Created: 2002-01-01@326
Updated: 2002-02-24@195

footmarks 2002-02

2002-02-24(その03)

Life with MacOS Xの2月23日の記事で

知らない間になんかいわれてたらしいので

とのことですが、前回述べたような話はそれこそRhapsodyの話が出てからここ数年の長い間、これまで見聞きしてきたことをまとめたものでした。白山さんが2/13に書いたことに対して直接にどこかで何か書いてあったかというと、それは見当たりませんでした。ちょっと誤解を生んでしまったようですね…。

私は「枝葉末節」と書いたのは、Terminalが標準でインストールされるかどうかの話で、個人的にはコマンドラインが使えることを喜んでいますし、使えることによって利益を得ています(それでも、1週間に1回使うかどうかなのですけど…)。「代替を用意することは簡単」なので、標準でインストールされているかはたいしたことではないという、それだけの話です。シェルを扱える人が、Terminalのようなアプリケーションを用いることによって利益を得ることができるのは、Mac OS Xの利点の一つだと思います。

ただ、白山さんのおっしゃるような、Terminalを全面的に排除するように言う向きがあるというのは、私はそうは感じていなくて「使いたい人が使えるようにしておければよい」「オプションインストールにしておけば?」というくらいの声しか聞いたことが無かったものですから、前回のように書いた次第だったのです。ただ、実際に白山さんがそのように言われた経験がお有りなのでしょう。だとしたら私も白山さんと同じように反論することでしょう。

2002-02-24(その02)

itQuartz 1.0b0の英語版ホームページの本格運用を開始しました。(実は英語版のページも、“itQuartz”という名前も、10ヶ月前から在ったりしたものなのですが…)

2002-02-24(その01)

ちょっと前になってしまうのだけど、Life with MacOS Xの2月13日の記事でで白山さんがMac OS XにおけるTerminalの存在について書かれていました。そこで、白山さんは

端的に言うと「Terminalがあるから、コマンドラインに頼る」という発想がそこにはあるように見えます

と書かれています。

でも、多分「Terminalがあるから、コマンドラインに頼る」というコンテキストが出てくるのは、ユーザがコマンドラインを使いたいという選択をすべて禁ずるというものではなくて、ユーザが体験するMacという環境の中にコマンドラインという手段を強要して欲しくないという意味合いで使われることが多かったように思います。

つまり、Mac OS Xのデベロッパー、すなわちいろんなアプリケーションの開発者だったり当のApple自身だったりする側の人たちに、アプリケーションのインストールだったりトラブルシューティングにコマンドラインを極力使わないようにすること、すなわち「コマンドラインに頼らないで」という声につながってるんじゃないかと…。そういう「普段の作業」をするのにコマンドラインを強要されるのではないかという危惧が、何らかの恐怖感を与える要因になっているのですね。このことが

疑問なのですが、Terminalの有無で一体何が変わるというのでしょうかね?Terminalが存在するだけで、MacOS Xの使い勝手が悪くなる?まさか(笑)

に対応する答えじゃないかと思うんです。

使いたい人はそれを使えばいい、でもそれを使うことを強要するのはやめてね…、という感じで、ちょっと白山さんが考えられているものとは違うような印象を持ってます。実際、昔のMac OSにだってコマンドラインツールは提供されていて選択肢としてあったわけだし、その選択自体を禁ずるような雰囲気でもなかったです。なので、繰り返しになりますけど「コマンドラインを使うことを強要されるイヤ」というのがこういう話が出てくる一番強い動機なのではないかと思います。なので、使いたい人は使えばいい、だから標準としてはインストールせずにオプションか何かにしておいて、という声が大きいのだと思います。たとえばDeveloperToolsのように、手軽に手に入れて追加インストールすることできるようにしたらいいんじゃないか、ということなんだと思います。

