『剣』は『光』の子供であった。
『光』の創った『世界』に産まれ、生きた『魂』なのであったのだから。
第二話『神の剣』
5 彼女の枷
「巣だ!!『魔物』の巣が見付かったぞ!!」
翌日の朝。村中を、そんな叫びが駆け抜けた。
武器を手にし、家々から飛び出してくる男達。
その中にはルートの姿もあった。
「森の奥の遺跡だ!旅の商人が、苦しそうな唸りを上げながら傷口を舐める『魔物』を見たらしい」
興奮し、男達は口々に捲し立てる。
その内容はほぼ一致していて。
「『魔物』退治だ!弱っている内に、殺してやる!」
誰かが声を張り上げた。
それに同調し、集まった男達はときの声を上げる。
元々、この村を拓いたのは、長い長い戦を終えた戦士達だと伝えられている。
勇敢な一族の末裔。
先祖の名に恥じぬよう、先祖のように戦おう。
彼らの心のどこかには、そんな想いが在った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
クミンの家の、屋根の上から。
不可視の術を使い人の視界から消えた皐は、ぼーっとその様子を眺めていた。
「・・・一日は寝てろっていったのに」
昨日の今日に、『魔物』退治の一行に加わる気なのか、と皐は呆れたように呟いた。
ふと、足元が騒がしくなる。クミンだ。
「待って、ルート!あたし、もう一度皐さんに頼んでみるから・・・幾ら手負いでも、相手は『魔物』なのよ!?
危ないわ!」
「クミン、あの女は『手伝わない』ってはっきり言ったじゃねえか。・・・チャンスは今しかないんだ」
「アンタは黙ってて!!」
横から口を挟んだ男を睨み、クミンはぴしゃりと言い捨てる。
「・・・・・・行こうぜ。まごまごしてると、アイツは雲隠れしちまうかもしれないしな」
「ルート!」
「・・・家に入ってろ、クミン。手前は女だ」
他を促し、足早に森に入ろうとするルートに縋るクミン。しかしルートは突き放した。
「・・・・・・・・・・・・・・ルート・・・」
『−−−どうか無事で帰って、って祈りながら待ってる女のことなんかちっとも考えないでさ−−−』
クミンの頭の中に、昨日、皐が呟いた哀しげな台詞が響いた。
彼女も、女である事が歯痒かった過去があったのかしら・・・
女だから。
女だから、戦いに赴く男達を見守る事しか出来ずに、祈る事しか出来ずにいる他にないのだろうか。
それは、クミンがずっと心に秘めていた疑問。
小さな頃はまだ、男女の区別も曖昧だった。その頃が今思えば一番良かった。
けれど歳を重ねるにつれて、どんなにルートや他の少年達と競って弓の腕を磨いても、外し方もわからない、
外しようのない『女』という枷の所為で村を護る『戦士』にはなれなかった。
今回の『魔物』の件でも、見張り塔に詰めることくらいしか出来なくて。
たった今も、死地に赴く大切な人を見送る事しか出来ない。
「・・・帰ってこなかったら、泣いてやる」
次第に遠のく、ルートの背中を見つめながら、クミンは拳を握り締めて呟いた。
ピピッ
それと、ほぼ同時に。
皐の懐で、小さく小鳥の鳴き声のような音が響いた。
それに反応し、皐が取り出したのは一見、金細工の懐中時計のようなものだった。
ぱちん、と音を響かせふたを開く。
しかし、そこに刻まれていたのは時ではなかった。
文字盤には、長短針や数字の代わりに、様々な不思議な文字の羅列が幾重ものサークル状に連なっており、
ふたを開くと同時に淡い光を放つ球体が、その上に浮かび上がってきた。
ジジッ、とノイズ音がして、球体が揺らぐ。
揺らぎが収まると、新たな文字が球体の面に刻まれていた。
「・・・・・・」
皐は無言でそれを読むと、ぱちん、ともう一度音を響かせてふたを閉じ、それを懐に戻して立ち上がった。
「・・・それじゃー、魔物退治にでも行くとしようか」
呟いて、皐は屋根を蹴った。