楽 園 都 市 の 夢 『銀砂の絆』

第六話 休息の日

 

「・・・・・・・・一体全体、あたし今何やってんのかしら」

 

長いため息と一緒に、アレイは心の底から呟いていた。

 

昨日会ったミシェイラは結局アレイ達に懐いてしまい、一晩泊まった宿屋を引き払って『fullmoon』へ下宿先を

変え、ジェルラは笑顔で迎え入れた。

何故だかミシェイラを『気に入った』らしく『割引料金』で。

そこまでは別に良い。

最初にミシェイラがちゃんと路銀を持っていた事に疑問を持ち、後で彼女が14歳だと知って驚いた。

見た目や言葉遣いと符合しないとは思ったが、それも大した問題ではない。

今朝になって、いつも通り起きて『iceblue』に朝食を摂りに来て、店は昨日と変わらず閑古鳥が鳴いていて、

それでもアレイとソルト、ミシェイラが席に座り昨日と同じくスィードと楓が時間差でやってきて、賑やかになって。

確か、皆がそれぞれ、店を出ようとしたらいきなりジェルラが「今日はこれで店閉めましょうか」とか言い出して、

何する気かと訝しんでいたら、強引に全員を連れ出して。

・・・そして、今に至っている。

 

「さぁ、たんと御呑みなさいな〜♪」

「・・・・もぉ充分呑んでるから結構」

酒瓶片手に絡んでくるジェルラを引き剥がしながら、アレイはひたすら冷めた声で断りを入れた。

ここは、楽園都市の外れの広い公園。

その一画は毎年、倭国に咲く花『サクラ』に似た樹木が薄紅色の花をつけることで結構有名らしく、今が丁度

最盛期だそうだ。

そう、ジェルラは要に、皆に『御花見』を強制したという訳だ。

強制、と言うと本人は否定するだろうがはっきり言ってあれは限りなく強制、脅迫に近かったとアレイは思う。

 

まぁ、スィードと織鈴は最初からジェルラに逆らっても良い事はないと知っていたらしく何も言わず、ソルトと

ミシェイラ、楓は乗り気で、渋っていたのはアレイだけだったのだが。

 

そしてどうやらジェルラは酒乱の気が在るようだ。

先程からやたらと、杯が進まないアレイに絡んでくる。

彼女とスィード以外は恐らく未成年だろうに、目の前に並んでいるのは酒、酒、酒。

洋酒から倭酒、ワインまで種類は様々だが、全て提供はジェルラだ。彼女は酒がよほど好きらしい。

楓は一杯呑んだだけでぽーっとしてサクラもどきのほうへ現実逃避し、ミシェイラはとうに潰れている。

スィードは見ている限りうわばみだ。先程からぐんぐん強い酒を飲んでいるが、一向に『酔う』気配が無い。

織鈴も酒に強いほうらしく・・この男2人はジェルラの酒宴に度々付き合わされる所為でこうなったらしいが、

当たり障りの無い程度のほろ酔い加減で、ジェルラの相手をしている。

そしてソルト。本格的に酒を飲んだのはまぁ、当たり前といえば当たり前だが、今日がはじめてだ。

しかし、すぐ潰れるだろうというアレイの予想を裏切り、快調に杯が進んでいる。

アレイ本人もかなりの酒好きでうわばみだが、納得のいかない今の状況では不機嫌度が高まるばかり。

 

本当だったら今日から、本格的にティ=クル中を探し回るつもりだったのに・・・

 

アレイの目的は、ミシェイラのそれと同じで雲を掴むような話といっていい。

いくら世界中のあらゆる種族が揃っているという楽園都市とはいえ、絶対に『居る』という確証はないからだ。

もしかしたら、自分とミシェイラの境遇が似ているが故に、彼女の手助けをしようと思ったのかもしれない。

そう思い付いて、アレイは苦笑した。

 

 

 

あのことあたしは、根本的なところで違うわ

ミシェイラは、『仲間』を得る事で未来を拓こうとしてるけど

あたしは・・・『裁きを下すもの』を探し出す事で死に場所を得ようとしているんだから

 

 

 

「サクラの樹の根元には、死体が埋まっているそうです」

突然、隣からそんな呟きが聞こえて、アレイは驚いて振り返った。

声の主は、楓。

紅い杯を手にし、そこに浮かぶ薄紅色の花びらをじっと見つめながら、何かを考えているようだ。

「・・・・なに、それ」

「倭国に伝わる、伝説です。・・・死体の血を吸いあげて、元来は白い花びらをこの色に染めると」

「・・・馬鹿馬鹿しい。此れだけある樹の一本一本に、死体が埋まってたら収拾付かないわよ。墓地じゃ

在るまいし。それとも、サクラって死体からしか育たないとか?」

アレイの性格上、本人にその気はなくとも、どうしても突き放したようになってしまう。

それでも、楓は笑った。

「違いますよ、ただの言い伝えです。・・・けど」

「けど?」

 

 

「わたしは死ぬなら、サクラの樹の下で死にたい」

 

 

