『自分』であると言えるのだろうか。
そう尋ねたのなら、きっと。
彼らは『YES』と言うだろう。
『自分』は
『桜樹の為』に『剣』として『戦い』、
『自分の為』に『生きる』のだ、と。
言うだろう。
第二話『神の剣』
7 妖しの紅
「くそっ・・!」
ルートはぎりっと奥歯を鳴らした。
目の前には、緋色と漆黒、二匹の『魔物』。
緋色のほうは、昨日負わせた手傷が残っているらしく、仲間に一撃入れた後すぐさま飛び下がっていった。
それでも昨日の傷は、殆ど治っている。深く抉れているのは、皐の入れた数撃だけで、クミンや他の村人の
つけた矢傷はほぼ消えている。
凄まじい回復力だ。
しかし、最大の問題はそんな事ではない。
アイツら・・・ばかでけぇ咆哮を囮にして下草を踏む音を隠し、別の一匹が奇襲を掛けてきやがった・・・!
それの意味する事は一つ。
即ち、『魔物』は知能を持っている。
二匹の『魔物』は、低いうなりを上げながらルート達を睨み付ける。
ルート達に、『勝機』は無いに等しかった。
男達の顔に、絶望の色が濃くなった、その時。
「どうしたんだよ、兄さん達。せーっかく皐を引き込んだってのに、あいつは何処に行ったんだ?」
『魔物』達のうしろ。
その形がぎりぎり残る祭壇の上から、若い男の声がした。
驚いたルートが、目を凝らしてその人物を見る。
紅い、血潮のような長い髪。
切れ長の琥珀色の瞳に、楽しくて仕方がないという風に笑みの形が造られた口元。
昏い闇の淵を連想させる黒衣を纏い、すらりと伸びた腕には青い刻印。
その、形の良い顎に手を添えながら、男はこちらへ歩み寄ってくる。
「誰、だ・・・?」
「その前にこっちの質問に答えてくれよ。『桜樹の剣』は何処に行った?」
「オウジュノ、ツルギ?」
「・・・・・・皐、のことを言ってるなら・・・アイツは、『魔物退治を手伝う気はない』とか言って何処かに
行っちまったよ」
男の言葉に首を傾げる仲間を遮り、ルートは静かに言い放つ。
「あれ、そうかい。つれないったらありゃしないな、皐ちゃんは。そー思わないか?」
相変わらず、楽しそうに男は笑っている。
言いながら、『魔物』達の傍まで歩み寄って、その背を撫でる。
「・・・こっちの質問の番だろ?手前は誰だ?『魔物』の親玉か?」
それを睨み据え、ルートは尋ねる。
男は、至極無邪気な笑顔で応えた。
「もう死ぬ奴に、そんなこと教える必要はないだろ?」
その言葉に、男達は色を失う。
ルートは心の内でもう一度舌打ちし、弓を引き絞った。
「ああ、そうかよっ・・・!!」
びゅぅ・・んっ!!
強い風切りの音と共に、村でも随一の腕と称えられるルートの矢が男を襲う。
しかし。
ばぢっ!
鈍い音を立て、男の額に突き刺さる50cm程手前で、矢は弾き飛ばされた。
「な・・・っ!?」
「ふーん・・・良い腕してるね、あんた。でも、残念」
男は微笑みと一緒に、右手を突き出す。
「もう喰っちまっていいぜ、オマエら!」
男のその言葉と同時に、2匹の『魔物』が地を蹴った。
矢を番える暇もない素早さに、男達が、絶望に息を呑んだ瞬間。
ばぢぃっ!!
先程の、男を護った『膜』状のものが、ルート達の目の前にも展開し、『魔物』の爪を弾き飛ばした。
「ぎゃうぅんッ!!」
『魔物』は痛みに唸りをあげ、飛び下がる。
「これ、は・・・?」
ルートが呆然と、疑問の言葉を呟く。
「相っ変わらずだよねーあんたも。いい加減にしてくれると、あたし結構嬉しかったりするんだけど
そこんとこどーよ、リース?」
同時に、声が上がった。
ルート達の後ろ。
鬱蒼と茂る森。
その際の、高い木の梢。
葉擦れの音と共に、姿を現したのは皐だった。
「お前・・・!どうしてここに?」
ルートの問いかけに、皐は木の枝を蹴り、一気に下まで飛び降りてから能天気に応えた。
「んー?まァ『魔物』自体はどうでも良さ気だったんだけどさー、あたしの追ってる奴、ホラ、
あそこの馬鹿・・・リースが絡んでるみたいだから」
「馬鹿たぁ酷いじゃないか」
「うっさい。馬鹿を馬鹿って呼んでなにが悪いのさ」
赤髪の男・・・リースと軽口を叩き合いながらも、皐はきっと彼を睨む。
「・・・・・・で?リース、あんたは何をする気な訳?」