楽 園 都 市 の 夢 『銀砂の絆』

第一話 翼の一族

 

 

深い緑の森。

咲き誇る花々、高く囀る鳥達。

神が棲むと伝わる、レヴィージャの森にぽつんと一つ人影があった。

まだ成人していないであろう、少女だ。

「ライクまで後少しね」

少女は見晴らしの良い丘に立ち、遥かにぼんやりと見える金と薄紅色の砦を眺めて呟いた。

「ったく・・・このペースで行ったら、ティ=クルまであと何ヶ月かかるのよ・・・」

ぶつぶつ一人ごちりながら急な丘を滑り降り、ウマに似た生物カルバの背に跨る。

カルバはゆっくりと歩き出し、徐々にスピードを上げ、お世辞にも道とは言えないような薮のなかを駆けていく。

少女の、頭頂は白で先端が青いという独特の色彩のショートカットが風に踊り、印象的な緑の瞳がきらりと光った。

銀のマントに露出度の高いミニスカートにスパッツと、なかなか突飛な格好をしてはいるが、旅慣れたようにカルバ

の手綱を操っている。

そして少女は、小さく呟いた。

 

「ティ=クル・・・楽園都市へ」

 

 

 

ライクは、活気に満ちた都市だった。

『飛翔族の都』と呼ばれる都市で、当たり前だが代々飛翔族の王が政権を握っている。

この時代、それぞれの都市は一つの独立した国のように扱われ、そしてそのように時代を重ねてきた。

ライクは、他の都市とのイザコザなどなくはないものの、この二百年近くはおおむね平和に暮らしてきた土地だ。

そしてそんな歴史にふさわしく、多少平和ボケしている都市でもある。

城壁代わりとなる金薄色をした岩上のものが外側に向って突き出ていて、(主な交通手段は巨大な鳥サーバーン

なのであまり意味はないが)居住区や商店区、工業区の中心に王の住む城が聳えているという、まぁこの世界で

言えば、一般的な造りの都市だ。

ただ、他の都市と一線を期しているのは、ライクが『空中都市』である点である。

無論本当に空に浮いているわけではないが、都市自体が上下に縦長の構造をしているのだ。

山岳地という独特の地形を損なわず、山の表面に裾からどんどん街を作っていったらしい。

それこそ大規模な地震などが起こったら一発だが、不思議な事にライクが造られてからざっと200年、一度もそういう

災害に見まわれていない。

 

しかし、そんな平和な所でもゴロツキ連中はどこぞの家庭内害虫の如くしつこく居るもの。

真昼の商店通りのど真ん中で、数人まとまって喧嘩を売っているのもその部類。

 

「坊ちゃん、逃げようったってそうはいかねえぞ」

「俺達にぶつかってきたんだ、落とし前はちゃんとつけないとなァ?」

「うるさいな!そっちから激突してきたんだろ!それに、僕は謝ったんだからお前たちも謝ればいいじゃないか」

いやに古臭い手段で絡まれているのは、いい身形をした少年だ。

金の髪と青い瞳、そして飛翔族の証である伸縮自在の翼に頬と額の赤い刻印。

 

この都市の、まともな生活を送る住民なら少年を何処かで見知っているだろう。

まぁ、そういう明るい場所での行動はしないタイプであろう男達のような人種は知らないであろうが。

 

少年はきっと男達を睨み付けると、ふんと鼻を鳴らしてその場から立ち去ろうとした。

「おっと、甘いな。そんなんで世の中渡れないぜ?」

ぐいっと腕を引かれて引き戻され、少年は不快そうに眉を吊り上げた。

「放せ!お前達なんかに世の中の事を語られたくないな!!」

まわりの人だかりはそうだそうだといわんばかりに肯いて、兵士を呼んだ方がいいんじゃないかとかそれぞれ囁きあって

いたが、これも悲しいかな世の常なのか、止める者はいなかった。

「なんだと、このクソガキ!!」

男達のうちの一人が拳を振り上げ、少年はぐっと身構えた。

野次馬からわっと悲鳴が上がった。

その時。

 

「邪魔よ、さっさとそこ退いてくれる?」

 

