、とりあえず不機嫌になると同時に落ち着かなくなる。ファンクラブの集いなんかに顔を出したがるのも、そういう心境からか・・・いや、自己分析はこの辺でやめて、旅行記に戻る。
オクチュと待ち合わせたのは夕方なので、ゆっくり眠ってから昼過ぎにユッケジャンを食べ、日本に帰る前に今回飲んでいた薬を大量に(と言っても1週間分ほど)買っておこうと、あの薬局に入る。入りながら「辛いものと熱いものはダメ」と言われたことを思い出し、ひそかに口元を拭う。あのときのアジュmマは不在で、その旦那らしきアジョッシに薬の処方を頼む。アジョッシは、もっといい薬(薬、とは言わなかったかも知れない)があると言って、ビニールに入った茶色の液体を勧める。これが何なのかよくわからなかったが、この次の旅行で再度聞いたところによると、どうやら鹿だか山羊だかを丸ごと機械で絞って作るという、あれらしい。この日はその場で、温めたヤツにストローを差して飲ませてくれたが、あまりうまくはない。かと言ってそれほど不味くもない。「日本の方もたくさん買って行かれますよ」と何度も勧めてくれるが、何より重そうなのがイヤで買う気にならない。ちなみにその次(旅行記13)は所持金が乏しくて買えないのだ(そう言えばカードは使えるんだろうか?)が、とにかくすごく体によく、特に自分の体質には効果てきめんであるらしいので、今度旅行するときには買ってしまうかも知れない。
当初の目的であった、扁桃腺対策の抗生物質入り風邪薬1週間分と、胃腸薬を買って薬局を出る。この日の自分は知らないのだが、実はこのあと韓国の薬事法が変わってしまい、この抗生物質は好きなように買えなくなってしまうのである。韓国のことだから、まだ過渡期のうちなら薬局の人も融通が利いて、頼みこめば売ってくれそうだが・・・今となってはまず売ってくれないだろう。もっと大量に買っておくんだった。
運転手が「ここがチャンガムン(チャガムン?)だけど」と教えてくれたところで降りる。バスを降りてすぐにその門を確認したら、チャンアンムンと書いてある。(正直に言うと、門で確認したのかバス停の名前で確認したのか、忘れてしまった)あとで調べたところによると、そこは水原城(スウォンソン)の長安門(チャンアンムン)で、やはり通称が北門であった。アルバイト中のオクチュに電話をかけると、「今行きます」と言う。なかなか現れないので自分のいる場所が間違ってるんじゃないかと思ってもう一度電話をかけると「もう行きます」と言う。ベンチに座ってスポーツ新聞を読み(見るだけ)、タバコを吸い、さらに何度か催促の電話を入れ、結局20分ぐらい待ったころに、ようやくオクチュが現れる。
今日は私がご馳走します、とオクチュが言う。自分は有意義な時間、つまり韓国語漬けの時間、につきあってもらえたらそれで満足で、むしろこっちが奢ってもいいくらいだが、これまでの経験から黙ってしたがう。オクチュは化粧をちゃんとしないで、今日みたいにざっくばらんな服装でいるほうがきれいだなぁと思いつつ、それを本人に言ったのか言わなかったのか覚えていないが、とにかく今回、4度目に会って初めてきれいだなと思う。なんと言うか、ミスコリアとかスーパーモデルとか、そういう「きれい」とは違う、爽やかで清潔感にあふれ、お高くなくて媚びてもいない、もし自分がオクチュの同級生ならこういう捉え方は決してできないであろう、つまりなんだ?自分が歳を食ったということか?・・・またどうでもよいことを書き始めようとしているので、先に進む。
スウォンと言えば、カルビである。なぜそうなのかはよくわからないが、そういうものなのだ。オクチュに連れて行かれた店は、何やらいろいろと勲章を備えた店で、誰だったか思い出せないが偉い人も訪れた店(あまりにもいい加減な紹介文になってしまう^^; 今度また訊いてみよう。)だそうだ。オクチュは下戸なので、自分だけビールを飲みつつ、肉を食う。確かに美味い!どんな風にどれだけ美味いのか、説明に困るのだが、たとえば・・・人が何かを食べて「美味い」と感じる条件がいくつかあると思うが、とりあえず満腹状態ではなく、昨日食べたばかりでもなく、体調が悪くなく、食事中に厭なストレスを与える要素(その場にいてほしくない人間がいるとか)がなく、さらに経済的に負担がなければ、人は「美味い」と感じると思う。いま食べたカルビは、そのすべてが逆でも美味いと感じるほど、美味い。これまでいろんなところでカルビを食べて来た自分が、これだけ長々と「美味い」ということを説明するのだから、間違いなく美味いのである。そして、この店の名前とか所在地をまるで覚えていないことからも、いかに美味いカルビであったかがわかるのである。(詭弁だ)