さて、そういう私もPublic Betaのころあたりにはこんなふうに「Terminalはオプションインストールにしておけばいいんじゃない?」派でした。ただ、実際に正式版がリリースされてきて今までの状況を見ていると、そんなに危惧することでもなかったように感じています。「普通のユーザー」が触るようなアプリケーション等のソフトウェアに関しては、インストールなんかもDrag&Drop一発で終了だったりインストーラーが用意されたりで、コマンドラインが強要されるようなシチュエーションは私がこれまで見てきた範囲では非常に限られているように思います。Appleが用意しているTILにTerminalを使うような記述が見られるという指摘もあるようですが、TILに書かれているようなことはTerminalを使うかどうか以前の話の問題であって、そのバグを解消することが一番の解決でしょう。

今でも「Terminalはオプションインストールにしておけばいいんじゃない?」とは思いますけど、でもそれをしてもあんまり意味はないなぁ、もうどうでもいい感じだなぁ、というのが正直なところです。たとえAppleがTerminalをオプショナルインストールはおろか、その存在を全くなくしてしまったとしても、サードパーティがその代替を用意することは簡単です。たとえば既にJTerminalのようなものが存在していることでも、それは明らかです(もちろん、これはJTerminalが提供されている労力を軽んじているのではなくて、Mac OS Xというものが持っている技術ベースを考えれば仕組み的にはそんなに大変なことではない、ということが言いたいのです)。それこそ「コマンドラインに頼る」ような「けしからん」デベロッパーがいればインストールの手順に以下のような一言を書けばいいのです。「このソフトウェアを利用するには、まずTerminalをインストールしてください」、というふうに。なので、最近ではTerminalが標準インストールかどうかというのは、私の中では枝葉末節のことだなぁ、と思っています。

2002-02-19(その01)

itWatchを改名した、itQuartz 1.0b0をリリースいたしました。ベータバージョンです。

2002-02-17(その02)

リンクとか備忘録とか日記とかさんの2月13日の2番目の記事で、なんとうちのアンカーの埋め込みを参考にされていたことを知りました。

私もmiを使っていますので、どのようにマクロを使っているのかのご紹介を…。

といっても特に特殊なことは何にもしていなくて、ごくフツーの初歩的なマクロで、次のような感じです。

<div class="article">
<h2><a href="footmarks<<<YEAR-4>>><<<MONTH-2>>>.html#footmark<<<YEAR-4>>>_<<<MONTH-2>>>_<<<DAY-2>>>_<<<SELECTED>>>" id="footmark<<<YEAR-4>>>_<<<MONTH-2>>>_<<<DAY-2>>>_<<<SELECTED>>>">●</a><<<YEAR-4>>>-<<<MONTH-2>>>-<<<DAY-2>>>(その<<<SELECTED>>>)</h2>
<p></p>
</div>

その日の記事の「何番目」という部分が「<<<SELECTED>>>」に相当します。

つまり、「何番目」をあらかじめ記事の挿入位置に入力して選択状態にしておいてからマクロを実行します。

すると、記事の雛形のでき上がり、というわけです。リンクのURL部分を書き換えれば、いろんなサイト構造にも対応できるのではないかと思います。

2002-02-17(その01)

Mac OS Xのさまざまな隠し設定を変更する定番ツール、TinkerToolの新しいバージョン2.1が登場しました。

このバージョンでは、待望の「Finderを終了する」オプションが追加されています。

Finderは標準のUIからでも再起動が可能ですが、「Finderを終了する」の場合はウィンドウの位置などを覚えておいてくれるようです。

ただし、デスクトップイメージはFinderが実現しているようで、終了してしまうとブルーの背景固定になってしまいます。少々寂しい感じです。

Finderのウィンドウをすべて閉じると終了してくれるようなオプションもあると嬉しいのですが…。

2002-02-11(その01)

この連休は久しぶりにProject Builderとにらめっこ。というわけで、もうすぐ新しいのが出せそう。

(…メニューバーに表示できるようになります…)

2002-02-03(その03)

先週末はMarchさんと一緒に、明石海峡大橋近くにあるアウトレットモールであるポルトバザール内にある、BOSE FACTORY STOREに行ってきた。

結局展示品扱いで40%OFFの120を買ったのだけど、ここで印象に残ったのはそれではなくて、プライベートシアターというか、試聴を兼ねたBOSEの20分間のプレゼンテーションだった。

