神によってかりそめの体を手に入れた魂たちは、
過去の記憶に縛られて、偽りの生を歩む。
過去の因果に涙を流し
辛い記憶に縛られ、『生きる』。
そう、それでも・・・彼らは生きているのだから。
第一話『夜啼鳥』
4 空から落つる涙
夜の訪れを告げる北の狼が吠える頃・・・
ひとつ、またひとつと地面に染みが広がっていく。
暗い空から零れ落ちる雫はさらに増え、雨音は大きくなっていく。
その様を、金の視界の片隅に捕らえた少女は、眉を寄せて呟いた。
「・・そらが・・・ないてる・・・・・・」
そして、既に雨が滝の如く降りしきる様になった、つるつるに磨きあげられた白御影の庭へ自ら出ていった。
短く切りそろえられた漆黒の髪や幼い柔肌を、雫は容赦無く叩いている。
悲しそうに目を伏せて、深く頭をたれた。
「そういうのを、人は杞憂と言うんだろう」
少女は、やや冷たい言葉を雨音の合間に聞き、顔を上げた。
「はづき・・」
葉月は無言で、自分より頭二つ分も小さいその少女に、大きなタオルを優しく被せた。
「人が帰ろうと思っていれば・・・風邪ひくぞ」
「・・・きゆうじゃないよ、ほんとうにそらがないてるから・・・」
「杞憂の意味知ってるのか?・・・それを置いても、雨が降るたびそんなこと言ってたら限が無い。そうだろ、非奈」
「でも・・・」
『非奈』が何か、おそらくとても大切で重要なことを、目の前の葉月に告げようとしたその時。
禍禍しい閃光が空を裂いた。
ひかりはまっすぐに非奈を狙う。
「っ!?」
とっさに非奈を庇い、水晶の鏡のような白御影の地面を、雨水を弾かせながら滑る葉月。
そのまま、したたかに柱で背中を打ったが、吐き気を堪えて葉月は顔を上げた。
「ひ・・・な、・・・大丈夫か?」
「うん・・」
腕の中の非奈は、葉月の問いかけに頷きながらも、自分を見下ろす影のようなものに視線を向けた。
転がった二人の前で、二人・・・いや、非奈に視線を落としていたのは、青年だった。
非奈と同じ髪の色、瞳の色の青白い顔をした青年。
「・・・だ、れだ・・・・・・?」
そう問う葉月には目もくれず、ただ無言のまま非奈を見つめる青年。
非奈の顔は真っ青で、食い入るように青年を見上げている。
「・・お・・・・・・・・おにいちゃん・・・・・」
非奈の雨で濡れた唇から、かすれた呟きが零れた。
「・・・・そうだ、サグナ。俺だ・・・・・」
はじめて青年は、単調で感情の無い声を漏らした。
「おにいちゃん・・・・・・・・・・・・」
「お、い、・・非奈・・・?」
苦しそうに葉月が呟く。
肺が圧迫されたように、息が詰まる。
「サグナ、お前・・・あの時、どうして逃げなかったんだ・・・・・?」
彼の暗い瞳には、何も映っていない。
「お前さえ生き延びてくれれば・・・・・・・・そう思って、それだけを願って俺は・・・・・それなのに、サグナ。
何故・・・逃げなかった?」
そしてそれでも、畳み掛けるように無感情な言葉を紡いでいく。
「魂が・・・俺の心が、あの瞬間から抜け出せないんだ。お前が・・・・・・お前が・・・・・・・・・・憎い」
言葉は、非奈の心を引き裂いていく。
「おにいちゃん、ちがう・・・・・・・・・・ちがうの・・・」
震えながら、非奈が言う。
「違うものか・・お前は逃げなかった・・俺はお前が死ぬのを見た・・・俺も・・・・・・・・・死んだ・・・」
「やめてぇっ!!やめて、もう・・・・」
大粒の涙をこぼして、両耳をふさぎながら非奈は叫んだ。
「サグナ、不思議だ・・・お前は死んだ、あの業火の中で。死んだんだ、あの戦乱の都で・・・俺はお前が燃えていく
のを絶望の中で見た。それなのに」
一呼吸置いて、青年は言う。
「何故・・・ここで生きている?」
暗い瞳は、何も映さない。