楽 園 都 市 の 夢 『銀砂の絆』
第四話 螺旋の先
「えっと、朝食は宿処『fullmoon』付随の喫茶店『iceblue』でどうぞ」
翌日の朝。
昨夜のことをお互い話題にせず、織鈴の言葉に従い階下の喫茶店に降りた2人を出迎えたのは、見目25.6歳
程度で柔らかな金茶色の耳と尻尾が印象的な女だった。
「おはよう。良く眠れたかしら?」
その女の問いにアレイは小さく肩を竦め、樫の木で出来たカウンターに腰掛けた。
「・・・儲かるの?ろくに旅人も来やしないところで」
「まぁまぁね。ティ=クルに来たからには大概のヒトは長く滞在するもの。ウチは下宿も兼ねてるから」
「そういえばそうね。・・・幾らくらいになる?下宿代」
アレイの問いに女は意味ありげに笑って見せた。
「貴方たち2人なら割引してあげるわ。・・・そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はジェルラ、獣人の
ジェルラ=セルライトよ」
「僕はソルト=K=ライク。こっちは僕の近い未来の花嫁、アレイ=セイだよ」
「誰が花嫁よ。誰が。・・・それはバカの独り言としても、割引ってどういう事なの?セルライトさん」
ソルトの頭にチョップを入れつつ、アレイは隙の無い目つきでジェルラを見据えて尋ねた。
「ジェルラでいいわよ。それに大した意味はないから気にしないで頂戴。・・・そうね、強いて言うならば・・・・・
『気に入った』からよ、アレイ?」
だからその意味が分からない・・・というアレイの疑問は、カランカランと乾いた音を立て開いたドアによって
音を成すことはなかった。
「いらっしゃい、楓」
入ってきたのは、着物姿に黒髪の少女。
まだ20歳に届いていないであろう。
いや、もしかしたら既に成人しているのかもしれないが、倭国特有の幼く慎ましい顔立ちのおかげで年齢が
推し量りにくい。
「ジェルラさん、おはようございます」
楓と呼ばれた少女は、つられて振り向いたアレイとソルトに笑いかけながら、ぺこりと頭を下げてこう言った。
「今日も早いのね」
「はぁ、わたしはここで飲むお茶が好きですから」
ほややんと頬に手を添えて、楓はゆっくりそう言った。
「紹介するわ、こっちの2人はうちで下宿を取ることになったアレイとソルト。お2人さん、こっちはうちの
常連の久遠 楓」
ジェルラはアレイとソルト、楓を順番に手で示して簡単に説明した。
「・・下宿取るなんて言ってないわよ、まだ」
「いいじゃないか、ここで。安く済みそうだしね」
相変わらず所帯染みてるな王子
「はじめまして。楓、です」
「こちらこそ、よろしく」
「・・どうも」
楓は礼儀正しく、ソルトはにこやかに、そしてアレイはぶっきらぼうに。
それぞれの挨拶が終わると殆ど同じに、再び扉のベルが鳴り響いた。
「あら、やだまた来たの」
「来て悪いか?」
入ってきたのは、言葉の割にどこか嬉しそうなジェルラとは対照的に無表情で短く言葉を返す青年。
常磐緑の、腰の中ほどまである長くかさばりの少ない髪。
切れ長のアイスブルーの静かな瞳に、尖った耳。おそらく森人族だろう。
長身で、右手に長剣を無造作に携えている。
歳は27.8程に見えるだろうか。
「だって、あなたが来ると・・・特に楓は、萎縮しちゃうんだもの」
「え、あの、別にわたしは・・・っ」
悪戯っぽいジェルラの言葉に、楓は慌ててかぶりを振った。
しかし事実も多少含まれているのだろう。
楓はどこか腰が退けていた。
「そうだな」
なにが『そう』なのか、青年はアレイ達から少し離れたカウンターの席に腰掛けた。
「・・・下宿人が増えたか?」
アレイとソルトをちらりと見遣って青年は問う。
「そう。新婚さんが一組」
「・・・下宿先、変えるわよ」
ジェルラの返答を耳に入れ、アレイは半眼になって・・・かなり本気で、ぼそりと言った。
「あら、ごめんなさい」
「僕はそのつもりだけどねv」
台詞と一緒に頬にキスをしようとしたソルトにもう一度チョップを入れてから片手を額に当てて、アレイははぁ、
とため息を吐いた。
「素敵ですね〜v」
否定しつつもやはり青年が苦手なのか、彼と反対側・・・アレイのとなりにちょこんと腰掛けてほやりん、と
楓は呟く。
「・・・・あたしは何回突っ込めば良い訳・・・?」
頑張れ
「お二人さん、今日は市が出てるわよ。観光してきたら?」
ジェルラの勧めに従い、アレイとソルトが宿を後にし、楓も帰った後。
青年だけが店に残ると、徐に口を開いた。
「繁盛しているようだな」
「あら、あたしは気に入ったコにしか下宿取らせないけどね」
・・・あのこは何を『選ぶ』かしら?
あのこは運命を『享受する』かしら?
あのこは何を『示す』かしら?
それはどれもきっと、あたしが『選択した』ものとは違うわね・・・
「・・・・・ジェルラ?」
急に押し黙ったジェイスに、訝しげに青年が名を呼ぶ。
「・・なんでもないわ、スィード」
ジェルラは切なげに笑った。
「何でもないのよ」