誰かが少年の肩を引いて拳の軌道からズラしそう言った。

あの、緑の瞳の少女だ。

的を失った拳は無様に空を掻き、男は反動でよろめいた。

しかしその仲間は少女をしげしげと眺め、ひゅぅと口笛を吹いて軽口を叩きはじめた。

「・・・なんだ、随分別嬪じゃないか。おい、今のは聞き流してやるから店で酒の相手しろよ」

「バカ。アンタ達となんか一緒に飲んだら、どんな銘酒でも不味くなっちゃうわ」

少女はしらっと言って、完全に少年を押しのけて前に出た。

「・・・・・・・・・死にてえのかくそアマ」

 

「うるさいわね、その自慢げなひょろ高い鼻がへし折れないうちにどっかに消えな」

 

少女は語調を強めて言い放った。

「っの、ブチ殺してやる!」

逆上した男は再び拳を振り上げた。

「・・・忠告聞かなかったアンタが悪いんだからね」

少女は軽やかに地面を蹴った。

 

ばぎっ!

 

拳を見事に空振りした男の顔に、少女の肘がめり込んだ。

わーっと、まわりから歓声が上がる。

かはっと嫌な呼吸をして、男は仰け反って倒れた。

「わーーーー!!大丈夫か!?」

「白目剥いてるぞコラ!」

「覚えてろクソアマ!」

残りの男達はお決まりの台詞を好き勝手にわめき散らして、脱兎の如く逃げていった。

「覚えてるわけないでしょ揃いも揃ってマネキンに泥塗ったような顔しやがって」

少女も少女でひとしきり口汚なく罵ると、そのまま立ち去ろうとした。

 

「ちょっと待って!」

 

途端に、ぐいっとおもいきり腕を引かれて思わず倒れそうになる。

「何すんのよ」

引き止めたのは先程の少年。

「助けてくれてありがとう、お礼がしたいんだけど」

「あーあーハイハイお礼ね、取り合えずあたしの腕離してくれるだけでいいから」

少女は露骨に嫌そうな顔をして一息に言った。

 

なぜなら、少女は純粋に道が開かないから男達を追っ払ったのである。

やっと通れるようになったのに、さらに時間を取られては腹が立つだけなのだ。

 

「いや、こういうことはちゃんとお礼をしないと我が一族の沽券に関わるというか・・・」

少年は、ぐいぐいと少女の腕を引いて側の小さな路地に連れていった。

「さっさと離してよ!あんまりしつこいと張り倒すわよ!」

少女の耳の痛くなるような剣幕も何処吹く風か、少年は涼しい顔でそのままずんずん歩いていく。

「いい加減にしないと−−−」

少女が本気で少年を後ろから蹴り倒そうとしたその時、いきなり振り向かれて転びそうになった。

少年は綺麗な笑顔を少女に向けて尋ねる。

 

「そう言えば君、名前は?」

 

「−−−アレイ=セイ」

これ以上何か言ってもコイツには無駄だ・・・とでも悟ったか、アレイはため息と共にそう答えた。

「ふーん、アレイか」

「・・・アンタに呼び捨てにされる覚えはないわ」

「でも、名字の方はこの際どうでも良いかな・・・ああ、アレイのその髪には金と銀どっちの冠が似合うだろうね」

やっぱり何言っても駄目だったか、とアレイはまたため息を吐いた。

それにしても、アレイはさっきから少年の呟く事がおかしい気がして訝しげに眉を寄せる。

「そうそう、僕はソルト。ソルト=K=ライク」

「あっそ」

アレイはちょっと肩を竦めると、何かが胸を過ぎったような気がした。

 

・・・・・・・・・・・・・ライク?ちょっと待て、コイツの名字つい最近聞いた気が・・・・・・

 

聞いたどころか呼んだ気も、などとアレイが考え事をしている間に、ソルトはさらに彼女の腕を引いて歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

彼女がはたと我に帰った時に居た場所は、いくつもの御大層な扉と御大層な階段を越えた豪華な部屋だった。

 

 

「・・・ここは」

 

アレイは部屋を見渡した。

入り口から見て細長い間取り、高い天井、クリスタルのはめ込みの出窓、それにかかる絹のカーテン、豪奢な赤い絨毯、

上品な白銀の鎧を纏い両側にずらっと並んだ騎士達。

そして、部屋の奥まったところに掲げられた金と薄紅で彩られた飛翔族の紋章を背に、椅子に腰掛けた壮年の男女。

 

ちょっと待て。まさか・・・

 

アレイがひたすら嫌な予感に顔を青ざめさせている隣で、ソルトは微笑みながらこう言った。

「父上、母上。僕の花嫁を連れてまいりました」

 

