『剣』はその閉ざされた時間のなか、

息づく世界に触れる。

 

第三話『恋歌』

3 朝の風景

 

「おはよー、みんな!」

爽やかな晴天が頭の上に広がる朝。

ワイヴァーン格納庫と隣接している機工施設前の大通りで、オディットは門柱の辺りに屯している

友人二人に声をかけた。

「おっはよー!聞いてよオディ、ミストがっ」

「よ、オディット。・・・その後ろの、誰?」

背が高く大人びたほうが、先に声を上げた背の低いほうの言葉を遮ってたずねる。

「ちょっとミスト人の話・・・・・って、ほんとだ」

「ミスト、リーリナ、紹介するわ。私の遠縁の、ハヅキよ」

にっこり笑いながらオディットに手で示されて、葉月はやや引きつった笑顔で一言だけ言った。

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

 

「やだー、可愛いかわいいーvミズキノ大陸のほうから来たの?」

「やっぱりミズキノのひとの黒髪ってキレーよねー羨ましいわv」

「っていうかオディットってその辺に親戚居たのな」

「まぁ、割とね」

最初の接触から10分後。

葉月は、さらに数を増やしたオディットの友人達に囲まれながら、相変わらず堅く引きつった

笑顔を浮かべていた。

「オディット、おいっ」

「如何したの、ハヅキ。トイレ?」

「違うっ」

あくまでも小声で、葉月は突っ込む。

「何時まで俺はココに居ればいいんだ」

「『私』よ、ハヅキ。いいじゃない、もうちょっとここに居ても」

ふー、と葉月は頭を抱えてため息をついた。ココに着いてから、こればっかりのような気がする。

 

「オディー!主任が呼んでたから早く行けよー!」

「はーいはい!」

 

ふと、そんな会話が耳に入って、葉月は顔を上げた。

今まで女しかいないと思っていたら、片方は男の声音だった。

無意識に、その声の主を探す。

「ったく、レースが近いから主任ぴりぴりしてたぞ?」

「ロンドこそ、飛行士なんだからもっとしゃっきりしなさいよ」

 

割とすぐに見つかった。

オディットと言葉を交す青年は、彼女と同じ位の年回り。

ブラウンの髪の毛に茶の瞳、どちらかというとハンサムの部類に入るのだろう。

しかしいかんせん全体的にどうも野暮ったい。少なくとも葉月はそう思った。

 

けれどもとりあえず、辺りに居る中では唯一の男性だ。

性別を偽っているとはいえ、同性を発見すると安心する。苦手なタイプの、おしゃべりな女性陣に

囲まれていればなおさらだ。

葉月は貰ったアイスコーヒーのコップの冷たさを掌で楽しみつつ、しげしげとそのロンドと呼ばれた

青年を眺めていた。

すると、唐突に葉月のほうへ顔を向けたロンドと、視線が合った。

ロンドはなんだか変な顔をして、葉月はとりあえず教えられたとおりに愛想笑顔を浮かべる。

 

肝さえ据わってしまえば、楽勝だ。

もともと、葉月は演技が得意である。

 

しかし、ロンドはまず呆然と硬直してそれから青くなって赤くなり、次いで慌てて会釈を返して踵を返し、

オディットのところまでダッシュした。

「・・・?」

女苦手なのかアイツ。訝しげに眉根を寄せて、葉月はぼんやりそんなことを思った。

 

「今朝も御機嫌麗しゅう、Ms.エリアル!」

 

しかしその思考も、葉月の背後・・・入り口の辺りから響いた声により中断される。

今度の声も男のそれだったが、先程のロンドと比べやたらと・・・なんというか、華やかと言うか雅と言うか、

振り返って声の主を確認せずともど真ん中ストライクで葉月の嫌いなタイプであることがわかる。

「・・・あー、おはようカルシオン」

声をかけられたオディットも、どこかげんなりしている。

ちなみに彼女のファミリーネームはエリアル、ロンドはスルーリーフという。

声をかけた青年はそっけないオディットにもめげずに至極爽やかな、背後に花が舞うような笑顔を浮かべて

彼女に近づき、その手を取った。

金髪碧眼。オディットのそれとおなじ色をした短髪をかきあげ瞳を細めて、彼女を口説き始めた。

「Ms.エリアル・・・・・昨日は会えずに終わってしまったね・・・寂しかったよ」

「ああそう。私は別に平気だったわ」

オディットはなるべく目の前の人物と視線を合わせないように、またどこか助けを求めるように肩ごしに

葉月に視線を向けた。

それでもめげない気丈と言って良いものか少々迷うこの青年は、カルシオン財閥の時期当主、アルト=

イージィ=カルシオンという。

見た目ならかなりの美青年。黙っていれば相当モテるだろう。

しかし、既に葉月にも解っていた。

 

辺り1面、一歩かそれ以上、引いている。

しかももれなくオディットに同情の視線を注いでいるとくれば、このアルトという青年はかなりの

イロモノなのだろう。

 

先程のいくつかの台詞が、その考えを裏付けている。

妙にきらびやかな着衣も、背景も然り。

そしてどうやら彼は、オディットに心底惚れているらしい。

 

葉月は、この先に待ちうけているだろう正体不明の心労に、すでに疲労困憊していた。

 

 

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