『剣』は心を失わない。

『感情』を無くすことなく、長い時に揺られている。

 

第三話『恋歌』

1 機工都市の出会い

 

「よっ・・・と」

砂煙舞う荒野。

そこに降り立った、一人の黒髪の少年がいた。

彼はまるで少女のように細い腕をいっぱいに伸ばし、長く息をはいた。

「はぁ・・・また、辺ぴなトコに派遣されたもんだ」

辺りを見回し、少年は呟く。

顔立ち、体つき。一見しただけでは少女と勘違いされて当然、といった可愛げな容姿を持つ少年の名は、葉月という。

時渡城から、この『コーラル』に派遣された『桜樹の剣』が一人だ。

彼は、『スフィア』が示したシャドネス出現予測を手がかりに、転送施設からこの地へ送り込まれてきた。

しかし、あたりは見渡す限りの荒野。

葉月はもう一度ため息を吐き、スフィアを取り出す。

「頼むから、『この辺一体』なんていうひたすら大雑把な予測じゃなくてもっと細かく指示してくれよな」

一人ごちりながら、スフィアの球面に映し出される無機質な文字の羅列を眺める葉月。

「お、出た出た。・・・現在地点から西北西の方角へ約20km・・・機工都市、ターメリック・・・・・か」

表示された方角を眺めながら、葉月はスフィアを元どおりに仕舞い込む。

そして、代わりに一枚の細長い紙を取り出した。

「それじゃ、さっさと終わらせて帰って寝るとしようか」

 

 

 

 

「ふぅ・・・・・疲れた。流石にワイヴァーンのレース前になると、何処もかしこも慌ただしくなるわねぇ」

夕暮れ時の、機工都市ターメリック城壁沿いの内路地。

壁に遮られ、直接目に映らない夕日の色をした空を眺めながら歩く、女性がいた。

歳は、20を越えた頃だろうか。肩より少し長いくらいの金髪に、二重の青い瞳の美人だ。

着ているものは、深緑のシャツ、少し着崩した感の有る青いジャケットに、機械油の染みや焦げ跡の見られるGパン。

この街の、機工士達、飛行士達のオーソドックスなスタイルだ。

 

『機工都市』、『ワイヴァーン』、『機工士』、『飛行士』とは。

この世界、時渡城で言うところの『コーラル』(『管理番号:β28001』)特有の文化だ。

『コーラル』は、豊かな自然を約束する地下資源と引き換えに、機械技術を手に入れた世界である。

機械技術とはいっても、何の因果かそれを生かされるのは『ワイヴァーン』と呼称されるレース用の飛行機にのみで、

生活の中や兵器などには全く使われていなかった。

『ワイヴァーン』とは、飛竜のシルエットを持った、速さを競うレースの為に製造される1人から2人乗りの飛行機

のことである。

特殊な地下資源を原料とするエネルギーで動き、人々はそれを操縦するものを『飛行士』、またそれを製造・

メンテナンスするものを『機工士』と呼んだ。

ターメリックが『機工都市』と呼ばれる由縁は、この街に大規模な飛行士学校及び機工士養成施設がある事と、

ターメリックが属する国家のワイヴァーン製造の8割をになう、『カルシオン財閥』の本邸と大工場が有ることだ。

 

また、『ワイヴァーン』が出現した当初から、『飛行士は男』『機工士は女』という『常識』があった。

そしてそれは、『ワイヴァーン』の歴史が50年を刻む今も、破られてはいない。

故に、小道を歩く彼女も『機工士』であり、この街の『機工施設』に属する者だった。

 

「ワイヴァーン・・・」

金色の髪を乾いた風に躍らせながら、彼女は細い声音で呟く。

 

ほんとは・・・整備なんかじゃなくて、操縦をしたかったのに

 

祈るような言葉は、胸の中で反響する。

ぼんやりと、街の中央に聳える機工施設を眺めながら、彼女はため息を吐いた。

物思いにふけるように立ち止まった彼女が、真上からの来訪者に気が付かないのは当たり前だった。

 

「―――どけっ!!」

 

「え・・・!?」

上から降ってきた鋭い声に、彼女が空を仰ぎ見る。

 

どっ・・!

 

「ぃっ、たー!!」

瞬間、何かが彼女の上に覆い被さるように降ってきた。

避けきれる訳も無く、突然の過重に耐え切れずに彼女は落下物と一緒にレンガの路へ転がった。

レンガの路の固い感触に、彼女は思わず顔を顰めてそんな呟きを漏らす。

「・・・・・悪い・・・大丈夫か?」

ぐっ、と『落下物』が動き、そんな声が彼女にかけられた。

顔に、柔らかな髪がおちかかる感触。

彼女はゆっくり瞼を上げる。

「・・・・・・」

不覚にも、暫し彼女はその『落下物』・・・いや、『人物』に見惚れてしまった。

髪は烏の濡れ羽色、肌は雪のように白く。

「・・・・?おい、大丈夫か?」

怪訝な顔をして、その人物は彼女にもう一度尋ねかけた。

そう、人物・・・葉月は。

「あ、うん・・・大丈夫よ」

我に返った彼女は、身を起こして弁解した。

「そうか」

葉月も立ち上がり、ぱんぱんと服の埃を叩いて落とす。

「・・・・あなた、どうして上から落っこちてきたの?」

「う」

彼女の疑問に、さっさと立ち去ろうとした葉月はぎしりと足を止める。

「もしかして、他国からのスパイさん?」

冗談めいた彼女の言葉に、葉月はほーっと息を吐く。

「・・・ちがう」

「そうなの、じゃぁパスポート持ってないとか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そう、城壁に囲まれた都市に入るためには、例え自国の領地でもパスポートが必要なのだ。

 

『何処の国』の『何という街の出身』で『何をしているもの』で『名前は○○』で『判別番号は○○』。

 

などということが記されたパスポート、それを葉月が持っているはずも無い。

「やっぱり。最近、隣国で紛争が有るから・・・多いのよねぇ」

「ははは」

そんなのじゃない、と言ってやりたかったのだが、それで余計に話がこじれてもまずいので葉月はとりあえず笑っておく。

「でも、中に入っちゃえばこっちのモンよ。君、名前は?」

「・・・・・・・・・・・葉月」

一瞬、偽名を使うべきか迷った。けれど、そんなもの役に立たないと思い直して葉月は名乗る。

「ハヅキ・・・極東の国の人の名前みたいね。私はオディット、よろしく」

「どうも」

差し出されたオディットの掌を、つまらなさそうに眺め葉月はそれだけ呟いた。

オディットは気を悪くしたような風も見せず、にっこり笑って葉月の細い腕を取って、言う。

 

「袖擦りあうも多少の縁、てね。行くとこないなら、私の家に来なさいな」

 

葉月が暫し、その台詞の理解に苦しんだのは言うまでも無い。

 

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