 

そう来たか

 

 

アレイは頭が痛くなった。

 

「あら、素敵な方じゃない」

にこにこ笑いながら、ソルトの母親−−−王妃は呟いた。

「いやいや本当に、ワシとお前の若いころのようで良いではないか」

父親、つまり王は感慨深げに傍らの王妃に語り掛ける。

「そうでしょうそうでしょう。僕より弱冠年上みたいだけれど、魅力知力体力全てパーフェクトと僕は見た!」

その息子ソルトはソルトでなにやら胸を張っている。

 

バカだろお前ら

 

・・・そう言う突っ込みはどうやら、世間ズレした王族親子には厳禁らしい。

「すぐそこの通りでね、こうばったり運命の出会いを果たしたもので・・・」

「王子!!そんな出会ったばっかりの何処のウマの骨とも知らん娘を婚約者にする気ですか!?」

血相を変えてさけんだのは、王の隣に立っている初老の男だった。

確かに、正論といえば正論すぎるまともな意見ではあるだが・・・。

彼はせっせと自分の姪を婚約者にする為の下準備を進めていた為に、王子への進言も熱が入っている。

「これこれソーマル。そんな事を言うものではないよ」

王は穏やかにたしなめる。

 

どうやらというよりやはり、正論の通じる人物ではなかったらしい。

 

「王!そっんな甘いことではいけませんよ!いくら王と王妃が恋愛結婚だったとはいえ、スレイ王妃はれっきとした

名家の出身では有りませぬか!」

「ちょっと待てジジイ」

それまで黙って・・・と言うより呆然としていたアレイが唐突に口をはさんだ。

「じっジジイ・・・!?」

ソーマル宰相は口をあんぐり開けて呟いた。

「あたしの意志は関係ないの?」

じろりと横目でソルトを睨んでアレイは言った。

「どう言うこと?」

ソルトは全然わからない、と言った顔で小首を傾げてアレイを見た。

「あたしは一言だってアンタの婚約者になるなんて言ってないんですからね」

ふんと鼻を鳴らして、今度はソーマルを睨んでアレイは続けた。

「大体何よ、人のことをウマの骨とか言いやがって」

「ほほほら王!こんながさつな女・・・ろくな者では有りませぬぞ」

「黙れ」

アレイは底冷えするような声でぴしゃりと言った。

「そぉよ、あたしはろくな女じゃ有りませんとも。それに、あたしはティ=クルに・・・楽園都市に行くんだから」

「楽園都市に!?」

ソルトが短く叫んだ。

「それにあたしは・・・聖魔の血脈を引いているもの」

アレイの無機質な響きの篭った言葉に、その場の全員が息を呑んだ。

 

 

聖魔

 

聖魔は呪いと不幸を運ぶもの

聖魔は何より血を欲す邪悪なもの

 

 

ひとしきり衆目を冷めた瞳で見渡してから、徐に、アレイは「失礼」と告げて呆然とする一同を尻目に立ち去った。

 

 

 

 

 

 

「−−−待って!」

 

アレイがカルバの手綱を握り、出立しようとしたとき。

ソルトが息を切らして駆けてきた。

「何よ」

 

「僕も行くよ」

 

「何言ってんのあんた」

アレイは半眼になって呟いた。

「ボクも楽園都市に行く。一緒に行こう」

ソルトはにっこり笑って言った。

「ほんと我侭ね」

アレイは呆れかえって言った。

「あたしは聖魔の女だって言ってるでしょ」

 

「関係、無いよ」

 

またソルトは笑った。

「それに、カルバよりもサーバーンで言ったほうが断然速いと思うけど」

「・・・これだからお坊ちゃんは」

アレイはまたため息をつく。

 

「いいわ、一緒に行きましょ」

 

一呼吸置いて、アレイは言った。

「本当に!?」

「あんたの花嫁になる気はさらさら無いけどね」

べっと舌を出してアレイは付け足した。

「大丈夫さ、帰ってくる頃までにアレイは僕のこと好きになってるからね」

「は、馬鹿。それよりあんた親どうしたのよ」

「別に。成人に備えての旅だって強引に言ってきたし、上には兄が2人いるから僕は継承権無いしね」

ソルトはさらりと言った。

「・・・ま、いいわ。早く行くわよ」

 

アレイの髪が風に踊った。

 

 

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