錦織 健コンサート  ロック to バロック (1999年2月7日掲載)



錦織 健コンサート  ロック to バロック (1998年11月13日 イズミティ21大ホール)



 錦織サンは、テレビやCM(ネスカフェ)でもおなじみの、人気テノール歌手。 今回は、一つの舞台でロックもバロックも演奏すると云う、クラシック界においてはかなり破天荒な企画であったが、肩の凝らない内容で、それなりに面白かった。
 しかし、大御所の音楽評論家からの受けは、余り良くないのではないかな?勿論、錦織サンとしては、その辺りは承知の上でバラエティーに富んだプログラムにしたのだろうけれど。
 当日のパンフレットには、"歌は器楽とは別だということ以外はジャンルを問わず、すべて歌という分野であって、ひとつのカテゴリーであると信じています。'歌'そのものの魅力をお楽しみ頂きたい。"と書いてありましたが、相も変わらずアタマの堅い私は、(こういう感覚って若気の至りってなもんじゃないの?)と皮肉りたくなってしまうんだな。(38歳って若いの??)
 まあ、それはともかくとして、いわゆるコチコチになって聴かなければならない演奏会とは違う趣旨のものだったので、ピアノ、チェロをはじめ、ギター、ベース、シンセサイザー、ドラム、パーカッション、他、ダンサー等の彼の幅広い交友関係が見られて、楽しめた。(バンド演奏の大音響には驚いた。)
 それに、話術も巧みだったし、やはり人を惹き付けるだけの魅力のある人物なんだなあと思った。

 話は変わるが、ヴァイオリニストの古澤 巌が、音楽の友(雑誌)でこんな発言をしている。
"僕が根本的に気になっていたのは、この音楽はいい音楽だから聴きなさいと人に言うことはあまり好きじゃない。先生にお伺いを立てる時でも、こういうことをしていいですか、それはちょっとやめておきたまえ、なぜならば人がどう思うから、みたいな、自分としてのあり方というよりも、TPOで物事がつくられていく---。どちらかというと僕の場合は、同じフォーマルをやるんであっても、何かもうちょっと代わり映えのするものはないのかという程度の発想でコンサートを行っています。結婚式に行くんだったらこの服さと、決まりきったものがあるでしょう。それがもうちょっとカッコいいものはないのかという程度です。---別にこの業界に挑戦状を叩きつけた訳ではなくて、自分がもうちょっと自由な空気を吸うためのエクスキューズとしてやらせてもらっていましたから。"

以上。

この考え方は、錦織サンの信念と共通するところも、多少あると思う。現に、コンサートは成功して、ファンも満足していたのだから、それはそれで良いのかも知れないが、お節介ついでに、一言書かせて頂ければ、折角、外見も含めて、才能を兼ね備えた人なのだから、器用貧乏には決してなって欲しくない。今後、ロックを歌うのならば、クラシックとは混ぜずに、ロックはロックコンサートとして単独で行う方が、その分野の方々に対しても良心的だと思う。視野を広げるのは良い事だが、両立はもっと難しい。スター隠し芸大会程度に留めておく方が賢明なのではないかと思う。
 それよりも、本業(というと、おかしいかも知れないが。)の方で活躍して欲しい。当日のプログラムのイタリア古典歌曲は、骨組みであるメロディーとそれに付随する装飾音符の違いが、上手くこなせなかった箇所がいくつもあるのだ。あちらこちらを浮気している場合ではない。
 持って生まれた才能を、聴く耳のある本物の人達に評価されるべく、磨いて欲しい。


参考資料:
       錦織 健コンサート バロック to ロック 1998 のパンフレット
       音楽の友 (1998年 11月号)


ご感想はこちらにお寄せ下さい。
 Mail Address