あまりネタばらしをするのも何なのだけど、要はこれまでもBOSEの家庭用スピーカーに対するポリシーをどれだけ分かりやすく伝えるか、ということに重点を置いた内容だった。最初はごく一般的に、でもある時点で大きな驚きを与えることで猛烈な印象が与えられる。もちろん、BOSEのそのポリシーには批判の声もあることも事実だけれど、それでも自分たちが何をしたいのかということを効果的に訴えかける素晴らしいプレゼンテーションだった。

見終わった後にMarchさんに言った言葉が「プレゼン、かく在るべし」。もし気軽に足を伸ばせる距離に住んでいるのなら、ぜひ多くの人に見て欲しいプレゼンだった。

さて、120のほうだけれど、AM-15だと普通にCDを聞いていると低音が効き過ぎて少々バランスを欠いてしまうために、2ch観賞用に別途購入したのが動機。これで、AM-15は5.1ch環境用のセッティングに集中できる。低音に芯が欲しい時にはアンプで低音成分だけ切り出してAM-15のベースモジュールで鳴らしたりして楽しんでいるのだけど、こんなことやっていると今度はベビーキャノンが欲しくなってきたりする…。

年末にAM-15を買ってひと満足したはずなのに1ヶ月でこれでは…。まぁ、BOSEのこのあたりのものだけで物欲が済んでればたいしたことないのかもしれないのだけど…。

2002-02-03(その02)

「アメリ」を見に行ってきた。

この映画について、「幸せ」というキーワードをよく聞く。見てみてから分かったのは、この映画で「幸せ」というのはあくまでも「寂しさ」を表現するための媒介でしかないということだ。

この映画には寂しさを抱えたたくさんの人が出てくる。というか、登場人物として数えられる人はすべてに当てはまるんじゃないかな。そんなふうに「寂しさ」が怒濤のように押し寄せてくる映画なので、人によっては現実と重ね合わさって、少し気が重くなっちゃうかもしれない。

でも、「幸せ」であることを前面に押し出さないことによって、この映画はそういうものをテーマにしていながら説教臭くなくなってる。ハリウッド映画にありがちな、強迫的な「幸せ」ではなくて、誰でもが身近に感じている「寂しさ」からささやかな「幸せ」を感じることが出来る。

主人公のアメリも強烈な「寂しさ」を抱えている人物だけども、いろんな「作戦」ではなくて、そこから先に一歩踏み出す難しさと戦っていくことがこの映画の終盤のテーマになる。幸せいっぱいの姿より、そんなアメリの苦しんでいる姿に多くの人が共感しているのかもしれないなぁ、と思って映画館を出てきた。

映画の内容量の割に時間が長いので、少し間延びした感もあるのだけど、ひたすらに美しい絵と音楽があるので退屈しなかった。映画館を出たその足でタワーレコードに向かってサントラを購入。おそらくDVDも買うというフルコースになりそう。

2002-02-02(その01)

USB OverdriveのMac OS X Beta版が登場(新しもの好きのダウンロ〜ド経由)。いぬも何回も取り上げていた定番ソフトのMac OS X版だ。

Mac OS 9時代にも愛用していたUSBドライバで、マウスの各種ボタンにいろんな動作を割り当てられる。他にもJoystick/GamePadの類いにも動作を割り当てられて、それでいろんなソフトを操作させたりできるのだけど、こちらはMac OS X版では未実装で現状ではマウスのみの対応になっている。

現在、マウスはMicrosoft IntelliMouse Opticalを使用中で、USB Overdriveで左わきと右わきのボタン(それぞれfourth button, fifth button)をWWWブラウザの戻るボタンと進むボタンに割り当てている。

このマウスのMac OS Xのドライバソフトがまだ未リリースだったので、左わきと右わきのボタンは使えなかったが、USB Overdriveが登場してくれたことにより、またMac OS Xが一つ快適に…。嬉しい。

© ぴぐもん, 2002