食べ終わって、ヒョンに電話をかけてみる。ヒョンが新しく店を始めたという話を聞いていたので、一度顔を出さねばなるまい。月曜日だから休業ということはないだろう、いや月曜日だから休業かも知れない、という心配をよそに、今日も元気に店を開けているという。そのまま地下鉄で三成(サムソン)駅に向かう。そしてふと考える。何か開店祝いが必要ではないのか?
こういうとき、韓国では何を贈るものなのか?---わからない---正式かつ儀式的なものは、知識もなければ興味もない。自分はとりあえず、ヒョンをがっかりさせないものであれば何でもよい、と思う。どうせ何か贈り物---子供のためのケーキ等以外の特別なもの---を持って、自分が現れるとは思っていないだろう。ちょっと驚かせ、ちょっと喜ばせ、ちょっとのあいだ店を飾っていてくれるもの・・・花束か?・・・という考えに至って、花屋を探す。ここはKCATのあるところで、かつてキムチ博物館を探してうろついた場所でもある。ちなみにそのキムチ博物館はいつも工事中で、いまだに見ることができていない。もう今ではどうでもよくなっているが、少なくともこの貿易センター地下やKCAT近くをうろついた経験は、無駄にはならなかった(と思いたい)。
花屋は結局、多くが工事中の貿易センター地下をつきあたってからまた戻り、ヒョンの店がある方向とは反対の地上に上がって、ようやくみつかる。まずは「W5万の花束」と言ってみる。知人が食堂を開店したので、その贈り物だとも言う。すると花屋のアジュmマが、それならこっちの植木の方がいいでしょう、と言い出す。つつじに似た(あるいはつつじそのものかも知れない)ピンクの花を咲かせた鉢植えである。花束より日持ちはする。しかしこれを駅の反対側にあるヒョンの店、しかも場所を探しながら行かねばならない場所に運ぶのは、かなり苦労しそうだ。「この近所だけど、配達してくれます?」と訊くと、夕方5時までには届けられると言う。そこで「なんかややこしくなってきたなぁ」と思いながらヒョンに電話をかけて、花屋のアジュmマに代わってもらう。ヒョンから店の場所を説明してもらう方が早いからだ。あとでわかったことだが、このときヒョンは、自分がまさか贈り物の鉢植えを届けさせようとしているとは夢にも思わず、ただ道に迷って困った挙句に電話して来たのだと思ったそうだ。失敬な!!
再び貿易センター地下を通って地上に出る。工事中でなければもっとスムーズに行けるのだろうが、「空港ターミナル」の標識が途中からまるで当てにならず、行き詰まってしまったので地上に出たのだ。KCATの脇を廻って正面に出て、もう一度電話をかける。まもなく向こうからヒョンが歩いて来る。元気そうである。それなりの挨拶をして、そのまま少し進んだところで広い道を渡る。KCATの隣には建てかけ(現在はどうか?)のビルがあるが、ヒョンの店はその真向かいに位置する。名前は「メkチュ モッコ」といい、「メkチュ」はビールのこと、「コ」は濃音で口をすぼめる方の「ッコ」になっている。どうしてこういう表記になるのかを訊いてみたが、よくわからなかった。背景がオレンジ色の看板で、最近の流行なのか、URLアドレスみたいにwwwを付け、「.com」だか「.co.kr」だか忘れたが、そういうものが「メkチュ モッコ」の横に書いてある。店の前にヒョンのワンボックスカーが見える。この車を見ると、ハラボジからテジュンまで、ヒョンの家族すべての顔が頭に浮かんでくる。
中に入ると、ヒョンス(兄の嫁:以前どこかで説明したような気がする)も元気そうに挨拶してくれる。店は、昼間はメウンタン(具はタラとかナマズとか・・・前の店と同じである)等で食事をさせ、夕方からはホプ(これも以前説明したはず。生ビールを飲むところ)になる。まぁ一杯飲めやということで、生ビールを・・・注いでみろと言うから、教えられるままにジョッキに注ぐのだが、自分がやると泡ばっかりになる。それは捨ててもう一度挑戦すると、やっと下半分がビールという状態になる。もったいないのでそのまま飲む。イ・スンチョルとSESのコンサートを観たと報告するが、この夫婦にはどちらもピンと来ないようで、コメントは「SESを観に行くなら、ユジョンも連れて行ってやればいいのに」だけである。・・・はぁ〜(--#)