あまりにも、普段の柔らかい印象の楓に似つかわしくないその台詞に、アレイは言葉を無くした。

「サクラって、不思議な力があるような気がするんです。言い伝えも、きっと全てが嘘なんじゃ無くて・・・

サクラという植物は、どこか見えないところで繋がっているんだと思うんです。死体が本当に埋まっている

のは一本だけで・・・けれど、不思議な力で全ての樹と繋がっていて、全ての樹が薄紅色に変わる・・・

サクラは、なんだかそんな気がするんです」

「・・・・ふぅ・・ん。それはまぁ、人の思うところだから勝手でしょーね。・・・・けど、楓はどうしてサクラの樹に

縋って、死にたいの?」

アレイの問いに。

また、楓は微笑った。

 

 

「サクラの、不思議な力で・・・わたしを、遠い彼の地に眠るあの人のところまで運んでくれそうな気が

するから・・・だからわたしは、いつかサクラの樹の下で死にたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレイvvv呑んでるかい?」

また酔っ払いか。アレイは頭を抱えた。

あの後、妙にしんみりとした気分になったアレイだったが、酔いどれジェルラに酒を勧められ、あっという間に

潰れた楓を見て一気に興ざめした。

次はアレイに、と詰め寄るジェルラをどうにか織鈴に引き取って貰って一段落したと思ったら、これだ。

ソルトはそんなアレイの心境を知るはずも無く、頬をほの紅く染めて酒瓶片手にしきりに酒を勧めてくる。

「あー、もう!ソルト、あんたうるさいわよっ!」

「アレイ、見てごらんよ。そらの青と、サクラの紅のコントラストが綺麗だよ?」

噛み合わない会話に、アレイはいらついてきた。

この際、酒に付き合いさっさと潰してしまう方がいいだろうか、とか考えはじめる。

「アレイv」

「何よ酔いどれ王子」

かなり不名誉な称号も一向に気にせず、ソルトは酒瓶を手放し、両手でそっとアレイの頬を包んだ。

「・・・・・・ソルト?」

 

 

「アレイ、君は僕が守るよ。・・・絶対、死なせない」

 

 

一瞬。

ソルトの瞳が、表情が。

真剣になって、アレイの瞼で揺れる。

そして。

 

 

「だから、・・・・キスしようvvv」

 

 

次の瞬間、王子は空高く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・っの、酔っ払い共ーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

 

完全に酔いつぶれた面々を足元に、アレイは樹々が震えるほど叫んだ。

ソルトだけは、酔いつぶれたというか気絶しているのだが。

 

こういう場合、絶対損をするのは理性が残っているものだ。

 

アレイは足元で寝息を立てる連中、特に下宿先の主などはこのまま放置して帰ろうかと考えはじめる。

と、転がっていたソルトと織鈴が誰かに担ぎ上げられた。

 

見れば、揺れるのは長い常磐碧の髪。

 

「・・・スィードさん」

未だ素面にも見える彼の行動を、アレイは見守る。

スィードは無言で、少し開けた広場まで出る。

そして、黄昏はじめた空を見上げ−−−。

 

「ドラゴン・・・!?」

 

アレイの、掠れた驚愕の声と共に。

今、頭上に広がる昏い空に似た色の、飛竜が舞い降りた。

 

スィードは、その巨大な竜の頭を撫でながら、アレイのほうを振り返って促した。

 

乗れ、と。

 

 

 

 

 

「・・・騎乗飛竜を従えてたなんて、意外。しかも、ラシアじゃない」

夜風に髪を躍らせながら、アレイは別に返答を期待せずに話し掛けた。

酔いどれ5人に、アレイ、スィードと、その全員を背に乗せて、それでも軽々と飛んでみせるラシア飛竜種は稀少だ。

しかも、ここに居ると言う事は、楽園都市で産まれたか・・・あの霧の壁を抜けてきたか、どちらにしろその稀少さに

拍車を掛ける材料だろう。

そしてその飛竜の主人らしい、スィードはやはり無言だ。

「このこ、名前は?」

騎乗竜、しかもラシア飛竜種ともなれば、相当知能も高い。

主の匂いや顔も憶えるし、つけられた自分の名も憶える。

「アシュリ」

今度は答えが帰ってきたが、必要な事意外何も含まれず簡潔だ。

アレイは別に、答えが返ってきただけで十分だと思っていたからそれ以上突っ込んだ事は言わない。

代わりに、遠くの燃える夕日を眺めて呟きを漏らす。

 

「不思議な都市(まち)ね。あれだけ厚い霧の層が、まるで最初から無かったみたいに、地平線の果てまで

見渡せるわ」

 

 

 

 

 

「・・・ああ、疲れた」

『fullmoon』にて。

アレイは自分の肩を叩きながら小さくぼやいた。

全員を・・・楓は家が解らなかったので適当な空き部屋に、とりあえず運び終わってみればもうとっぷりと

陽は落ちていた。

一応玄関口までスィードを見送りに出ながら、明日皆に要求する見返りを何にしようかとアレイは考える。

スィードは別段何もいわずに、アシュリの背に飛び乗った。

けれど、アシュリが飛び立つ寸前に。

 

 

 

 

「聖魔の血脈を受け継ぎし者よ、・・・・・・裁きの日は近い」

 

 

 

 

弾かれたように顔を上げたアレイが、追い縋ろうとする頃には。

その言葉だけを残し、スィードは空の彼方へ飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・裁きの、黒天使?」

 

 

掠れた、アレイの呟きを聞いたものは、彼女の背後に・・・楽園都市の中央に聳える、『はじまりの樹』だけだった。

 

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