力は行使される。

桜樹の意の為に。

桜樹の創った世界の為に。

その中で、魂は。

癒しを、手にする。

 

第一話『夜啼鳥』

6 他に代え難いもの

 

「ちょっとこらヤブ医者ぁ!あんたちゃんとひーちゃん治療したのー!?」

永遠かとも思われた沈黙の後、空気が震えるほど皐が叫んだのはそれだった。

「うるせぇ黙ってろ!俺は魔力系外科以外は専門外なんだよ!」

それに答えて、白衣姿の絹亜が器具機材の隙間から顔を出し、皐と同じ位耳が痛くなるような大声で言い返す。

「似たよーなもんじゃないのさ、使えねー奴!!」

そう吐き捨てて、皐は何処かへ駆けていった。

「非奈・・・」

葉月は、冷たい大理石の床に膝をついて、非奈の小さな手を握り締めた。

非奈は何も言わない。

深く瞳を閉じて、何かを考え込んでいるようだった。

そんな沈黙が少し、その広い空間を満たした。

「・・おい。非奈っち、葉月。もうすぐ永綺と小梓ちゃんココに来っからよ。ちょっと待ってろや」

絹亜の投げかけた言葉にもたいした反応を見せず、相変わらず非奈の手を握る葉月、瞳を閉じたままの非奈。

「・・・ったく・・・・・」

そんな二人を横目に、絹亜は機材とコード、コードとコードをつなぐ作業を黙々とこなしていった。

広いその空間を、そうだと感じさせないくらいに満たす夥しい数の器具や機材、配線のコード。

それらは複雑巧みに置かれ、さらに中央に配置され不思議な微量の光を放つ液体で満たされたカプセルの

存在感も手伝って、それは機械の樹海のようなイメージを醸し出す。

非奈の横たわった部屋の端にある数台の真っ白い医療用寝台、それすら神秘的なものに見えてくる。

そんな、空間。

非奈は唐突に口を開いた。

 

「・・・この、わたしの『め』・・・からだをもういちど『つくり』なおさないと・・・きっとだめだね」

 

びくっと、葉月は体を震わせた。

「非奈っち、それは・・」

絹亜がたじろいだ時、空間の壁に穴が開いた。

一種のドア。

「そうね、その通り」

入ってきたのは、白衣を纏った藍色の髪と瞳の細身の青年、それに同じく白衣の女性。

この、金灰色の髪と朽葉色の瞳の女性の手には、黄玉が輝いている。

絹亜の手にも、同じく。

突き放す様にも感じられる言葉は、『小梓』と言う名の黄玉階級の女性の口から紡がれた。

「おう永綺、小梓ちゃん」

「師匠、ちゃんと真面目に仕事してました?」

絹亜に、やや冷ややかな態度と言葉で尋ねる細身の青年、『永綺』の指には碧色の輝き。

「うっ永綺、俺を疑ってやがるのか?どうやら一部からの信頼がないらしい俺とはいえ・・・ってゆうよりグレートで

ノープロブレムでドントウォーリーな俺様の治療にケチつける気か?」

「・・・んー、まぁそうですね、ケチつけます。ちなみに信頼が無いのは一部ではなくほぼすべての人たちから

ですからそこんところきっちり覚えといてください」

『永綺』はそう言って冷ややかに微笑んだ。

「うわ永綺怖ぇ上にひでぇ」

「ちょっと邪魔よ絹亜」

絹亜を思い切り突き飛ばして、小梓はずかずか非奈の元へ向かう。

「痛ぇ!あっ配線切れたぞおい」

尻餅をつき、その拍子に後頭部をぶつけて、さらにコードを引き千切ってしまった絹亜が叫ぶ。

しかし小梓は爪にも掛けない。

「師匠、僕は配線の続きやってます」

永綺もまた、無視。

「非奈。わかってるようだから説明は省くわよ。貴女の視覚は、体を『創り』直さないと戻らない」

「うん。でも・・・・・」

「でも?」

「わたし、このままでいい」

「非奈!?」

葉月が、正気かと言わんばかりに叫ぶ。

「わたしのからだを『つくり』なおしちゃったら、この『からだ』だったときの『きおく』がきえちゃうから」

静かに非奈は言った。

「・・・そうね。魂が『憶えて』いるのは正真正銘自分の肉体に宿っていた時の記憶だけ。肉体の変わりの魂の

入れ物・・・『人形』に宿っていたときの記憶は捨てられる」

小梓もまた、静かに告げる。

「わすれたくないの。この、ときわたりのしろですごした、いままでのこと。ししょうさまのこと、みんなのこと、

はづきのこと・・・」

 

非奈の目尻にはうっすらと、涙の粒。

 

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