終わりも見えぬ、長い
・・・永い時の中で、
『剣』は、何を得るだろう。
第二話『神の剣』
9 闇との対峙
「破っ!!」
皐の叫んだ言霊と突き出された掌によって、再び蒼い光の奔流が溢れ、槍の形を成してシャドネスへと殺到していく。
しかし、シャドネスは回避行動も取らずにそのまま光の槍を躯で受け止める。
「うげっ」
それを見て、皐が女性にあるまじき、心底嫌そうな声をあげた。
シャドネスは・・・皐の放った『気の塊』である『槍』をすべて、その骨格組織も定まらない体内に取りこんだのだ。
「あいつ・・・!?」
「なに、ルートあんたまだ居たの!さっさと行けってば!」
零れた呟きに、皐は振り返らずに声を張り上げる。
振り返れば、後ろからシャドネスの攻撃が殺到するだろう。
自分1人なら、多少の犠牲・・例えば『治療』の容易な腕や脚・・さえ覚悟すれば何とか直撃を免れる事もできるだろう。
しかし、それが背後のルートにも手を回すとなると・・・。
正直、皐には自信が無い。
ルートにはとっとと他の連中のように逃げてもらいたい、上記の理由によりそれが皐の正直な今の気分だった。
「馬鹿野郎、俺に恩の買い逃げさせる気かよっ」
「もういいです恩なんざ大売出実施中ですよお願いですからマジでどっか行って」
恩の売り逃げなら知ってるけど買い逃げって初めて聞いたかも、とかやたらと呑気な事を頭の隅で考えながら、
皐は棒読みの台詞を口から紡ぐ。
一方、シャドネスは。
破壊衝動と攻撃本能で埋め尽くされた思考の片隅で・・・いや、シャドネス自体が生体組織を持たぬ思考、思念の
固まりなのだが、何故だか皐に興味を持ったらしく、普段なら出現と同時に『侵食』を開始するのだが、今はなぜか
不思議そうにゆらりゆらりと形の定まらないその躯を揺らしていた。
(・・・リミッターさえなければこれくらい楽勝なのにっ!)
皐は対照的に、心の内で毒を吐きながらちらりと、自分の右手首に嵌っている銀の腕輪を睨んだ。
制限装置。
皐達、『桜樹の剣』の力は、多くの世界にとって『過ぎた力』であるが為に、普段は付けない『制限』を設け、
出向する際には原則としてリミッターにより力を押さえなければいけないのだ。
その力の制限によりシャドネスを排除するのが困難になり、結果的に『桜樹の剣』や『守るべき世界』を
危険にさらす事になったら如何するのだ、という至極真っ当な意見に対する返答は、
「気合でがんばれ」
だった。
・・・こんなすちゃらかな回答でも、暴動も何も起きずにいるのは時渡城の最たる特色かもしれない。
「気孔効かないってなら・・!」
言ってみたところでどうにもならない考えはかき消して、皐は右手の紅玉に神経を集中した。
『玉』は階級をあらわすものである。
それと同じに、時渡城で創られた特殊な武具を、皐を筆頭にした『桜樹の剣』の大部分がよく判らない置換法を
用いて収納しておく機能が有るのだ。
そして、皐の武器は『棒』である。
赤い光が紅玉から溢れ、形を成す。
光が引いた頃、皐の右手に握られていたのは一本の紫綬の棒。
気合一閃、疾風の如き素早さで皐は地を蹴りシャドネスめがけ、跳んだ。
常人の目には映らないスピード。
ルートには、一陣の風が吹いたようにしか感じられない、一瞬。
ザァっ・・・!
ノイズにも似た、くぐもった音。
『気』をまとい、振り下ろされた棒によって脳天から二つに割られたシャドネスは、しかし断末魔の悲鳴を上げる事も
無くぷるんと震えた。
皐は地に降りたち、一足飛びで後ろに跳び下がってから顔色をかえた。
「・・・・・・・・・・・・『気』を食う能力に付け加えて、『分離』の能力まで備えてるってかー・・・」
棒に纏わせた『気』の大部分がこそぎ取られている事と、目の前で『断たれた所から二つに分かれた』シャドネスを
交互に認識しながら皐は大げさに・・・いや、決して大げさでは無いだろうが・・・ため息を漏らした。
いまさらながら、他と比べれば割と中型に入るサイズのシャドネスに対する『戦力評価:大』の意味をかみ締めて
いる気分に、なる。
___おいしい・・・
「え?」
空気が震えるような、囁くような・・・言葉。
それは、シャドネスが発したもののような気がして、皐は呆気に取られた。
(いくらシャドネスが個体ごとに多種多様だからって言って・・・言葉が操れるなんて聞いてないんですがー・・・)
___おいしい・・・
皐の心中の呟きもよそに、『声』は低く高く、小さく大きく・・・響く。
___もっと・・・たべたい・・・・・・・
「・・・・・・・あのー・・・まさか」
___おいしい・・・たべたい・・・
___もっと・・・たくさん・・・・・・・ちょうだい・・・ちょうだいぃ・・・
___たべたい・・・たべたいぃぃぃぃっ!!!!!!!
「マジですかっ!」
空気が震えるような、怖気立つような叫びと共に、二匹のシャドネスは皐に攻撃を開始した。
皐は軽口を叩きながらも真剣な目つきで、ルートを巻き込まないよう気を使いながら回避準備に入る。
2匹のシャドネスの躯の一部が、人頭大の球体となって『分離』し、皐に向かって飛来する。
それをぎりぎり避けながら、皐は舌打ちしながら苦々しげに顔をしかめた。
(マズイかなー・・・打開策見つかんないや・・・・・)
こんな事になるんなら利心の同行断らなければよかった、と今更ながら心の片隅で思う。