オクチュはちょっと無理をして(いまはもう就職したが、このときはアルバイト生活だった)ご馳走してくれたようで、自分は美味いものを腹一杯食べた満足感と、すまない気持ちと、有難い気持ちとが錯綜しながら、何度も何度も美味かった、と告げる。オクチュはカルビのあとのコースまで考えて来たようで、坂道を上ったところに市内を見渡せるコーヒーショップがあると言う。腹ごなしの運動を兼ねて歩いて行くと、途中でオクチュが電話をかける。ミッシンか誰かに用事があってかけるのだと言いつつ・・・なんだか変なやりとりをしている。間違えてまるで違う相手にかけてしまったようだが、そのうちオクチュは顔色を変えて立ち止まる。何度も「すみません」と謝ってから電話を切り、そしてしゃがみ込む。「???」という顔の自分に向かって、「スンチョリオッパ・・・」と震える声で告げる。自分も何がなんだかわからないが、当のオクチュはパニック状態である。「なんで?なんでスンチョリオッパが・・・」こればかり繰り返している。
コーヒーショップで落ち着いてからオクチュが言うには、誰かにミッシンの電話番号を訊いて、その番号にかけたのだが、なぜかそれがイ・スンチョルにつながってしまったらしい。スンチョルも驚いたようで、「誰だ?オクチュか?なんでこの番号知ってるんだ?」と訊かれたのだが、オクチュはスンチョルの何倍も驚いたために、まともな受け答えが出来なかったと言う。そして「このことは絶対に秘密ですよ」と自分に念を押す。自分も勢いに押されて「うん、わかった」とは答えたが、事態がよく飲み込めていない。さらに聞くと、その電話番号は、スンチョルがファンクラブとの連絡用に使っている、一部にだけ公開している番号ではなく、本当のプライベートな番号であったらしい。自分がミッシンと信じてかけた電話番号がどうして、その番号なのか、オクチュは理解に苦しんでいるようだ。・・・この件はいまだに謎のままである。
外観も内装も洒落てはいるが、ここはコーヒーショップである。いやしかし、ただのコーヒーショップでこの絶景なのである。絶景と言ってもスウォンの市街を見下ろすのだから、夜景としてはそれほど大したものではないが、窓側の席からそれが見下ろせて、決して混み合いそうもなく、暗めの照明で静かな音楽で、実にいい感じである。こんなに落ち着いてコーヒーが飲める環境は、日本の都会でも田舎でもありえないのではないだろうか?いや、まったくないとは言わないが、どうせ混んでいるか気取っているかで、自分は行く気にならない。・・・そもそも喫茶店にしばらく行っていないのだが。しかしここ韓国では、あちらこちらにこういうコーヒーショップ、つまり喫茶店があって、コーヒーの味さえ我慢できれば(ここがちょっと×なんだが)物思いに耽るもよし、彼女と見つめ合うのもよし、大人は落ち着けるし子供は背伸びできるし、うらやましい環境である。それは立地条件だけの問題ではなく、そもそも店の作りがどこもやたらロマンチックであって、オッサンの団体はちょっと遠慮したくなるような雰囲気だからなのだが、しかしこの店はちょっと経営が心配である。
その空間で、スウォン市街を見下ろす窓を背に、オクチュが語る。自分の半生、自分の意見、自分の将来、とにかく万事に一生懸命で前向きなオクチュは、熱心に語る。どうか大きな壁にぶつからずに生きて欲しい、でもそうはいかないものだよなぁ、と思いながら、自分はところどころ聞き取れない部分で話を遮っては違う言葉で言い直してもらい、オクチュの言葉の全面理解に努める。
帰国前日の長時間の韓国語会話・・・たぶん日本での日常では発揮できないほどの語学力を有する自分。しかしこれが帰国して1週間、いや1日でも日本語ばかりしゃべってしまうと、一気にすたれてしまう。こんな日がせめて1ヶ月続いたら、何段もの階段を上ることができるのに、といつも思う・・・が、これはオクチュを前にして考えたことではなく、この日を思い出している今日現在の考えである。オクチュに見送られてバスに乗り、地下鉄に乗り、チョンノに戻った自分は、ただ名残惜しげに繁華街をふらつくのである。
さっきNW010便で隣だったおねぇさんは、もしやここを見てたりするんでしょうか?
座席のダブルブッキングで立ち往生させられ(実はその5分前に私も)
べらんめい調の日本語をしゃべる韓国人おとっつぁんに話し掛けられてたあなた!
常磐線の某駅のあなた!!機内食のチョコレートを私にもらったあなた!!
(実は食べたくないから押し付けた^^;)
韓国のモーテルはですね、2万ウォンぐらいからあります。
だからあのおとっつぁんの言葉は信じないように
そう、帰りは自分と自分の前の席の茨城のおねぇさんが、ダブルブッキングでしばらく立たされたままだったのだ。結局、席がかぶっていた老夫婦(だったかな?)が前の席に並んで座り、茨城のおねぇさんが私の隣に座った。3人掛けの座席の、通路側に自分、真中にそのおねぇさん、窓側にべらんめい韓国アジョッシ。まぁよくしゃべるおとっつぁんで、韓国のホテルは高いけどモーテルなら4〜5万ウォンで泊まれるよ等と教えたかと思うと、自分の身の上を語り、そのうちおねぇさんの降りるJRの駅まで聞き出し、(おねぇさんも人がいいのか、聞かれるままに答えてしまうのだ。おとっつぁんと方角が同じだったらどうするんだい!)後半の小1時間はしゃべりっぱなしである。いったいどこまで話が進展してしまうのか、と心配(?)し始めた頃に飛行機は成田空港に着陸した。旅の思い出に浸るも何もあったもんじゃない。終わりまで完璧な旅行というのは、めったにないのだ。