楽 園 都 市 の 夢 『銀砂の絆』

第五話 探求者

 

「ふーん・・・幻の楽園都市とは言っても、やっぱりちゃんと機能してるんだね」

市場の出店を次々と、興味深そうに覗き込みながら、ソルトは誰とも無しに呟いた。

「当たり前でしょ」

相変わらず素っ気無く簡潔に、ともすれば独りでふらふらと何処かへ行ってしまいかねないソルトの襟首を掴み

ながらも、アレイは律義に言葉を返す。

「それにしてもアレイ、凄い人だね」

ソルトは無邪気に笑う。

「・・・これくらいなら、アンタの地元・・・ライクにたつ市の方がデカいわよ」

知ってるでしょ?と問うアレイにソルトは首を横に振った。

 

「知らないよ。街をフリーで歩いた事、アレイと出逢った日が初めてなんだから」

 

ずっと、城の中に居たから・・・と、ソルトはアレイがはじめて聞く哀しげな声音で呟いた。

「・・・・王子様も大変ね」

アレイは視線を逸らし、呟くようにそう言った。

 

「運命だよね?偶然僕の身辺警護してたロイヤルガード達が集団で腹痛起こして、偶然僕は外に出る機会を得て、

偶然あの通りで絡まれて、偶然アレイと出逢って・・・」

 

しかし、ころりと。

裏返したかの様に明るく、ソルトは言ってアレイの手を取った。

 

「・・・・・・・・・一服盛った?」

「偶然、だよv」

至極明るい笑顔でソルトは笑った。

「でもね、アレイと出逢ったことは絶対、運命だと思うんだ」

「あーハイハイ、そぉですか」

勝手にすれば、とアレイはため息を吐く。

 

どうも、やりにくい・・・

 

ソルトに対し、そんな感情を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

「イッセ?」

 

不意に腕を掴まれて、耳に入ったのはそんな呟きだった。

「え?」

ソルトは掴まれた腕を頼りに声の出所の方へ振り返る。

「あら、アンタ」

「君は・・・」

同時に、アレイとソルトの声が重複して響いた。

細く白い腕で、ソルトにしがみ付くようにしていたのは、あの。

昨日、森の中でアレイ達を巻き込み魔法を炸裂させた淡い緑の髪の少女だった。

「イッセ?」

もう一度、少女は尋ねる。

しかし、ソルトにもアレイにも、その言葉の意味が分らない。

人名なのか、それとも別のものを指し示すのか、自分達とはチガウ言語を話しているのか、それすらも。

「えっと・・・」

ソルトが困っていると、彼より頭一つ分小さい少女はするりと腕を伸ばす。

そして、ソルトの額と両頬に刻まれた真紅の小さな紋章に触れた。

「ちがう?」

はじめて2人にも理解出来る言葉を投げかけてきた。

「・・・『イッセ』がどんな意味か、にもよるわよ?」

アレイが諭すように言う。

「『イッセ』はミラがおばあちゃんに教わった。『イッセ』は『仲間』って意味」

ミラ、と名乗る少女は舌足らずな言葉で一生懸命に説明する。

「『仲間』・・・・?」

「ミラ、『仲間』探しに、ここに来た。・・・一人ぼっちは、嫌」

少女は拳を握り締め、絞り出すようにそう呟く。

 

 

『一人ぼっちは、嫌』。

その言葉は、アレイの胸に深く刺さった。

アレイ自身戸惑いながら、その刺を取り去ろうと頭を振る。

しかし、ちくちくと痛む胸の刺は、消えそうに無かった。

 

 

「君の言う、『仲間』ってどういう意味なんだい?」

優しい声音の質問に、少女はアレイとソルトの腕を引いて、人目に付かない出店の影まで引っ張っていく。

「ちょっと・・・」

アンタはソルト二号?と洒落にならない台詞をアレイが吐こうとする。

しかしその前に少女は2人に向き直り、額のバンダナを解いた。

 

 

 

額には、金で緻密な文様が刻まれていた。

 

それは『古代種』、紋刻人族の証。

 

 

 

「君は・・・紋刻人の生き残り?」

「おばあちゃん、死んだ。ミラ、一人ぼっちになった。・・・それより前の事は良く憶えてない」

少女は大きな瞳を2人に向けて、微かな声で質問に答える。

 

「ミラの『仲間』・・・文様、あるっておばあちゃんが言ってた。おばあちゃん、ミラと同じでここに文様があった」

言いながら、少女は自分の額を指し示す。

 

アレイはやっと納得が行った。

少女は、飛翔族に紋章を刻む風習があることを習わなかったか、『おばあちゃん』も知らなかったのだろう。

 

紋刻人は生まれ落ちた時から文様が刻まれているが、飛翔族は後天的、人為的に紋章を刻む。

 

後者を知らない少女にはその二つを見分けられなかったから、勘違いしてソルトに『イッセ』・・・つまり『仲間』か?

と、尋ねたのだろう。

そして、残念ながらハズレ、ということなのだ。

「・・・残念だけど。僕は、飛翔族だよ」

「ヒショウゾク?」

少女は首を傾げる。

ソルトは苦笑して、その収縮可能な白い羽を広げて見せた。

「・・・テンシみたい」

「ソルト本人は天使なんかには程遠いけどね」

少女の感嘆の呟きに、アレイは冷静に突っ込んだ。

「でも、イッセじゃない・・・」

少女は哀しそうに呟く。

「・・・・・あの、君・・」

「・・・でも、大丈夫。楽園都市、一番沢山の種族の人がいる。おばあちゃん、言ってた。まだ、いっぱい探す」

恐らく今まで彼女が見つけた『イッセ』と思われる人は全てハズレだったのだろう、ソルトの言葉を遮り少女は

気丈な言葉を自分に言い聞かせるようにしてから、顔を上げた。

 

けれどその表情はまだ、哀しそうだった。

 

「・・・・・・・・名前は?」

「アレイ?」

呟くように、簡潔に、尋ねたアレイに驚いてソルトは視線をそちらに向けた。

しかしアレイは綺麗に無視し、少女に対し言葉を続ける。

「この街の何処かで、紋刻人に会ったらあんたに知らせてあげるわ。あたしはアレイ=セイ、こっちの馬鹿は

ソルト=K=ライク。・・・あんたの名前は?」

アレイの言葉に、少女は一瞬と惑いの色を見せる。

しかしすぐに顔をほころばせ、勢い余るようにして名乗った。

 

 

 

「ミシェイラ、・・ミシェイラ=T=カフェス!」

 

 

 

「そう。まぁ、憶えとくわ」

「やっぱりあれだね、アレイは優しいねv・・・あ、よろしくミシェイラ」

「うん!・・・やっぱり、ソルトもアレイも『イッセ』だった」

「え?」

「は?」

 

 

「『イッセ』は、『仲間』。もう一つ、『友達』って意味もあるっておばあちゃん、言ってた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命は、止まることなく転がり続ける。

まだ、その先を知らぬ者達の運命は。

 

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