市場へ買出しに行くのでついて来いと言われ、車に乗り込む。なにか大きな荷物でもあるのかと思ったが、ただ自分が退屈だろうから連れて来たようだ。途中でヒョンの友達を乗せ、中華料理の店でッチャジャンミョンを食べる。何度も耳にし、何度も「うまい」と言われたッチャジャンミョンだが、自分にはいまひとつである。イメージとしては、コシのある細めのウドンに真っ黒でやや甘い味噌をかけて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べる。見た目はハッキリ言って不味そうである。これを子供のころから食べている韓国人にはたまらないのかも知れないが、自分にとってそれは、グロテスクなくせに薄口でやや甘味のある、まったく魅力のない代物である。ヒョンに感想を訊かれたので、正直に答える。「不味い」と言うよりも「なんの味もしない」と。韓国語では「味がない」=「不味い」ということなので、ここは説明に工夫がいる。自分に「もうお前は韓国人だ」などといつも言っているヒョンだが、こういうときに外国人であることを認識するようだ。ヒョンと友達が「ここはッチャジャンミョンのうまい店なのに」と不思議そうな顔をする。関係のない話だが、このヒョンの友達には以前ビリヤード場で会っている。その時は知らなかったが、ヒョンによると彼は株式投資の天才であると言う。IMFのリストラで失業してから、それまでの貯蓄を元手に大儲けしたらしい。ヒョンが株を始めたのも、そこそこの利益を得たのも、この友達のおかげだったのだ。ヒョンの友達は一流ホテルマンやら芸能人やら株の天才やら、バラエティに富んでいて面白い。
店に戻ると花屋から鉢植えが届いていた。自分がそんなものを贈ることが意外だったようだが、そう思われることが自分には意外だ。自分だってもう35であるから、店の新規開店に手ぶらで行ったりはしない。韓国語がまるで子供のレベルだから、ついつい歳の離れた弟のように感じるのかも知れない。まぁそれでも喜んでもらえたので、自分としてはしてやったりなのだ。
隣の店の社長だという、強欲そうなアジョッシが入って来る。自分はスポーツ新聞を見ていた(読んでいた、と言いたいが)のに、いつの間にか巻き込まれる。「いま日本で何を売れば当たるか?」という内容である。そんなことを訊かれたって困るではないか。うかつに答えて、(まさかとは思うが)そのまま鵜呑みにして日本に進出し、しかし鳴かず飛ばず、という大失敗でもされたら大変だ。この話題には強欲アジョッシよりもヒョンが積極的で、以後何かと意見を求められつつ、今日に至っている。近い将来、自分はその手伝いをすることになるかも知れない・・・そのときそう思ったが、幸か不幸かまだ実現してはいない。
日々新たな、かつ強烈な思い出を作って旅行が終わる。JALなんかを利用すると、金浦空港での出国手続きと同時に「海外」が終わってしまうのだが、それでも成田で入国するまでにはささやかな悪あがきを試み、しかしスチュワーデスも隣・前後の乗客も日本人とわかって旅行は強制終了させられ、目を閉じて旅行日程を反芻するしかなくなり、気がつくと成田空港で外に出てタバコを吸っているのである。
京成のホームに向かう途中で携帯の電源を入れると、まもなく着メロが鳴る。ひのみかりんの明るい声である。「GWのチケットとれたよ!」・・・そう、また来月行くのだ・・・休みがとれるのか?・・・休みをとって大丈夫なのか?・・・複雑な心境がそのまま声の調子に表れたようで、「もっと嬉しそうにしてよ!」と叱られる。苦笑しつつ礼を述べつつ電話を切ると、「行けるのか?じゃなくて、行くのだ!」と自分自身に言い聞かせる。